第二十三話
晩春の夜は静まり返っていた。
柔らかな陽光が日中の喧騒を洗い流し、潮の香りが微かに漂う。
ラモン侯爵の圧政が人々の生活に重い影を落とす中、レオンハルトは侯爵の支配を根底から揺るがすべくその足場を固めるための調査を続けていた。
長きにわたる地道な調査の結果、彼はついに侯爵の汚職の中心人物である悪徳商人ジェラが経営する「黒潮運送」の、隠された帳簿の存在を突き止めていた。
それは、港の倉庫街にひっそりと佇むジェラの私的な事務所に厳重に保管されているという。
その日の深夜、レオンハルトは「黒潮運送」の事務所の裏口に音もなく忍び寄った。
街は静まり返り、時折遠くで波の音が聞こえるばかりだ。
彼の心臓は、これまでになく高鳴っていた。
幾度となく危険を乗り越え、ようやく掴んだ決定的な機会。
失敗は許されない。
事務所の裏口は、錆びた鉄製の扉で表面には長年の潮風に晒された塩の結晶が白く浮き出ていた。
鍵穴は古びてはいるものの、複雑な構造をしている。
レオンハルトは懐から細工された金属の棒を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
指先の微細な感覚で錠の内部を探り、古い金属が擦れる鈍い音を聞いた。
カチリ、カチリと微かな金属音が暗闇に響き、やがて重い扉がゆっくりと開いた。
埃っぽい、澱んだ空気が鼻腔をくすぐる。
事務所の中は薄暗く、月明かりが差し込む窓から積み上げられた荷物や書類の影が長く伸びていた。
倉庫特有の黴臭さと古い紙の匂いが混じり合い、彼の警戒心を刺激する。
彼は迷うことなく目的の部屋へと向かった。
ジェラの私的な事務所は、表向きはただの倉庫の一角だが内部には厳重な書庫が設けられている。
レオンハルトは事前に掴んでいた情報に基づき、書庫の隠し扉を探した。
壁の特定の木目がわずかに浮き上がっているのを見つけ、そこを押し込むと微かな軋み音と共に隠し扉が現れた。
その奥には、一見すると何の変哲もない革張りの帳簿が収められている。
しかし、レオンハルトは知っていた。
これこそが、侯爵と他の有力貴族との間で交わされた脱税や密輸、闇取引の金の流れを克明に記した、不審な「真の帳簿」であると。
そこに記されていたのは、侯爵の「大規模改修計画」に名を借りた数百万枚の金貨規模の資金洗浄の記録。
王都の有力者であるダストロス伯爵への不審な送金記録や、闇市場での違法な資材調達、さらには貧困層向けの救済物資が横流しされた詳細な帳尻合わせまでが記されていた。
これらの記録には、侯爵自身が直接関与した明確な署名や指示は一切なく、まるで彼の存在が最初からなかったかのように巧妙に偽装されていた。
しかし、その複雑極まる金の流れと幾重にも張り巡らされた取引のパターンは、侯爵が自らの手を汚さずに、いかに冷酷かつ周到にこの大規模な汚職構造を築き上げ、王国からの「都市活性化政策給付金」を私腹を肥やすために流用したかを雄弁に物語っていた。
それは、見る者の背筋を凍らせるような侯爵の狡猾さと、悪行の深淵を覗かせるものだった。
レオンハルトは、帳簿の内容を素早く読み込みその全てを記憶に刻み込んだ。
確かな手応えがあった。
長年の努力が実を結んだ瞬間だった。
彼は、証拠となる数枚の書類を抜き取ると帳簿を元の場所に戻し、事務所の扉を完璧に閉ざした。
彼の顔には、達成感と、そしてこれから始まる最終決戦への決意が宿っていた。
しかし、その情報に近づいたことでレオンハルトは侯爵の監視網に気づかれることになった。
事務所を出て路地へと足を踏み出した瞬間、背後から複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。
侯爵の精鋭私兵だ。
