第七話
フェルナンド筆頭執政官の逮捕から幾日か過ぎた港町は、張り詰めた静けさに包まれていた。
冬の足音が本格的に響き始めた晩秋の風が石畳を吹き荒れ、木々の葉は乾いた音を立てて散っていく。
陽光は力を失い、鉛色の空が街に重くのしかかり、人々はまるで憂鬱な影絵のように行き交っていた。冷たい風が埃と枯葉を巻き上げ、街角には諦めにも似た乾いた匂いが漂っていた。
市場の賑わいは影を潜め、露店の灯りはまばらで行き交う人々の足取りも重い。
誰もが顔を伏せ、互いの視線を避け、ひそひそと囁き合うばかりだった。
希望の光と謳われたヴェールの名は今や抑圧された空気の中で、秘密裏に、しかし切実に交わされる合言葉となっていた。
侯爵邸の奥ラモン侯爵の書斎では、怒りというよりも、その底知れぬ憤懣が部屋の空気を震わせていた。
豪華なタペストリーが飾られ重厚な家具が並ぶ空間は、侯爵の絶対的な権威を示すはずだったが、今はただ張り詰めた重苦しい沈黙だけが支配している。
机の上にはフェルナンド逮捕に関する報告書が散乱し、侯爵の視線はそれを嘲笑うかのように見つめていた。
「あのヴェールとやら、港の秩序を乱す反逆者め。まさか、この私の権威をここまで侮るとは。あの不届き者と、それに手を貸す者どもは、徹底的に排除せねばならぬ。この街に、私の支配を揺るがす者は一人たりとも許さぬ」
侯爵の声は低く、しかしその一言一言に、氷のような冷徹な怒りが滲んでいた。
彼は、執務机の分厚い天板を、骨が軋むほどの力で拳を叩きつけた。鈍く響くその音は、部屋の重厚な空気に吸い込まれ、不気味なほど静かだった。
その土気色の顔には血管が青筋となって浮き上がり、目には血走った狂気が宿っていた。侯爵の内心では、己の支配が揺らぐことへの生理的な拒絶反応が、常に苛立ちとなって渦巻いていた。
数日の内に、新たな布告が街中に貼り出された。
「港湾治安維持令」その厳格な内容は、瞬く間に街の者たちの間に絶望を広げた。
夜間外出の厳重な制限。無許可の集会の禁止。そして、疑わしき者の徹底的な尋問と拘束。警邏隊の巡回はこれまでの比ではないほど頻繁かつ威圧的になり、彼らの足音は石畳に重々しく響き渡った。
兵士たちの視線は街を行き交う人々を容赦なく射抜き、些細な不審も許さない。
街の経済は、加速度的に疲弊していった。
夜の営業を強いられた酒場や商店は客足が途絶え、港の荷揚げ作業も滞りがちになった。
食料品や日用品の価格は高騰し、飢えに喘ぐ街の者たちの生活はさらに困窮の度合いを深めていった。
希望の光は霞み、街全体が巨大な檻の中に閉じ込められたかのようだった。
そんな街の重苦しい空気の中でも《陽だまり亭》だけは、細々と、しかし確かに温かい光を灯し続けていた。
しかし、その光も侯爵の締め付けの影響から逃れることはできなかった。
警邏隊の頻繁な立ち入りは、日常となっていた。
ある日の午後、酒場の扉が乱暴に開かれ三人の警邏隊の兵士が足音を立てて踏み込んできた。
彼らの甲冑は鈍い光を放ち、顔には冷酷な色が張り付いている。
「店主。この店は、最近妙な輩の出入りが多いと聞くが。何か不審な点はないのか。ここにいる者どもも、一人残らず身分を明かせ。」
警邏隊の隊長らしき男が、威圧的な声でゼックに詰め寄った。
店内の客は、一瞬にして会話を止め沈黙が広がる。
ドラグは店の入り口に立つ兵士たちを睨みつけ、その巨体から放たれる威圧感で彼らを牽制する。
彼の指先が無意識に腰の剣の柄に触れていた。
その全身から、張り詰めた緊張感が漂い今にも爆発しそうなほどの苛立ちが伝わってくる。
ゼックは、カウンターにもたれかかり腕を組みながら、冷めた視線で隊長を見上げた。
「……何の騒ぎだ。この店は、まっとうな客しか入れてねぇ。酒と飯を食いに来たお客様に、何の用があるってんだ」
彼の声はいつもよりも低く、僅かに怒りが混じっていた。
ゼックにとって《陽だまり亭》は、単なる商売の場ではなかった。
