第14話 夜の評議――夢を奪う声に抗え
夜が落ちる。
王都の空気は昼間のざわめきと違い、ひどく静かだった。
灯を消した家々、寝息の重なる部屋。――だからこそ、声が忍び込む。
「殿下!」
見回りの兵が駆け込んできた。
「子どもたちが一斉にうなされて……同じ言葉を繰り返していると」
私はすぐに外套を羽織り、アレンとクロエ、リリアナを連れて孤児院へ走った。
夢を侵す寝物語
孤児院の寝台。子どもたちが汗に濡れた額で、口を動かしていた。
「……王子は悪い……英雄だけが……」
声が薄暗い部屋に重なり、まるで呪文だ。
リリアナが青ざめる。
「これ……寝物語……」
「そうだ」私は低く答えた。「アステルが仕掛けてきた。“夢の中で読む台本”」
窓辺に座ったクロエが小さく笑う。
「厄介だわね。眠ってる子どもの耳元で囁かせる。寝物語は古い手だ。親や師が語れば育むけど、敵に盗まれれば呪いになる」
アレンは剣を抜き、寝台の周りに立つ。
「殿下、俺たちで何をすれば」
「簡単だ。――夜の評議を開く」
夜の評議の座
私は大広間に灯を並べた。
子どもたちを寝台ごと集め、祈祷師と医師、歌い手、そして読み手の親や師たちを呼び集める。
「夜の評議を開く。――寝物語は、一人の声ではなく輪で守る」
史官ヴェルドが羽根ペンを構える。
「記録はどうします?」
「夢の声も、書き留めろ。否定も、反論も、ぜんぶ」
「夢まで記すとは……」史官は苦笑したが、手は止めない。
リリアナが歌を重ねた。
《眠れ 眠れ 声を分け合いながら》
その歌に合わせて、親や師が子どもに読み聞かせを始める。
英雄譚ではなく、昔話でもいい。料理の話でもいい。――隣の声が夜を満たす。
夢の中の推し
その時だ。眠る子の唇から、低く別の声が漏れた。
「……アレンは英雄……王子は……討つべき……」
アレンの瞳が鋭くなる。
「殿下、俺の名を……」
「落ち着け」私は肩を叩いた。「それは“君じゃない”」
私は寝台に近づき、子の耳に囁いた。
「英雄は、隣を見ている。――君の隣には誰がいる?」
子の呼吸が乱れ、しかし次第に和らいでいく。
「……友……」
「そうだ。友だ」
アレンは剣を納め、子の額にそっと手を置いた。
「俺は、英雄じゃない。隣で剣を振る人だ」
子の口元に微笑が浮かび、寝息が静かになった。
修正力の逆流
だが、その直後――広間の灯が震え、空気が裂けた。
天井に白いひび。そこから紙片が舞い落ちる。
《英雄は孤独》《王子は悪》《最終章は討伐》
クロエが刃で紙片を切り裂き、リリアナが歌で燃やす。
史官が叫ぶ。
「殿下! これは修正力の直接干渉! 夢を通じて現実を書き換えようと!」
「なら、書き返す!」
私は札を取り出し、床に置いた。
「『まだ』」
声に合わせて、みんなが繰り返す。
「まだ!」
「まだ!」
広間に響くその声は、白いひびを震わせ、紙片を押し返した。
夜明けと約束
やがて夜明けが差し込み、子どもたちの寝息は穏やかに戻った。
私は札を拾い上げ、胸に当てる。熱は弱まり、穏やかな鼓動に変わっている。
アレンが言った。
「殿下……また救われました」
「救ったのは俺じゃない。――隣の声だ」
彼は笑った。
「隣にいて、よかった」
胸が熱くなる。言葉を飲み込むのに必死だった。
史官が羽根ペンを置いた。
「記録しました。これは“夜の評議の記録”。新しい章として残します」
私はうなずいた。
「次は……夢の奥に潜ってくる。アステルはまだ引かない。だが、俺たちはもう“声の輪”を手に入れた」
夜の恐怖は、朝の光に消えた。
――最終章はまだ。だからこそ、次の章を選べる。