彼らはレオンハルトの動きを察知し、追跡を開始したのだ。
止まれと私兵の一人が声を荒げた。
その声には強い警戒と、獲物を逃すまいとする執念が滲んでいた。
レオンハルトは振り返ることなく路地の奥へと駆け出した。
彼の革靴の音が石畳に響き渡る。
冷たい夜風が彼の頬を撫で、潮の匂いが鼻腔をくすぐる。
追え、逃がすなと私兵たちの怒号がすぐ後ろから聞こえてきた。
獲物を取り逃がすまいとする彼らの執念が、その声にこもっていた。
彼らは訓練された兵士であり、その足は速い。
レオンハルトは身をかがめ、物陰に隠れながら追っ手との距離を測る。
冷たい汗が背中を伝う。
彼の脳裏には、港街の複雑な路地裏の地図が鮮明に描かれていた。
港の倉庫街へと差し掛かると、状況はさらに複雑になった。
積み上げられた木箱や樽が迷路のように立ち並び、視界を遮る。
レオンハルトは、その間を縫うように走り抜ける。
腐敗した魚の内臓や生ゴミの悪臭が彼の鼻腔を刺激する。
足元は湿り気を帯び、滑りやすい。
私兵たちは一斉に剣を抜き放ち、レオンハルトの行く手を阻んだ。
彼らの剣は、訓練された動きでまるで壁のようにレオンハルトを追い詰める。
剣閃が暗闇を走り、冷たい刃が月光を反射する。
レオンハルトは、身を翻し、紙一重で剣の切っ先をかわした。
ヒュン、ヒュンと空気を切り裂く音が耳元を掠め、刃の冷たい輝きが彼の目に焼き付く。
彼は、積み上げられた木箱を盾にするように身を隠し、次の動きを伺った。
私兵の一人が剣を突き出しながら木箱の隙間から飛び込んできた。
レオンハルトはその剣を紙一重で避け、反対側の路地へと飛び出した。
心臓が激しく脈打ち、全身の血が沸騰するかのようだった。
背後からは、私兵たちの足音と、剣が木箱に当たる鈍い音が聞こえてくる。
くそっ、しぶとい奴めと私兵の一人が苛立ちを露わにした。
その言葉には、追いつけない焦りが滲んでいた。
レオンハルトは、息を切らしながらも思考を止めない。
このままでは捕まる。
何か、打開策を案じなければならなかった。
その時、路地の奥から侯爵に与する警邏隊員が姿を現した。
彼らは私兵と合流し、レオンハルトを挟み撃ちにしようと迫る。
しかしその中には、街の真の秩序を願う警邏隊員たちの姿もあった。
彼らは侯爵の不正を知り、レオンハルトの行動を密かに支援しようとしていたのだ。
そちらへ行ったぞ、早く追えと侯爵に忠実な警邏隊員が声を上げた。
その声には、命令を遂行しようとする焦りが感じられた。
しかし良心を持つ警邏隊員は、わざと追跡の足取りを遅らせたり、別の方向を指差したりするなど間接的な支援を行った。
彼らの一人が、わざとらしく足元の小石を蹴り別の路地へと注意を逸らした。
そのわずかな躊躇と巧妙な誘導が、レオンハルトに貴重な時間を与えた。
レオンハルトは彼らの意図を察し、その隙を逃さなかった。
彼は、倉庫の屋根へと飛び乗り隣の建物の屋根へと飛び移る。
屋根の上を駆け抜ける彼の姿は、まるで一陣の風のようだった。
冷たい風が彼の髪を乱し、足元からは瓦礫が微かに音を立てる。
しかし、追っ手も諦めない。
私兵の一人が、屋根の上に飛び乗ろうとする。
その瞬間レオンハルトは絶体絶命の窮地に追い詰められた。
彼の脳裏に死の予感がよぎった。
ドスッと突如、影から黒い影が飛び出した。
ヴェールだ。
彼は、私兵の背後に音もなく滑り込み相手が反応する間もなく、その動きを封じた。
鈍い衝撃音が響き、私兵は苦痛に呻き声を上げて崩れ落ちた。
ヴェールは、流れるような動きで次々と侯爵の手先を一掃していく。
カキーン、キンと剣と剣がぶつかり合う鋭い音が響き渡る。
ヴェールの剣捌きは、まるで舞踏のように優雅でありながら恐ろしく速く、そして正確だった。
