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先読みの巫女の娘として生まれた私は 後編


 使用人の1人が扉を開け誘導するように手を翳していた。


「い、いやっ!」

 私の手を掴もうとする酒井の手を払いのける。


「痛いな!俺を誰だと思っている!」

 酒井は痛そうに手をさすりそう言った次の瞬間、私は頬に痛みを感じ倒れ込んだ。


 酒井は私の頬をその大きな手で強く叩いたのだろう。

 あまりの事に泣くこともできず呆然としていた。


「早く、行くぞ!」

 私を立たせようと手を掴む酒井。


 私は再び悲鳴を上げながらその手から逃れ、廊下から外へと走り出た。


「きゃっ!」

 玄関から外へと逃げ出した私は、目の前に急に立ちふさがった誰かとぶつかり尻もちをつく。


 顔を上げそのぶつかった者を確認し、その恐怖から呼吸が止まる。


 あの男性だった。

 ある日の私を、倒れかけた私を支え叱咤したあの鬼のような形相の男性。


 今も睨むような冷たい視線で私を凝視している。


「何をやっている!そいつを、その恩知らずな女を捕まえろ!」

 追いかけてきた父の声。


「この女を襲おうと?閣下も中々……下種なことをしておられる」

 そんなことを言ったその男性は、私の背後を睨みつけている。


「ひっ、な、何なのだお前は!その女は酒井様へ献上する女だ!分かったら黙って見ておれ!」

 一瞬怯んだ様子の父はまた怒鳴り声をあげる。


「石上さん、ここは……」

 先ほどとは手の平を返したように弱々しいく聞こえた酒井の声。


 恐る恐る振り返ると憤慨した様子の父と、それを宥めようとする酒井の姿が見て取れた。


「この女、俺にくれよ」

「「は?」」

 珍しく私と父の声がハモる。


 私は慌てて両手で口元を押さえる。


「俺はこの女が気に入った。だから、いいよな?」

 私は身が凍る思いだった。


 爽やかにも感じるその声は、人を殺すことも出来そうな形相から生み出されている光景。恐怖と共に冷たいものを感じ意識が遠のく気がした。


「何を言ってるんだ!さっきも言ったがこの女は……」

「お前が、お前が欲しいのなら譲る。だがらその……内密に……」

 父の発言を遮り、酒井は弱弱しくそう言った。


 お前と言うからには、目の前の男性より酒井の方が立場が上なのだろう。だが、実際の力関係は目の前の男性の方が上なのか?そんなことを考えながら目の前の恐怖から意識をそらしていた。


