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偏差値45からオックスフォード大学に進学した話  作者: 希羽
第二章 ロンドン留学編

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第五十九話 ロンドン

 大学二年生の九月。


 飛行機のエンジン音が遠ざかり、ヒースロー空港の到着ゲートをくぐり抜けた瞬間、ひんやりとした、それでいてどこか湿った空気が俺の頬を撫でた。


 見慣れない文字の案内表示、飛び交う様々な言語。ついに来たんだ、ロンドンに。俺の交換留学生活が、まさにこの瞬間から始まった。


 長時間のフライトで体は鉛のように重かったが、それ以上に、これから始まる新しい生活への期待と、ほんの少しの不安が入り混じった高揚感が、俺の全身を支配していた。


 日本でのあの日々が、まるで昨日のことのように思い出される。IELTSのスコアに一喜一憂し、宮田先輩や花蓮、そして颯太たちとの会話に励まされた日々。


 そして、隼田さんとの出会い。


「柳くんの人生に、誰も興味なんて無いんだよ」


 あの言葉は、俺の中にあった迷いや不安を、ある意味で断ち切ってくれた。そうだ、周りの目なんて関係ない。俺は俺の目標に向かって、ただ進むだけだ。


 このロンドンでの交換留学は、多くの同級生にとっては大きな目標なのかもしれない。


 でも、俺にとっては違う。


 これはゴールじゃない、スタートラインだ。目指すはイギリスの大学院、それもオックスフォード。


 そのためには、この一年で語学力はもちろん、専門分野の知識も深め、そして何より、IELTSでオーバーオール7.5というスコアを叩き出さなければならない。


 重いスーツケースを引きずりながら、俺は空港の案内表示に従って地下鉄(チューブ、と呼ばれているらしい)の駅へと向かった。


 あの有名な、赤丸に青い横棒のロゴマークが目に入る。ここから、ロンドンの中心部へ向かうんだ。プラットホームに降り立つと、独特の熱気と、ゴーッという電車の音が反響していた。


 やってきた電車に乗り込むと、車内は様々な人種の人々でそこそこ混み合っている。地下深くを走る電車の揺れと単調な音に身を任せながら、車窓の景色が変わらないことに少しだけ手持ち無沙汰になりつつ、これから始まる生活に思いを馳せた。


 長いようで短い地下鉄の旅を終え、目的地の駅でエスカレーターを上り、地上に出た瞬間、俺は思わず息を飲んだ。


 さっきまでの地下の閉塞感とは打って変わって、目の前に広がっていたのは、まさに写真や映像で見た「ロンドン」そのものの光景だった。


 大学の寮へ向かって、石畳の歩道を歩き出す。見上げれば、石やレンガで造られた重厚な建物が、曇り空の下に堂々とそびえ立っている。その壁の歴史を感じさせる質感、細かな彫刻が施された窓枠、煙突のデザイン、どれもが日本で見てきたものとは全く違う。


 まるで街全体が博物館のようだ。


 すぐそばの車道を、あの真っ赤なダブルデッカーバスが、クラクションを響かせながら走り抜けていく。バスに乗っているわけではないのに、その存在感は圧倒的だ。


 歩道には、様々な言語を話しながら早足で書類を抱えて歩くビジネスマン、カフェのテラスでおしゃべりに興じる学生らしきグループ、思い思いのファッションに身を包んだ若者たち……。


 肌の色も、話す言葉も、本当に多様だ。


 活気があって、少し騒がしくて、それでいてどこか洗練された空気が漂っている。この街の持つ独特のエネルギーに、肌で直接触れている感覚。


 全てが新鮮で、刺激的で、少しだけ圧倒されながらも、強烈にワクワクしていた。


 この巨大な都市のど真ん中を、今、俺は自分の足で歩いているんだ。そう思うと、改めて身が引き締まる思いだった。


 さあ、どんな一年になるだろうか。どんな出会いが待っているだろうか。


 期待と決意を胸に、大学二年生、俺のロンドンでの挑戦が、今、静かに幕を開けた。

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