曾祖父の代から続くこの場所で、彼は若くして両親を亡くしさらに結婚した妻も事故で失った。
血の繋がった家族は、妹のアリアだけ。
共に支え合って生きてきたこの店は、彼にとって何よりも大切な家族の居場所だった。
従業員たちはいつしか家族のように仲良くなり、アルトは自分の子供のように可愛がっている。
この店に来てくれる常連客たちも、今では彼の人生の一部だ。
だからこそこの場所が脅かされることは、彼の全てを否定されることにも等しい。
この店を守ることは、彼にとって何よりも大切なことだった。
「まっとうだと。このご時世に、夜遅くまで客を滞留させる店がまっとうだと言い張るのか。侯爵様が布告された『港湾治安維持令』を忘れたとは言わせぬぞ。貴様らは、港の秩序を乱す反逆者を匿っているのではないかと疑われているのだ」
隊長はテーブルに並んだ酒瓶を乱暴に払いのけ、数個のグラスが音を立てて床に落ち、砕け散った。
その音に、店内の客が小さく息を呑んだ。
「てめぇ、何しやがる」
ゼックが低い声で呻いた。
その巨体が、一歩前に出る。
ドラグもまた、一歩を踏み出しその目は獲物を狙う獣のように鋭くなっていた。
ドラグはかつて衛兵だったが職を失い、その見た目から定職に就けず、路頭に迷っていたところをゼックに拾われた過去がある。
この《陽だまり亭》で彼は改めて居場所を与えられ、ゼックとアリア、そして店の仲間たちを、文字通り家族のように思っていた。
だからこそ、この店を、ゼックの築き上げてきた全てを壊そうとする者には、容赦できないという強い信念が彼の苛立ちの根源にあった。
「兄さん、やめて。ドラグさんも」
アリアが慌てて警邏隊の前に出て彼らを睨みつけた。
彼女の顔には、心労と疲労の色が濃く出ていたがその瞳には決して揺るがぬ強い意志が宿っている。
隊長はアリアの言葉を無視し、冷笑をゼックに向けた。
「ふん。店主の前に女がしゃしゃり出るとはな。だが、忠告しておく。この街で、侯爵様に刃向かう者は、決して許されぬ。ましてや、ヴェールなどという不届き者を妄信し、匿うような真似をすれば、この店とて無事では済まぬぞ」
隊長はそう言い捨てると、部下たちに「行くぞ」と声をかけ乱暴な足音を立てて店を出て行った。
砕け散ったグラスの破片が足元に虚しく転がっている。
店内に再び静寂が戻ったが、先ほどまでの温かい活気はすっかり失われていた。
警邏隊が去り、店の空気がわずかに緩むと、残っていた数人の客たちが、顔を見合わせる。
ゼックはマチルダに掃除を任せると、カウンターから身を乗り出し、客たち一人ひとりにゆっくりと目を向けた。
「皆さん、大変ご迷惑をおかけしました。ご気分を害されたでしょう。どうか、お気になさらず、ゆっくりしていってください」
アリアも心配そうに客のテーブルを回り、温かいお茶を差し出した。
「どうぞ、冷えたでしょう。お店は大丈夫ですから、ご安心くださいね」
その優しさに、客たちは張り詰めていた肩の力を少し緩めた。
カウンターの隅に座っていた年配の港湾労働者が、小さな声で隣の男に話しかけた。
「全く、最近はろくに稼げねえってのに、こんな真似ばかりしやがって。飯を食うにも一苦労だ」
別のテーブルでは、街で仕立て屋を営む女性と、パン屋の女店主が顔を寄せ合っていた。
「うちも最近はさっぱりだよ。夜間外出制限のせいで、客足が途絶えちまった。このままだと、家賃も払えなくなりそうだ」
「本当にね。うちのパンも売れ残ってしまって……。隣の通りの雑貨屋さんも、先日閉めてしまったって聞いたわ。ヴェール様が、なんとかしてくれるって、本当に信じていいのかしら」
彼女たちの声は小さかったが、そこには飢えと、未来への絶望が滲んでいた。
それでも、皆が店の様子を伺いながら、決して希望を捨てていないようだった。
一人の常連客が、砕けたグラスの破片をそっと拾い上げ、ゼックに「すまない、これくらいしかできないが」と手伝いを申し出た。
