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第4章:炎とハプニングの夜

 リカルドとの会話の後、フィオナの俺を見る目に、さらに得体の知れないものが混じるようになった気がした。

 まるで、新しいおもちゃでも見つけた子供のような……いや、もっとタチが悪い、獲物を見定めた肉食獣のような、そんな妖しい輝きだ。

 リリアの方は相変わらずだが、時折、俺の顔をじっと見つめては、何かを考えているような素振りを見せる。

 

(なんなんだ、一体……! この館は俺の家のはずだぞ!? なぜ俺がこんなに針のむしろなんだ!)

 

 そんな俺の胃痛と頭痛が新たなステージに突入しようとしていた、ある日の昼下がりだった。

 

 厨房の方から、何やら焦げ臭い匂いと、パチパチと何かが爆ぜる音が聞こえてきたのだ。

 

「ん? なんだ、騒がしいな」


 俺が執務室で眉をひそめていると、リカルドが血相を変えて飛び込んできた。


「レオン様! 火事です! 厨房から火の手が!」

「なんだと!?」


 俺は椅子から飛び上がった。

 火事だと? この俺様の館で!?


 慌てて廊下へ出ると、すでに煙が充満し、使用人たちが右往左往している。


「おい! 火元はどこだ! さっさと消し止めろ!」


 俺が怒鳴りつけると、一人の料理人が震えながら報告してきた。

 

「も、申し訳ございません! リリア様が……その……『もっと美味しくなる魔法のスパイス』とやらを鍋に……それが、ど、ドカーンと……」

 

 またあのドジメイドか! あいつは歩く災害か何かか!?

 

 フィオナは、さすがプロと言うべきか、冷静に使用人たちに指示を出し、避難誘導を始めていた。

 その姿は、普段の妖艶さとはまた違う、凛とした美しさがある。


「リリアさんはどこに!?」


 フィオナが叫ぶ。

 見れば、リリアは煙が立ち込める厨房の入り口で、「どうしよう、どうしよう!」とパニックになり、その場でオロオロしているだけだ。

 しかも、その手にはまだ例の「魔法のスパイス(の残骸)」らしき小瓶を握りしめている!

 

「ちっ、あのドジメイドめ! また面倒を!」

 

 俺は忌々しげに舌打ちする。

 

 だが、フィオナが「リリアさんを助けに!」と、煙の中に飛び込もうとするのを見て、俺の足は勝手にそちらへ向かっていた。

 リリアの奴、煙を吸ったのか、ふらりとよろめき、今にも倒れそうだ。

 

「死にたいのか、お前ら!」


 俺は悪態をつきながら、フィオナを追いかけるように炎と煙の中に飛び込んだ。

 熱い! 息苦しい! 視界も悪い!


 「ゴホッゴホッ……リリアさん!しっかり!」


 フィオナがリリアの腕を掴む。

 だがその瞬間、メリメリと嫌な音を立てて、天井の梁が二人めがけて燃え落ちてきたのだ!


「危ない!」


 俺は考えるより先に体が動いていた。

 フィオナとリリアを力任せに突き飛ばし、自らが燃え盛る梁の下敷きになる……寸前で、なんとか体を捻って避けたものの、右腕に激しい熱と痛みが走った!

 

「レオン様っ!?」


 フィオナとリリアの、悲鳴に近い声が煙の中で響いた。

 俺は焼けるような痛みを堪え、二人を睨みつける。

 

「……早く逃げるぞ、ウスノロどもが!」

 

 煤で汚れた顔で悪態をつく俺の姿は、果たして彼女たちの目にどう映ったのだろうか。


 ◇

 

 その夜。

 俺は自室のベッドで、腕に巻かれた包帯を苦々しげに眺めていた。

 火傷のズキズキとした痛みが、俺の意識を現実へと引き戻す。

 

「レオン様、お加減はいかがですか?」


 フィオナが、いつの間にか「医療メイド」とかいう、やけに体の線が出るナース風の、しかし妙にエロいデザインの制服に着替えて部屋に入ってきた。

 その手には薬と新しい包帯。

 

「レオン様、動かないでくださいまし。火傷が悪化してしまいますわ」

 

 その声は、いつもよりいくらか優しく、そして心配の色を隠しきれていない。

 

 フィオナは手際よく俺の火傷の手当てを始める。

 薬を塗るその白い指が、俺の熱を持った肌に触れるたびに、俺の体はびくりと震えた。

 その震えに気づいたのか、フィオナは悪戯っぽく微笑む。

 

「レオン様、お熱が高いようですわね。わたくしが『特別』に冷やして差し上げましょうか?」


 そう言って、冷たい水に浸したタオルで俺の額や首筋を拭い始めた。

 その際、わざとらしく豊かな胸を俺の顔に近づけたり、吐息がかかるような距離で囁いたりするのを忘れない。

 

 こ、こいつ、病人を相手に何を考えてやがるんだ!