「では、そう言う事で」

 私は訳が分からぬままその男性に手を引かれ、そのまま敷地の外まで連れ出された。


 無言で待機していた馬車に詰め込まれ、その男性が隣へと座ると、ほどなく馬車は動き出してしまった。

 そう言えばこの馬車、あの酒井の物なのでは?そう思いながらも無言で進み続ける馬車。


 どこへ連れていかれるの?恐怖で身動き一つ出来ぬ中、涙だけが私の頬を伝った。


「すまん」

 走り始めてどれぐらい経ったのだろう。隣に座る男性の第一声がそれだった。


 驚いた私は涙が止まった気がする。


「どういう、意味でしょうか?」

 俯いたまま絞り出した疑問の言葉。


「助けるとは言え、お前を物のように扱った」

「い、意味が分かりません、助けるとは、どういう意味で……」

 男性の言葉の意味が理解できず男性の顔を見る。


 その表情はやはり怖かった。だが、少し困惑しているような表情にも感じた。


「あの男から、君を助けたかったんだ」

 表情を変えないその男の頬が、少しだけ赤く染まったように感じた。


 私への敵意が無いことを知った私。

 だがまだ少し怖い。

 そう思って顔を伏せたままの私。


 改めて氷室と名乗ったその男性は、私の境遇を聞きたいと言ってきた。


「面白い話じゃ、ないですけど」

「そのまま話してくれて良い」

 そう言った彼の声は、少しだけ優しく聞こえた。


 それから私はゆれる馬車の中で話をした。


 私はあの家の娘だと、あの娘を名乗る巫女は後妻の娘で、今は使用人と一緒に毎日を送っていること……。やはり我慢ができず涙が出た。

 そんな私の膝に、彼が取り出した白いハンカチ。


 私はお礼を言おうと顔を上げる。

 私は彼の顔を見て息ができない程の恐怖を感じた。


 彼の怒りの表情。先ほどよりもさらに鋭く、冷たい怒りが突き刺さる気が下。


 恐怖に息が止まる。身動きすることを心が拒む。殺される……。

 だが、そんな彼になら殺されえても良いかな?この無価値な私の人生を終わらせられるのなら……いっそ一思いに彼の手で……。


 そう思ってしまった。


 結局その後は無言なまま時間だけが過ぎていった。

 1時間程だろうか?無言の2人を乗せて走った馬車は、町はずれの屋敷の前で停止した。


 御者席に座っていた男性がドアを開け私に手を差し伸べてくれていた。


 目の前の屋敷を改めて確認する。


 どう見ても私の家より大きいのですが?


「あの、お屋敷、大きいのですね?」

 私の絞り出した感想に対する返答は無かった。


 屋敷へ向かって歩き出した氷室の後を追い、綺麗に飾られた庭を眺めながら屋敷に入る。彼は途中で私のペースに合わせ、少しだけ歩幅を小さくしてくれていることに気付いていた。

 見た目に反して優しい人なのだろう。そう思った。


「お疲れでしょう?」

 そう言って年配の女性が私に手を差し伸べ、ほほ笑みながら私を案内してくれた。


 食堂と思われる大きな部屋。

 私はそこで盛大に持て成されると、戸惑いながらも時を忘れその厚意(あつい)に甘えてしまう。思いがけず楽しいひと時を過ごしてしまった。



 それから私は、その屋敷の中で何不自由なく1週間程の時間を過ごす。


 何をしようとしても「そんなことは」と断られ、時間になれば食事やお風呂を用意され、与えられた部屋には様々な書籍が並び、美味しい紅茶やお菓子と共に一時を過ごす。就寝に到るまでのその全てを余すところなく世話された。


 戸惑う私。

 その全てに溺れそうになる。


 時折、あの冷たい瞳を持つ彼に遭遇する。

 身が凍る思いで彼を見るが、彼も私を怖がらせないようにと避けているように感じている。


 勇気を出して私を世話する使用人の1人に話を聞いた。


「旦那様は、アキラ様は早くにお父様を亡くし、当家を継がれました ―――」

 そんな風に話し始めた年配の女性。


 長年この屋敷に仕えている三上という女性は、この屋敷を取り仕切る侍女長だ。

 彼女は昔を懐かしむように教えてくれた。


 軍務に強きを置くこの氷室家で、元帥であるお父様の後を継ぐべく、幼少期から厳しい訓練に明け暮れる毎日を送っていたとのこと。その結果、現在は中将という階級となったようです。

 まだ二十歳の彼が中将という立場にいることで、周りからのやっかみも多く、厳しい目で見られている為、彼もまた自分に厳しく、あのしかめっ面をしているのだと。眉間を抑えながらそう言う彼女に笑いそうになる。


「早苗様を連れて来てから、アキラ様は良く笑うようになったのですよ?」

「へっ?」

 思わず声を漏らしてしまう報告。


「ふふ。頬がぴくっと動くでしょ?あれは嬉しい時、楽しい時の表情なのです」

「そ、そうなのですか」

 私は彼の顔を思い出す。


 確かにたまにヒクっと動く時がある、気がする。

 そうか。あれは怒ったり苛立っているわけでは無いのか……。そう思った時、少しだけ彼への恐怖が軽くなった気がした。


「早苗様?無理にとは言いません。できれば本当に、アキラ様の良き人になって頂けませんか?」

 急に良き人にと言われ口ごもる。


、ここには嫁として連れてこられたのか?てっきり夜伽用にと……、いや、ここにきて何日も経つがそんな素振りも一切なかったし、そもそもあの馬車の中で助けたかったと言っていたのを思い出す。


「嫁にして、くれますかね?」

 私の返答に目を見開き驚く彼女。


 そして口元を押さえ笑い始めた彼女を見て、とても恥ずかしいことを言ってしまったと後悔し顔を伏せた。全身から熱が出たように感じる程の恥ずかしさに、思わず「うう」と声を漏らしていた。



「早苗様、絶対に嫁に、なって下さいね」

 そう言って笑う彼女に、私は小さく頷いてみせた。


 私は、ここで幸せになってみせる!


 そう決意して脳内に思い描く彼の顔は、どことなく可愛らしく見えた……。


 彼が望むなら、私は力になろう。

 最近芽生え始めた先読みの力を使ってでも……。


お読みいただきありがとうございました。


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