別の客は、普段より多めに代金を置いて去っていった。
彼らの小さな行動は、侯爵の圧力に屈しない、ささやかな抵抗の意志を示しているかのようだった。
ゼックはアリアの背中を心配そうに見つめ、ドラグは悔しそうに拳を握りしめていた。
営業妨害は日々行われ、客足は遠のくばかりだった。
精神的な疲弊と経営の圧迫は彼らの心と体を確実に蝕んでいく。
しかし、彼らは決して屈しなかった。
この《陽だまり亭》は、彼らにとって、そして街の人々にとって、最後の砦だったからだ。
アルトはそんな緊迫した《陽だまり亭》の様子を店の隅からじっと見つめていた。
警邏隊の兵士たちの威圧的な態度、そしてアリアたちの苦しむ姿に彼の心はひどく痛んだ。
しかし、それ以上に彼らを怯えさせる侯爵とその兵士たちへの、小さくも確かな怒りが芽生え始めていた。
《陽だまり亭》でのアルトの生活は、それまで荒んだ日々を送っていた彼にとって穏やかな光をもたらしていた。
名前を得たあの日から、彼はゆっくりと、しかし確実に、本来の子供らしい表情を取り戻していった。
彼らはアルトが食事をするときは必ず誰かが傍で食事を共にし、その小さな手に温かい料理が運ばれるたびにアルトの心は凍えた土から芽吹く種のように、そっと安らぎを広げていった。
アリアが優しく頭を撫でる度に、彼はこの場所が、自分がようやく辿り着いた家族の温かさを持つ家なのだと実感するのだった。
アルトは、共に住んで居る彼らだけでなく、時折優しく声をかけてくれるレオンハルトや店の客にも、少しずつ懐いていった。
ある日、アルトはアリアの隣で店の片隅に積み上げられた古びた新聞の束を眺めていた。
そこには、ヴェールの活動を伝える記事がいくつかあった。
「アリアねえちゃん。ヴェールって、すごく強いんだよね。悪いヤツをやっつけて、みんなを助けてくれるんだよね」
アルトは目を輝かせながら無邪気な声で尋ねた。
アリアはその問いに胸が締め付けられるような思いがした。
幼いアルトの純粋な憧れは、街の現状をより一層浮き彫りにする。
ヴェールへの希望は確かに人々の心に灯っていた。しかし、その希望が侯爵の締め付けによってどれほど危ういものになっているか、アリアは肌で感じていた。
「そうね、アルト。ヴェールはきっと、弱い人たちを助けたいって思っているわ。でも、悪い人たちは、なかなか簡単に諦めないものなの。だから、ヴェールもきっと、今は頑張っているところよ」
アリアは、アルトの頭を優しく撫でながら精一杯穏やかな声で答えた。
彼女の心の中では、街の現状への焦燥感が募るばかりだった。
ヴェールの活動が困難になるにつれて、街の者たちの間に広がる閉塞感と絶望は増す一方だった。
その日の午後、いつものように《陽だまり亭》の扉が開かれ、カイエンが気だるげな足取りで入ってきた。
彼の顔には薄い笑みが浮かび、世間の騒がしさなど遠い国の話だとでも言いたげな態度で、全てを達観しているかのようだった。
「やあ、アリア。ご機嫌いかがかな。随分と静かだが、何かあったのかい。まあ、どうでも良いことだが、少々腹が空いてしまってね。ハンス殿の腕前を拝見できれば幸いだが、何か勧められるものはないか」
カイエンはカウンターに座ると、足を組み気ままな様子で尋ねた。
アリアは彼の変わらない態度に安堵しながらも、どこか微かな違和感を覚える。
警邏隊が去ったばかりの店の重苦しい空気の中、カイエンだけがまるで何も感じていないかのようだった。
「カイエン様、いらっしゃいませ。本日のお勧めは、ハンスが腕によりをかけた新作のシチューでございます。……それにしても、先ほど警邏隊が来て、また嫌がらせをして行ったのですよ。最近は本当にひどくて、商売もままなりません。」
アリアが眉を下げて話すと、カイエンは気だるげに片眉を上げた。
「ほう、それはご苦労なことだ。世間も騒がしいようで。だが、私には無関係な話だな。」
