第1話 推しに転生した悪役ラスボス王子!?
気づけば、私は真っ暗な空間にいた。
最後の記憶は――夜更かしして乙女ゲームの推しルートをやっていたこと。
あの悲劇のラスト、討たれて消えていく銀髪の王子の姿に泣きながら、寝落ちしてしまったのだと思う。
そして今。
目を開けた私は、見覚えのある天蓋付きベッドの上にいた。
重厚なカーテン、壁に並ぶ絵画、豪奢な装飾品。まるで舞台の中のような空間――いや、舞台じゃない。これはまさしく、ゲームで見たラスボス王子の私室。
「……え?」
鏡に映る自分を見た瞬間、私は凍りついた。
銀の髪、鋭い青の瞳。端正すぎる顔立ちに、冷徹さを漂わせる表情。
間違いなく、これは推しのキャラクター――そして、乙女ゲーム「ローズ・クロニクル」のラスボス王子。
「……私、推しに転生してる!?」
心臓が跳ね上がる。
だが同時に、絶望的な真実が胸を刺した。
この王子、物語が進めば“ラスボス”として討伐されてしまう。
プレイヤー視点で散々見てきた、あの悲劇的なラスト。
誰よりも好きで、誰よりも救いたかったキャラクターが……今の私自身だなんて。
「いやいやいや! 推しが死ぬ=私も死ぬってこと!? そんなバッドエンド、許されるわけないでしょ!」
頭の中で原作のストーリーが次々とよみがえる。
ヒロインをいじめるイベント。
暗殺者に襲撃されるサブイベント。
そして、最終的に主人公に討たれるラスボス戦。
でも知っている。
あれはただの筋書きだ。
本当の王子は、冷酷な悪役なんかじゃない。ただ権力に利用され、誤解と陰謀の中で滅びた悲劇の人物。
なら――やることは決まっている。
「ストーリーを改変して、推しを救ってみせる!」
婚約者イベント、改変します
最初のフラグは、ヒロインいじめイベントだ。
ゲーム序盤で必ず発生し、ラスボス王子がヒロインに冷たい仕打ちをする。それが後々、主人公との因縁につながっていく。
「そんなイベント、私の手で粉々に砕いてやる!」
私は記憶を総動員して、シナリオの舞台となる大広間へ向かった。
煌びやかな舞踏会。若い貴族たちが談笑し、笑顔を振りまく中――彼女が現れる。
そう、ゲームのヒロイン。
庶民出身ながらも才気あふれる少女で、王子の婚約者に選ばれた人物。
原作では、ここで私(ラスボス王子)が彼女を嘲笑い、皆の前で辱める。
だが私は違う。
「……来てくれて嬉しい」
大勢の視線が注がれる中、私は彼女の手を取り、恭しく唇を寄せた。
ヒロインは目を見開く。周囲もどよめく。
「溺愛イベント」に、強制的に書き換えてやったのだ。
「君がここにいてくれることが、何よりの誇りだ」
原作知識を持つオタクとしては、脳内で歓声が響き渡る。
これで「ヒロインを憎む悪役フラグ」は消えたはず。
推し=ライバル主人公との邂逅
だが次に待っていたのは、主人公――私の推しとの出会いだ。
彼は庶民出の騎士見習いで、ヒロインと心を通わせていく。
本来なら敵対関係に陥り、最後には彼に討たれる。
……けれど、私は推しを救いたい。
「あなたが……噂の王子殿下」
「そして君が、騎士見習いの青年だな」
私は彼の瞳を真正面から見つめた。
まっすぐで、濁りのない光。プレイヤーとして惚れ込んだあの瞳が、今は目の前にある。
「強くなれ。君は、この国の未来を背負う男だ」
主人公は驚いたように目を丸くする。
本来なら冷笑して敵意を植え付ける場面を、あえて“激励”に変えた。
――これで推しとの関係も敵対ではなく、共闘へと変えられる。
フラグ、改変成功!
しかし、世界は修正を試みる
……そう思った矢先だった。
その夜、私の寝室に刺客が忍び込んだ。
ゲーム内では数話後に発生する暗殺イベント。まだ起こるはずのないフラグだ。
「世界が、強制的に筋書きを戻そうとしてる……!?」
私は剣を抜き、襲い掛かる影を一閃した。
ラスボスの魔力は、やはり桁違い。簡単に蹴散らせたが――背筋が冷える。
どうやら、ただフラグを折るだけでは済まないらしい。
物語そのものが修正力を働かせ、私を「悪役ラスボス」へ引きずり戻そうとしてくるのだ。
「上等だよ……! 私の推し活を舐めるな」
そう、これは推しを救うための戦い。
シナリオ改変と、世界との知恵比べ。
絶対に、ハッピーエンドを掴み取ってみせる――!