彼の剣は私兵たちの剣を軽々と弾き飛ばし、手首を捻り上げ、体勢を崩させていく。
私兵たちは必死に剣を振るうが、ヴェールの動きは彼らの視界にすら捉えられない。
一瞬にして懐に飛び込み、相手の剣を払い、手首を捻り上げ、次の瞬間には別の敵へと向かう。
金属の擦れる音、鋭い突き、そして私兵たちの苦悶の声が入り組んだ路地に響き渡った。
彼らは、ヴェールの圧倒的な速さと技量についていけず、次々と武器を取り落とし地面に倒れていった。
その動きはかつてレオンハルトが目撃した「黒い稲妻」そのものであり、その剣の音には、どこか聞き覚えがあるような気がした。
それは、以前陽だまり亭でアリアを開放してベインとその手下からの不当な立ち退き騒動の時にかすかに聞こえた、あの独特の剣の響きと酷似していた。
レオンハルトはその光景をただ見つめた。
ヴェールの動きは、以前見た時よりもさらに洗練されている。
動けるか、とヴェールは低く問いかけた。
その声には、相手の安否を気遣う優しさが滲んでいた。
レオンハルトはわずかに頷いた。
「ああ。助かった」
「では、ここからだ」
ヴェールはそう言うと、レオンハルトを促し路地の奥へと走り出した。
二人は、追っ手の目を欺き入り組んだ路地をさらに奥へと進んでいく。
時折、遠くから警邏隊のサイレンが聞こえるが彼らは巧みにその音を避け、人目を避けるように進んだ。
やがて、二人は港の裏手にある廃墟と化した古い倉庫へとたどり着いた。
潮風が吹き抜け、錆びた鉄の匂いが漂う。
ここは、人目につかない安全な場所だった。
倉庫の内部は薄暗く、埃が舞い、冷たい空気が肌を刺す。
ヴェールは、倉庫の奥へと進み周囲に誰もいないことを確認すると、ゆっくりとフードを外し、マスクに手をかけた。
レオンハルトは、固唾を飲んでその姿を見守った。
心臓が大きく跳ね、喉の奥が張り付いたように乾く。
彼の脳裏には、侯爵邸でのカイエンの「うつけ者」としての振る舞いが鮮明に蘇る。
あの軽薄な笑顔、無為な言動。それら全てが、この瞬間のために演じられていたのか。
そして、マスクが外された瞬間彼の目に映ったのは、あまりにも予想外の光景だった。
レオンハルトは息を呑みその場で硬直した。
目の前の男が、あの『黒い稲妻』だったとは。
脳裏で、これまでのカイエンの軽薄な言動とヴェールの神業のような動きが一瞬にして結びついた。
全身の血が逆流するような感覚に襲われ、同時に、得体の知れない安堵と確かな信頼が胸に広がった。
そこに立っていたのは、侯爵家の長男、カイエン・デル・ルナだった。
彼の顔には、疲労と、そして決意の表情が浮かんでいる。
その瞳の奥には、これまで見たことのない鋭い光が宿っていた。
カイエンは、レオンハルトの硬直した視線を受け止め一瞬の沈黙の後、静かに言った。
その視線は、彼が長年被り続けてきた「うつけ者」の仮面を初めて完全に剥がされたことを物語っていた。
「この街の未来は、うつけ者だけの手に委ねるには重すぎる。そうは思わないか、レオンハルト」
カイエンはレオンハルトの目を見据え、街の地理を指し示すように言った。
その言葉は、カイエンがこれまで演じてきた「うつけ者」の仮面とはかけ離れた、聡明で、そして力強いものだった。
レオンハルトの思考は一瞬停止した。
まさか、あの放蕩息子が街を救う義賊「ヴェール」の正体であったとは。
彼の脳裏に、これまでのカイエンの言動とヴェールの行動が次々と結びついていく。
侯爵邸での軽薄な振る舞い、陽だまり亭での気前の良い振る舞い、そしてあの雪の夜、水車小屋で彼を助けた「黒い稲妻」の姿。
全てが、この一点で収束した。
レオンハルトの心を強く揺さぶったのだ。
