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第17話(最終回) 最終章は“いま”に書く――輪と名と推しの誓い

 朝。王都の広場に、鐘が三度鳴った。

 評議の壇、三門の旗、祈祷所の読書台、写字台。――ぜんぶが同じ場所に集まっている。

 今日、物語を終わらせる。こちらの手で。


 父王は自ら歩いて壇に上がった。白い髪に陽が当たり、杖の先が三たび石を叩く。

 「王は名を呼ぶ。セリア。そして――この国のひとりひとり」

 名が呼ばれるたび、空の薄いひびが砂のように剥がれた。


 私は胸の《最終章》を指で弾く。まだ、と微かな音。

 「――今日は終わらせる。でも、“終わり方”はみんなで選ぶ」


0. 敵の最終兵器――“国家脚本ナショナル・スクリプト


 黒い馬車が石畳を裂くように止まり、レーベン公爵が降り立つ。並ぶのは黒衣の私兵、そして巨大な巻物の車輪。

 「殿下。世界は章で回る。ならば国ごと上書きすれば早い」

 巻物が広がる。空に浮かぶ四つの印。《序》《転》《破》《急》。昨日の帯が、今日は王都全域をかける巨大書式として姿を現した。


 アステルが小声で囁く。

 「“国家脚本”。――都市全員の行動を章立てで拘束、**最終章(討伐)に強制遷移させるやつ」

 史官がペンを握りしめる。

 「対抗するには、“間章”だけじゃ足りない。章そのものの数を変える必要がある」

 「増やす?」アレンが眉を上げる。

 「うん、終章を“二つ”に」私は答えた。「世界は最終章を一個しか認めないからバグる。そのバグで修正力の心臓を掴む」


1. 公開評議:終章を二つにする宣言


 私は高らかに宣言した。

 「王家は布告する。終章は二つ――『推しが生きる終章』と『国が繋がる終章』。どちらもいま、ここで書く」

 笑いとざわめき。公爵が冷笑する。

 「二つの終わり? 子供の遊びだ」

 「遊びは、場だ。場が世界を決める」


 史官は大布に大きく二つの見出しを書いた。

 終章A:隣に生きる/終章B:場を分ける

 アステルが追記する。間章:まだ を両終章の手前に差し込んだ。


 空の書式が軋む。仕様外を嫌う音だ。

 「崩せ」公爵が巻物に命を与える。街路が《急》に染まり、人々の足が勝手に速まる。

 アレンが前へ出る。

 「殿下、俺は外輪を! 人の歩を守ります」

 「頼む。――走るな、歩けって伝えて」

 「了解!」


2. 声の軍、展開


 三門が一斉に動く。

 歌の門は拍を落として一拍遅れの合唱を敷く。

 食の門は炊き出しの列に“読む順番券”を配り、歩の速度を均す。

治療の門は「息を整える場」を開き、寝物語に侵された子の枕元で読み手を増やした。


 リリアナの声が広場を包む。

 《火を分けるよ 小さな手でも》

 歌は遅れて始まり、揃って戻る。

 拍のズレが、書式の《急》をひとつ、またひとつ食い止めた。


 クロエは印刷所の屋根から屋根へ跳び、黒衣の私兵の裏補給を断つ。

 「紙はある? ――あるなら“余白”を増やしなさい」

 余白。書き込める余地は、世界に穴を開ける。


3. 父王、沈黙を解く


 父王が杖を地に置き、両手を広げた。

 「王の沈黙よ、去れ」

 その一声で、王城の古い石から細かな粉が舞い上がる。沈黙の封が解け、脚本庫まで続く見えない鎖がほどけていく。

 史官が叫ぶ。

 「心臓に風が通る!」

 アステルが頷く。

 「今――終章の穴に手が届く!」


4. 公爵との最終問答


 私は公爵と対峙した。

 「レーベン、公爵でいる理由は?」

 「秩序だ。王が弱れば、私が締める。誰かが悪役をやる必要がある。お前が降りたなら、私がやる」

 「悪役は配役だ。人ではない」

 「配役を外せば、誰が嫌われ役を担う?」

 「輪が分担する。――“間章”で、遅れて、確かめて、決め直す」


 公爵の目が細くなる。

 「では問おう。お前の“推し”のために、国を賭けたのか?」

 「推しのために、国を人に戻すと決めた」

 《最終章》が胸でチンと鳴る。世界が揺れ、書式の帯に亀裂が走った。


5. 終章A:隣に生きる(告白)