そう言いながらも、その視線が店を出て行ったばかりの警邏隊の方向へ一瞬だけ向いたのを、アリアは見た気がした。彼の言葉とこの緊迫した状況での変わらぬ態度に、アリアの胸には何か妙な、引っかかるような感覚が残った。
しばらくすると、カイエンは酒を片手にアルトが座っているテーブルへと歩み寄った。
「おや、少年ではないか。このような場所で何をしていたのだ。暇を持て余しているのかね」
カイエンはアルトの頭をわしゃわしゃと撫でた。
アルトは最初、少し戸惑ったがすぐにカイエンの明るい雰囲気に慣れ、笑みを浮かべた。
「カイエン様、こんにちは。 あの広場の、わさわさしてた時も大変だったけど、カイエン様はいつもみたいだね。ねえねえ、カイエン様は『ヴェール』って人、見たことあるの」
アルトが純粋な好奇心からカイエンへ尋ねたその言葉に、彼の表情が一瞬だけ、微かに固まったのをアリアは見て取った。
「ヴェール、と申したか。やれやれ、そんな物騒な噂話を耳にするがね。私は世俗の騒動には疎くてねぇ。まさか、そんな義賊まがいの輩と面識があるわけないだろう。だが、困窮に喘ぐ者がいるというのは、まこと嘆かわしいことだ。坊主も、いつか誰かの助けになるような、骨の折れる役目を引き受ける覚悟を持つと良い。もっとも、私には到底無理な話だがね」
カイエンの声はいつもの気だるげな調子に戻っていたが、その言葉には、普段の彼からは想像できないようなどこか芯の通った響きがあった。
アリアは、カウンターからそのやり取りをじっと見ていると彼の言葉の選び方、そしてその瞳の奥に宿る一瞬の光を感じた気がした。
ちょうどその時、レオンハルトが《陽だまり亭》の扉を開けて入ってきた。
彼は今日も商人として街の情報を収集していた帰りだろう。
港や市場、そして時にはギルドにも足を運び、街の現状、人々の動向、そして侯爵の新たな布告に対する反応を探っていた。
彼の目は、常に冷静で、周囲のあらゆる情報を瞬時に読み取っていた。
レオンハルトはカウンターに近づき、ゼックへいつものように静かに酒を注文した。
そして、ふと視線をカイエンへと向けた。
カイエンもまた、レオンハルトの視線に気づきわずかに口元を緩めた。
「やあ、カイエン殿。このようなところで会うとはな。街も随分と物騒になってきたようだが、君は相変わらず呑気なものだ」
レオンハルトの声は穏やかだったが、その瞳の奥には相手を探り合うような鋭い光が宿っていた。
「はは、レオンハルト殿もご苦労様。私はこうして、この酒場の美味い肴と酒があれば、それだけで満たされる。世の騒乱など、どうでも良いことだ。それよりも、レオンハルト殿は近頃、随分と街を巡っておられるようだが、何か耳寄りの話でも掴まれたか」
カイエンもまた、気だるげな笑みを浮かべながらレオンハルトの問いを煙に巻くように答えた。
二人の間に流れる空気はまるで互いが互いの腹を探り合うような、静かで、しかし確かな緊張感を帯びていた。
アリアは、そんな二人のやり取りをまたもや複雑な表情で見つめていた。
レオンハルトとカイエンから、ただの常連客とは言い切れないどこか掴みどころのない雰囲気を感じた気がしたのだ。
カイエンとレオンハルトの会話がひと段落し二人がそれぞれ別の席へと戻った後、レオンハルトはカウンターに置かれたグラスをゆっくりと傾けていた。
その視線は、ふと、隅のテーブルで静かに座っているアルトの小さな背中に向けられた。
アルトは、カイエンとの会話、そして警邏隊が去った後の店の重苦しい空気をまだ幼いなりに感じ取っているようだった。
その表情には、不安と、少しの困惑が浮かんでいた。
レオンハルトはグラスを置き、静かにアルトのテーブルへと歩み寄った。
「アルト君、こんなところに一人でどうした。元気がないようだが、何かあったのかい」
レオンハルトの声は、いつもの商人のそれとは異なり、どこか優しく、穏やかだった。
アルトは顔を上げレオンハルトの顔を見ると、少しだけ安心したように小さく頷いた。