彼は、カイエンの「うつけ者」の仮面の下に何かがあるとは感じていたものの、まさかそれが街を救う義賊「ヴェール」の正体であったとは、その想像をはるかに超えるものだった。
自身の認識が、いかに限定的であったかを痛感した。
「……まさか、貴方が。しかし、これで全てが繋がりました。貴方の行動、そしてヴェールの活動。全てが、この街のために」
レオンハルトは、震える声で言葉を絞り出した。
彼の手には、侯爵の不正の証拠となる書類が握られている。
カイエンは、その書類に視線を向けた。
「その証拠は、この街の未来を変える力を持つ。だが、それを安全に、そして確実に侯爵に突きつけるためには、君の力が必要だ。雪が降る中であなたが守り通して水車に隠した港街の貿易利権の密約書もあの時すぐに回収させて頂いた。あの密約書は、侯爵が港の貿易利権を独占し、私腹を肥やすための偽装工作の決定的な証拠だった。君が命を賭して守り抜いたあの証拠と、君が今手にしたこの帳簿。これらが揃えば、侯爵を失墜させることに繋げられる。……ありがとう、レオンハルト」
カイエンの言葉には、迷いも躊躇もなかった。
彼は、レオンハルトが手に入れた「切り札」の重要性を認識し、その情報を安全に確保するため、具体的な協力関係を築くことを提案したのだ。
レオンハルトは、カイエンの真の姿を知り侯爵打倒という共通の目的、そして何よりも彼の揺るぎない決意に触れたことで、彼と共に戦うことを決意した。
「承知いたしました、カイエン様。この街の未来のため、そして貴方の信念のため、このレオンハルト力の限り尽力いたします」
二人の間には固い信頼の絆が生まれた。
レオンハルトは、命からがら逃げ延び侯爵を完全に失墜させるための真の「切り札」と、その情報を託せる真の協力者、すなわちヴェール(カイエン)の存在を手に入れた。
廃墟の倉庫の中、冷たい潮風が吹き込む中で、二人は港街の闇を打ち破るための具体的な戦略を練り始めた。
「この帳簿には複数の有力貴族との癒着の証拠が記されている。これだけでも十分だが、侯爵は容易には屈しない。さらなる決定的な証拠が必要だ」
と、レオンハルトは言った。
彼の声は、興奮と冷静さが混じり合っていた。
「ああ。《救済の館》……そこは、侯爵が貧しい者たちを強制労働させ、不審な失踪が相次いでいるという噂の場所だ。夜な夜な不審な影が蠢き、一度入れば二度と戻れないという噂が囁かれ、冷たい土の匂いと微かな腐敗臭が漂う、街の暗部だ。君も薄々気づいているだろう」
カイエンは、レオンハルトの目を見据え街の地理を指し示すように言った。
「侯爵の支配は、街の警邏隊、そして《救済の館》の裏に隠された闇へと深く根を張っている。これらの繋がりを断ち切る必要がある」
「あの場所の裏に、侯爵のさらなる悪事が隠されている」
レオンハルトの瞳が鋭く光った。
「そうだ。《救済の館》の裏手からは、夜な夜な不審なものが運び出されているという報告がある。我々も表立って動けば、侯爵の監視の目に触れてしまう。ジェラが侯爵の私兵と密かに接触しているという報告も、その裏付けとなる」
カイエンは、彼が独自に得た断片的な情報をレオンハルトに共有した。
「侯爵は、この『慈善事業』を隠れ蓑に、何かを企んでいる。それが、侯爵の支配を打ち破るための、真の切り札となるかもしれない」
「なるほど。侯爵の偽善を白日の下に晒す。それこそが、街の者たちの心を動かす決定的な一撃となるでしょう。侯爵の悪事を証明するこの帳簿と、館の闇を暴く情報。これらを組み合わせれば、侯爵の権威は地に堕ちる」
レオンハルトは深く頷いた。
「しかし、カイエン様……。この侯爵を失墜させるということは、デル・ルナ家そのものに刃を向けることになります。貴方様は、本当にそれで良いのですか。ご自身の、ご家族の未来を……」
レオンハルトの視線には、カイエンへの深い懸念が宿っていた。
