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第3章:メイドたちの秘密と王国の影

 度重なるメイドどもの波状攻撃により、俺の体力と精神力はもはや限界に近かった。

 悪徳領主としての威厳など、とっくの昔に犬にでも食われてしまった気分だ。

 

 だが、このままでは終われない!

 俺はまだ諦めてはいないのだ!


(そうだ、嫉妬だ! 女は嫉妬深い生き物だと、昔読んだ何かの文献にも書いてあった!)

 

 俺は名付けて「他の女でアテつけ・嫉妬メラメラ大作戦」を決行することにした。


「今夜は特別だ! 娼館の女どもを集めて、俺様直々に目をかけてやる!」

 

 俺はそう宣言し、広間に若い女たちをかき集め、大宴会を開いた。

 フィオナとリリアに見せつけるように、俺は他の女たちに囲まれ、デレデレと鼻の下を伸ばしてみせる……。


 もちろん、内心は緊張でガチガチで冷や汗ダラダラだったが!


「まあ、レオン様は本当に人気者ですのね。皆様、もっとレオン様をお喜ばせする『秘訣』が知りたくはございませんか?」

 

 フィオナは俺の浅はかな魂胆などお見通しとばかりに、余裕の笑みでそう言った。

 そして何を思ったか、突然「究極の男性トリコ化講座・レオン様スペシャルバージョン」なるものを開講しやがったのだ!

 

「さあ皆様、レオン様のような高貴な男性を虜にするには、まずこの妖艶な流し目……そして、甘い吐息と共に囁かれる愛の言葉……」

 

 フィオナが実演してみせるたびに、他の女どもは「キャー! フィオナ様、素敵ー!」と目をハートにして熱狂し、その矛先はなぜか俺に向かってくる!

 

 四方八方から迫りくる女、女、女!

 俺は完全に包囲され、身動きが取れない!


 そのカオスに拍車をかけたのが、我らがドジっ娘メイド、リリアだ。

 

「わ、私もお手伝いします!」


 リリアは、なぜか巨大なワインのデキャンタを両手に抱え、健気に飲み物を配ろうとしていたのだが……案の定、何もないところで派手にすっ転んだ!

 

 ドッシャーン! という轟音と共に、デキャンタの中身……真っ赤な高級ワインが、俺と周囲の女たち、そしてリリア自身にも見事なまでにぶちまけられたのだ!

 

「「「キャーーーーーッ!!」」」


 女たちの悲鳴が響き渡る。

 俺も頭からワインをかぶり、もはや何が何だか分からない。


 リリアはびしょ濡れになり、薄いメイド服が肌に張り付いて、下着のラインまでくっきりと見えてしまっている!


「ご、ごめんなさぁぁぁい!」


 泣き叫ぶリリア。

 その姿は、妙な色気を醸し出している。


 フィオナの扇情的な指導と、リリアの破壊的なハプニングにより、宴会場はまさに地獄絵図と化した。

 

 女たちはワインまみれの俺に群がり、「レオン様、お拭きしますわ!」「いいえ、わたくしが!」とハンカチの奪い合いを始める。

 俺はびしょ濡れのリリアに「レオン様、大丈夫ですかぁ~」と泣きながら抱きつかれ、その柔らかい感触とワインの匂いに意識が遠のきそうになる。

 

「だ、誰かこの状況を何とかしろー!」

 

 俺の悲痛な叫びは、欲望と混乱の渦に虚しく吸い込まれていった。


 騒動の後、俺は疲れ果てて執務室のソファに沈み込んでいた。

 そこへ、まるでタイミングを見計らったかのように、フィオナとリリアが現れる。

 

「レオン様、お着替えのお手伝いをさせていただきますわ」と、フィオナは濡れた俺の服に手を伸ばしてくる。

「レオン様、風邪をひかないように、早く温かくしないとダメですよぉ」と、リリアは心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 

 左右から迫る二人のメイド。

 俺は完全に逃げ場を失っていた。


 ◇ ◇ ◇


 その夜、二人のメイドが寝泊まりしている部屋では、秘密の会話が交わされていた。

 