「レオンハルトさん……。今日、警邏隊の人が来て、お店の中が、なんだか、変になっちゃったんだ。」
アルトはそう言って先ほどのゼックとドラグの激しいやり取りを思い出したのか、小さく身を震わせた。
レオンハルトはアルトの向かいの椅子に腰を下ろすと、何も言わずに、ただ静かにアルトの顔を見つめた。
その表情には、幼い子供の抱える恐怖に対する深い理解が込められているかのようだった。
「そうか。それは、怖い思いをしただろう。だが、ここにはゼックさんやアリアさんがいる。そして、ドラグさんもいる。彼らは、この《陽だまり亭》を、そしてアルト君を、何よりも大切に思っている。だから、きっと大丈夫だ」
レオンハルトの言葉は、まるで魔法のようにアルトの心に染み渡った。
彼は、レオンハルトの言葉に安心し少しだけ緊張が解けた表情になった。
「レオンハルトさん、ヴェールって、本当に悪いやつらをやっつけてくれるのかな? 今日、カイエン様が言ってたんだ。『骨の折れる役目』って」
アルトは、カイエンの言葉の意味がまだ完全には理解できていないようだったがヴェールに対する純粋な希望を抱き続けていた。
レオンハルトは、アルトの言葉に小さく目を細めた。
彼の脳裏には、カイエンの気だるげな表情と、その奥に潜む鋭い光景がよぎった。
「ヴェールか……。この世には、光があれば影もある。そして、時に、光の届かない場所で、誰かのために骨を折る者がいるのも事実だ。それは、人知れず、困難な道を選ぶ者たちのことだ。アルト君にはまだ難しい話かもしれないが、本当に強いというのは、ただ力があることだけではない。たとえ怖くても、誰かのために立ち向かう勇気を持つことだ。そして、困っている誰かに、そっと手を差し伸べられる優しさを持つことだ。ヴェールがそうだとして、そうでないとして、その心構えはいつかアルト君の助けになるだろう」
レオンハルトの言葉は、アルトの心に静かに響いた。
純粋な瞳でレオンハルトを見つめるアルトはその言葉の意味を懸命に理解しようとしているようだった。
レオンハルトは、アルトの頭をそっと撫でた。
彼の指先からは温かい安心感が伝わってきた。
「アルト君も、いつか誰かの光になれるような、強い心を持つと良い。この《陽だまり亭》で、たくさん学んで、大きくなるんだぞ」
アルトは、レオンハルトの言葉に小さく頷く。彼の心の中に、恐怖だけでなく新たな希望の光が灯った瞬間だった。
レオンハルトはアルトの顔に浮かんだその光を見て満足そうに微笑んだ。
夜が深まり街の灯りがまばらになる頃、アリアはアルトを部屋へと連れて行った。
小さな部屋の窓からは、凍えるような晩秋の風が吹き込む。
アリアは、アルトをベッドに寝かせると彼が寒くないように厚手の毛布を丁寧にかけ直した。
「アルト、もう夜遅いから、ゆっくりお休みね」
アルと小さな手でアリアの服の裾をぎゅっと握りしめた。
「アリアねえちゃん、今日は警邏隊の人が来たから、怖かったんだ。みんな、怒ってたし……」
アルトの声はまだ少し震えていた。
アリアは、アルトの小さな頭をそっと撫でその髪を優しく梳いた。
「もう大丈夫よ、アルト。兄さんもドラグさんも、それに私たちがいるから。ここ《陽だまり亭》は、あなたの家よ。誰もあなたを傷つけたりしないわ。」
その言葉を聞いたアルトは安心したように目を閉じた。アルトの小さな寝息が聞こえ始め、やがて規則正しい呼吸に変わるまで、アリアはベッドサイドを離れなかった。その間、彼女はアルトの頭をそっと撫で続け、この小さな命を守り抜く決意を、改めて胸に刻んでいた。
アルトの寝顔を見つめながら、アリアの心は様々な思いでいっぱいだ。
侯爵の締め付けは、予想以上に早く、そして狡猾に進んでいた。街には、新たな陰謀の影が忍び寄っている。
ヴェールの活動は、ますます困難になるだろう。
読んで頂き有難う御座います。
大切なお時間を有難う御座いました。