カイエンは、レオンハルトの言葉を真っ直ぐに受け止めた。
彼の瞳の奥に、一瞬、深い悲しみがよぎったがすぐに揺るぎない決意の光が宿る。
「レオンハルト、この街の未来のため、そして何よりも私の家族がこれ以上、父の悪行に囚われることのないように。この道を選ぶ以外に、私には選択肢がない。この街の腐敗を断ち切るためならば、私は全てを擲つ覚悟だ。それが、デル・ルナ家の真の再生に繋がると信じている」
カイエンの声には迷いや躊躇は一切なかった。
彼の言葉は、冷酷なまでの決意に満ちていた。
「……承知いたしました。ですが、館への潜入は危険を伴う。侯爵の監視の目が最も厳しい場所の一つだ」
「その通りだ。だが、私には、君の協力が必要だ。君の持つ情報網と、私の『ヴェール』としての行動力。そして、侯爵に不満を持つ警邏隊員たちの密かな支援。これらを組み合わせれば、不可能ではない」
カイエンは、レオンハルトの目を見据えた。
「侯爵の支配は、今、まさに揺らぎ始めている。この好機を逃すわけにはいかない」
二人は、侯爵の支配の脆弱性、そして彼らを支援する見えない協力者たちの存在を確認し合った。
侯爵の支配は、今、まさに揺らぎ始めていた。
その頃、侯爵邸では、ラモンが苛立ちに顔を歪ませていた。
秘密保管庫が破られ、何者かが「真の帳簿」を持ち去ったらしいという、混乱した報告がようやく彼の耳に届いたのだ。
レオンハルトを取り逃がしたこと、そしてその過程で不可解な妨害があったという報告は、彼の怒りを頂点に達させた。
「無能どもめ。レオンハルトを捕らえられぬとは。あの帳簿が持ち去られただと。あれは、私の関与が一切見えぬよう、幾重にも偽装を施したはず……万が一にも、そこから私に辿り着くようなことがあれば、全てが水泡に帰す。しかも、あの小賢しい商人が、またしても余の邪魔をするとは。以前の密約書といい、奴は一体どこまで余の裏を探るつもりだ」
侯爵は執務室で怒鳴り散らし、机上の書類を叩きつけた。
彼の顔は紅潮し血管が浮き出ている。
「侯爵様、レオンハルトは路地裏の奥へと姿を消しました。しかし、その直前、奇妙な音が聞こえ、一部の隊員が……」
警備隊長が震える声で報告するが、侯爵は聞く耳を持たない。
「言い訳は聞かぬ。あの男が、単独でここまで逃げ延びたと言うのか。保管庫の件といい、貴様らの報告はまるで要領を得ぬ」
侯爵の猜疑心は、今や彼自身の忠実な部下たちにも向けられていた。
ヴェールの出現、そして一部の警邏隊員が不可解な行動を取り、レオンハルトの逃走を間接的に助けているという報告は、彼の心を深く蝕んでいた。
侯爵は激情を抑えきれずに机を叩きつけ、その顔は怒りで歪んでいた。
「何としてでも、レオンハルトを捕らえろ。だが、公に騒ぎ立ててはならぬ。あの男を捕らえれば、王国からの詮索が入るかもしれぬ。現行犯で誰にも気づかれぬよう、密かに捕らえるのだ。それができぬ貴様らは、一体何なのだ。この屈辱、何度味わえば気が済む」
彼の冷酷な命令が響き渡る。
港街の夜は、一層の厳しさを増していくのだった。
冷たい風が指揮所の隙間から吹き込み、彼の焦燥感をさらに煽った。
侯爵の支配体制にまた亀裂が入り広がり始めていることを、彼はまだ完全には理解していなかった。
廃墟の倉庫の中、カイエンとレオンハルトの二人の間には確かな信頼と、共通の目的を達成するための強い決意が宿っていた。
港街の闇はまだ深い。
だが、その闇の奥には新たな戦いの予感がこれまでになく確実に高まっていた。
いつも遅い時間の更新で申し訳ありません。
読んで頂き織我當御座います。
更新が遅くなり、日付が開くかもしれませんが必ず完結させます。
今回の話も、読んで頂き有難うございました。