 

 そこへ、ドタバタと慌ただしい足音と共にリリアが現れた。

 その手には、なぜか巨大な丼にてんこ盛りにされたお粥が。

 

「レオン様、大丈夫ですか!? 栄養満点のお粥を作ってきました! これできっと元気になります!」

 

 リリアは張り切っているが、その足元はおぼつかず、お盆の上の丼は今にもひっくり返りそうだ。

 

「お、おい、大丈夫か、それ……」


 俺がハラハラしながら見守っていると、リリアは案の定、ベッドの段差につまずき、お粥を俺の胸元にぶちまけやがった!


「あちちちちっ! 熱い! 熱いぞ、バカメイド!」

「ひゃあああん! ご、ごめんなさい、レオン様!」


 リリアは半泣きになりながら、自分のエプロンで俺の胸元をゴシゴシと拭き始める。

 だが、それが逆効果だということに、このドジメイドは気づいていない。


 エプロンの下から覗く柔らかな谷間と、必死な表情で近づいてくるリリアの顔。

 お粥の熱さと、別の意味での熱さで、俺の頭は完全にオーバーヒート寸前だった。

 

「レオン様、お口の周りも汚れてしまっていますわ」

 

 フィオナが、いつの間にか俺のすぐそばまで顔を寄せていた。

 そして、柔らかい布で俺の口元を優しく拭う。


 その距離、ゼロセンチ!

 

 フィオナの甘い香りと、吐息が直接俺の肌にかかり、俺は金縛りにあったように動けなかった。

 

 ◇

 

 夜が更け、俺が火傷の痛みと熱でうなされていると、不意に温かい何かが俺の体に触れた。

 

「レオン様……やはりわたくしが『肌で』温もりを確かめませんと、安心できませんわ……」

 

 フィオナの声だ。

 薄目を開けると、フィオナが俺の布団に潜り込み、その豊満な体を俺に密着させてくるではないか!

 

 シルクのネグリジェ越しに伝わる柔らかな感触と熱に、俺の体は正直に反応しそうになる。

 

「だ、だめです、フィオナ先輩! レオン様は病人なんですから!私が、私が温めます!」


 そこへ、なぜかリリアまでが俺の布団に潜り込んできた!


 子供のように俺の体にぎゅっと抱きつき、その小さな体全体で俺を温めようとしている。

 もちろん、リリアの寝巻き代わりのパジャマは、あちこちがはだけて、無防備な肌が俺に触れている!

 

 フィオナは、そんなカオスな状況をむしろ楽しんでいるかのように、くすくすと笑った。


「あらあら、レオン様はどちらの『ぬくもり』がお好みかしら? それとも、両方同時にお楽しみになりますか?」


 その魅惑的な囁きが、俺の耳元で響く。

 

 俺は、左右から異なるタイプのメイドの柔肌と香りに包まれ、もはや何が現実で何が夢なのかも分からないまま、ただただ翻弄されるしかなかった。

 悪徳領主の俺が、ただの病人として、二人のエロメイドにここまでされるとは……。

 この屈辱、絶対に忘れないぞ!


(でも、ちょっとだけ気持ちいいかもしれない、なんて思ってないんだからな!)


 ◇


 翌朝。

 俺が重いまぶたをこじ開けると、信じられない光景が広がっていた。

 

 ベッドの右側にはフィオナが、そして左側にはリリアが、二人とも俺にぴったりと寄り添うようにして、静かな寝息を立てていたのだ。

 フィオナは、いつもの計算された微笑みはなく、どこか幼さを感じさせる無防備な寝顔を晒している。

 リリアに至っては、完全に子供のように俺の腕にしがみつき、幸せそうな顔で「むにゃむにゃ……レオンしゃま……おにく……」などと寝言を言っている。

 

「な……なんだ、この状況は……!?」


 俺は混乱しつつも、二人の無防備な寝顔から目が離せなかった。


 特にリリアの子供のような寝顔と、フィオナの珍しく力の抜けた表情は、俺の心の中に、今まで感じたことのない奇妙な感情を呼び起こした。


 恐怖でもなく、怒りでもなく……それは、もっと温かくて、くすぐったいような……。


 俺が、そっとリリアの頬に触れようとした、その瞬間だった。

 

「ん……レオン様……? おはようございます……です?」


 リリアが、大きな目をこすりながら顔を上げた。

 寝ぼけ眼のリリアは、状況を全く理解していない様子で、俺の顔をぽかんと見つめている。


 その直後、フィオナも静かに目を覚ました。

 

「あら……レオン様、お目覚めでしたのね。昨夜はよくお眠りになれたご様子。わたくしたちの『献身的な看病』の賜物ですわね」


 フィオナは、すぐにいつもの妖艶なメイドの顔に戻り、艶然と微笑んだのだった。


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