 フィオナは、今日のレオンの哀れなまでの純情リアクションを冷静に分析し、愛用の「エロメイド教本・純情硬派タイプ攻略編~応用実践マニュアル~」のページを熱心にめくっていた。

 

「ふむ……今日のレオン様の反応から察するに、トラウマの度合いは想定以上。直接的な肉体的接触よりも、まずは精神的な『焦らし』と『不意打ち』のコンビネーションが有効と見たわ。リリアさんの『偶発的アクシデント』は、ある意味、最高のスパイスね」


 一方、リリアはベッドの上で正座し、しょんぼりと肩を落としていた。

 

「うぅ……私、またドジっちゃいました……レオン様にもフィオナ先輩にも、他の皆さんにも、いっぱいご迷惑を……」


 潤んだ瞳でフィオナを見上げるリリア。

 

「でも、フィオナ先輩の『男性トリコ化講座』、本当にすごかったです! 私もいつか、フィオナ先輩みたいになれるでしょうか?」


 その言葉に、フィオナは一瞬、教本から顔を上げた。

 

「リリアさん。あなたはあなたのやり方で良いのですよ。ただ、もう少しご自身の『偶発性』という名の才能を、自覚的にコントロールできるようになれば完璧ですが」

 

 フィオナが意味深なアドバイスを送った、まさにその時だった。

 部屋の隅に置かれた魔法の通信水晶が、淡い光を発し始めた。


 王立メイド院監査官、クローディア・ヴァレンタインからの定時連絡だ。

 

『フィオナ。進捗はどうなっている? リリアからの報告も芳しくないぞ。 任務の期限は忘れていないだろうな? 失敗は、すなわち死を意味することを忘れるな』

 

 水晶から響くクローディアの声は、氷のように冷たく、一切の感情を含んでいなかった。

 フィオナはしかし、動じることなく優雅に微笑んだ。

 

「問題ございませんわ、クローディア様。レオン様は必ずや『更生』させてご覧に入れます。リリアも……ええ、ある意味では、非常に『順調』にレオン様の心をかき乱しておりますわ。ふふふ」

 

 その不敵な笑みに、リリアはただ不安そうに二人(フィオナと水晶)の顔を交互に見つめることしかできなかった。


 ◇ ◇ ◇

 

 翌日、俺が城の長い廊下を歩いていると、前方からリカルドがやってきた。

 あいつは、いつも俺の行動を監視しているかのように、絶妙なタイミングで現れる。

 

「フィオナ殿。昨夜のレオン様は、また一段と『お熱い』ご様子だったと、城の者たちが噂しておりましたぞ。さすがは王立メイド院が誇る『プロフェッショナル』ですな」

 

 リカルドは、俺の存在などまるで意に介さず、俺の横を通り過ぎようとしたフィオナに、そんな意味ありげな言葉を投げかけた。

 フィオナは足を止め、優雅に振り返る。

 

「あら、リカルド様はレオン様の全てをご存知ですのね。わたくしどもの『お世話』も、リカルド様のご期待に沿えていれば良いのですが」

 

 その声には、明らかに探るような響きが含まれていた。

 リカルドは、ほんの僅かに口角を上げただけの、皮肉ともとれる笑みを浮かべた。

 

「レオン様は……ご覧の通り、色恋沙汰に関しては驚くほど『純粋』な方だ。あまり手荒な『お世話』は、かえってあの方の固い殻を厚くするだけかもしれませんぞ?  もっとも、見習い殿の予測不能な『偶発的なお世話』の方は、案外、あの殻を打ち破る特効薬になるやもしれませんが」

 

 まるで全てを見透かしたようなリカルドの言葉。

 フィオナは、その真意を探るように、リカルドの目をじっと見つめた。

 

「リカルド様……あなた様は一体、何をどこまでご存知で……?」


 リカルドは、しかし、それ以上は何も答えず、ただ静かに一礼して俺たちの前から去っていった。

 

 残されたのは、疑念を深めるフィオナと、何が何だかさっぱり分からない俺だけだった。


 (リカルドの奴、一体何か企んでいるのか……? まさか、メイドどもと裏で手を組んで、俺を陥れようとでもしているのか!?)

 

 俺の頭の中は、新たな疑心暗鬼でいっぱいになるのだった。


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