 私はアレンの前に立つ。広場の真ん中、みんなの目の前で。

 「アレン。隣にいてほしい。――王でも悪役でもない、人として」

 喉が焼ける。けれど怖くない。

 アレンは息を飲み、笑って、頷いた。

 「はい。俺は殿下の隣で生きます。章が変わっても、最終章でも、その先でも」

 歓声。歌の輪が一瞬、泣き笑いの和音に変わる。

 空の《急》がひとつ外れ、書式が二股に割れた。

 ――終章A、確定。


6. 終章B:場を分ける(制度)


 史官が新しい公文書を掲げる。タイトルは――

 『三門憲章および間章義務法』

 内容はシンプルだ。

 - すべての評議・裁断は間章(読書一拍+沈黙一拍)を経ること。

- 王家の印は三鍵(王・市井・職人)でのみ有効。

- 物語に関わる公演・出版は余白欄を義務化。


 拍手が波のように広がる。

 制度が「場」を持った瞬間、世界の書式は現実の仕様に負けた。

 ――終章B、確定。


7. 心臓へ――“国家脚本”の崩壊


 空の巻物が悲鳴を上げ、巨大な《急》がほどける。

 アステルが羽根ペンで最後の線を引き、史官が最終記録を打つ。

 リリアナが一拍遅れで最後の節を伸ばし、三門の輪が拍を揃えて息を吐く。

 私は胸の札を高く掲げ、たった一語を乗せる。

 「――まだ」


 その“間”が、世界の修正力の心臓にひびを入れた。

 バラバラと、空の書式は紙片に崩れ、風にほどけ、ただの空が戻る。


 レーベン公爵は静かに外套を正し、私に一礼した。

 「敗けを認めよう。悪役は退場だ」

 「役は解ける。――人として、また来い」

 「……気が向いたらな」

 彼は踵を返し、私兵を連れて去った。


8. エピローグ――“まだ”の国


 その後のことを、史官は**『名を呼んだ日の記録』**の続きに淡々と記した。


 王都は歌いながら働き、読みながら決め、遅れて合う拍で息が合うようになった。

 祈祷所の棚には、偽りの英雄伝と同じ棚に反論の写本が並び、余白はいつも足りなくなる。

 写字塔は夜に灯り、返された名がひとつ、またひとつ増えるたび、窓の外の星がわずかに明るくなる。

 アステルは輪の机に席を持ち、“余白編集官”を拝命した。

 クロエは屋根の上で猫と昼寝し、必要な時だけ針のように鋭い指先で裏の綻びを縫う。

 リリアナは“歌の門”の長として、合唱の一拍遅れを合図に変えた。

 父王は評議の最初の沈黙を自分から守り、最後の名を自分で呼ぶようになった。


 そして、私たちは。

 最終章Aのつづき――隣に生きる章を、毎日薄く重ねている。

 告白はもう言葉ではなく、習慣になった。

 アレンが朝に「おはよう」と言う。私は夜に「また明日」と言う。

 それだけで、国の鐘はチンと小さく鳴る。


 《最終章》の札は、今も胸にある。けれど、もう熱くない。

 札の裏には、かつて刻んだ一語だけが残る。

 ――まだ。


 “まだ”は終わらない合図だ。

 物語は正しく狂って、正しい場所に置かれた。

 最終章は、いまに書かれて、明日に続いていく。


 ――完。

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