第六話 卒業旅行
「で、なんで美穂の告白断っちゃったの!?」
旅行先のホテルのロビーで、雅人が俺の肩をバンバン叩きながら言った。
「いや、別に……」
「『別に』じゃねえよ! 美穂、ずっと駿のこと好きだったんだぞ?」
「今はそれどころじゃないっていうか……」
「出た! 真面目モードの駿!」
雅人が大げさに頭を抱える。
それを聞いていた他の同級生たちも、興味津々といった顔で俺の方を見ている。
「今は英語の勉強が最優先なんだよ」
「はぁ~。でもさ、大学入ってからだって、恋愛する時間くらいあるだろ?」
「うーん……どうだろうな」
恋愛に興味がないわけじゃない。
でも、今はそれよりも、目の前の目標に集中したい。
海外に行く。
まだ漠然としているけど、確かに心の中にある夢だ。
そのために、今はとにかく英語を勉強しないといけない。
「お前さ、バスケの時もそうだったけど、ほんとストイックだよなぁ……。せっかくの卒業旅行なのに、もしかして英単語帳持ってきてたりする?」
「……」
「はぁ!? マジで持ってきてんの!? いやいや、もうちょい楽しめよ!」
雅人が驚愕した顔で俺のリュックを指さす。
実は、単語帳とTOEICの公式問題集をしっかり詰め込んでいた。
「せっかくの旅行なんだから、遊ぼうぜ!」
「遊ぶよ。ただ、夜は少し勉強するけどな」
「……お前、ほんとにすげえよ」
雅人は呆れつつも、どこか感心したような顔をしていた。
夜、ホテルの部屋――。
同室の雅人がベッドにダイブしてスマホをいじる中、俺は窓際のテーブルで英単語帳を開く。
(やっぱり、この時間が落ち着くな)
旅行に来ても勉強をする。
昔の俺だったら絶対考えられなかったことだ。
「なあ駿」
「ん?」
「お前、どこまで行くつもりなんだ?」
「……どういう意味?」
「英語勉強して、留学もするんだろ? その先に、何があるんだ?」
雅人の言葉に、一瞬だけ手が止まる。
俺は今、何を目指しているんだ?
留学に行く。
それを決めたのは確かだ。
でも、その先のことは、まだわからない。
「さあな。でも、今はとにかくやるしかないんだよ」
「そっか……。ま、駿ならどこに行ってもやっていけるだろ」
「……なんだよ、急に」
「いや、なんかそう思っただけ」
雅人はそう言って、スマホを置き、あくびをしながらベッドに潜り込んだ。
俺は微笑みつつ、再び単語帳に視線を落とした。
どこまで行くつもりなんだ?
その問いの答えは、まだ出ていない。
でも、俺は前に進む。
一歩一歩、確実に。