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偏差値45からオックスフォード大学に進学した話  作者: 希羽
第一章 留学準備編

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第五十一話 二年生

 はらはらと、桜の花びらが風に舞い散る。


 キャンパスの通路には、淡いピンク色の絨毯ができていた。


 四月。新しい学年が、今日から始まる。


 少しだけ慣れた足取りで大学の構内を歩きながら、俺は「二年生か……」と小さく息をついた。


 必死で駆け抜けた一年間。そして、秋からのロンドン留学という大きな目標に向けて、いよいよ本当の勝負の年が始まったのだ、と身が引き締まる思いがした。


 二年生最初の必修科目は国際関係論。指定された教室のドアをくぐると、ざわめきの中に、見慣れた顔がいくつも見えた。一方で、初めて見る顔もちらほら。


 やはり、多少のメンバーの入れ替えはあったらしい。


 俺は空いていた席にリュックを置き、腰を下ろした。


「あ、駿! 久しぶり! 元気だった?」


 弾むような声に振り返ると、花蓮が人懐っこい笑顔で立っていた。一年生の時も同じクラスで、明るく頑張り屋な子だ。


「花蓮、久しぶり。まあ、元気だよ。そっちはどう?」

「元気元気! ねえ、春休み何してたの? 駿のことだから、やっぱりバイトと勉強?」


 勘がいいな、と苦笑しながら頷く。


「まあ、ほとんど塾のバイトと……あと、IELTSの勉強漬けだったかな。花蓮は?」


「え!? やっぱり? 交換留学もう決まってるのに、まだIELTSやってたの?」


 花蓮は少し目を丸くしたが、すぐにキラキラした表情で続けた。


「実は私もね、春休みずっとIELTSやってたんだけど、この前受けたやつで、ついに目標の5.5取れたの! だから、来年の春からオーストラリアの大学に交換留学、申し込んでみるつもり!」


「おお、マジか! すごいじゃん! おめでとう!」


 思わず大きな声が出た。IELTS 5.5。簡単なスコアじゃない。彼女の努力が実を結んだんだ。俺が目指すスコアとは違うけれど、目標をクリアしたのは素晴らしい。


「ありがとう! ね、それでさ……学内選考の面接でどんなこと聞かれたかとか、今度教えてくれない?」


「ああ、もちろんいいよ。俺で分かることなら何でも」


「やった、ありがとう! 約束ね!」


 花蓮は嬉しそうにガッツポーズをした。


 そんな会話をしていると、「駿〜! おはよー!」と少し間の抜けた、でも聞き慣れた声がした。


 振り返ると、颯太と、その隣で静かに微笑む優奈がいた。


 良かった、この二人とも今年も同じクラスになれたようだ。


「颯太、優奈、久しぶり! って、颯太、お前、春なのにその肌の色どうしたんだよ! めっちゃ日焼けしてるじゃん!」


 颯太は、日に焼けて一層白く見える歯をニカッと見せて笑った。


「まあな! 言ってたろ? 春休み、シンガポールに行ってきたんだって。久しぶりの南国だったからさ、ついハシャいじゃって、気づいたらこんなんなってた」


「いや、ハシャぎすぎだろ、絶対……」


 呆れながらも、その真っ黒な顔を見ていると、俺が英語と格闘していた春休みとは全く違う、楽しい時間を過ごしたんだろうなと、少しだけ羨ましくなった。


 友人たちとの再会を喜んでいるうちに、予鈴が鳴り、教室の前方のドアが開いた。入ってきたのは、がっしりとした体格の、おそらくネイティブと思われる白人男性の先生。初めて見る顔だ。


「Okay, everyone, please find your seats. Welcome to International Relations. My name is Professor Smith. As you know, this course will be conducted entirely in English, and active participation is not just encouraged, it's essential for your grade. So, let's make it interactive.(はい、皆さん、席についてください。国際関係論へようこそ。私の名前はスミスです。ご存知の通り、このコースは完全に英語で行われ、積極的な参加が推奨されるだけでなく、成績にも不可欠です。ですから、対話式でいきましょう)」


 先生はにこやかにそう言うと、早速プロジェクターにスライドを映し出した。今日のテーマは『国際連合と集団安全保障』。


 先生はまず、国連が設立された歴史的背景、国連憲章における集団安全保障の理念、そしてその中核を担う安全保障理事会の構成について解説を始めた。


 時折、学生に問いかけ、対話を促しながら進めるスタイルのようだ。内容はアカデミックで高度だが、先生の説明は論理的で、発音も明瞭なので聞き取りやすい。


 俺もノートを取りながら、その解説に集中した。


 一通り説明が終わると、先生はプロジェクターの画面を一旦シンプルなタイトル表示に戻し、学生たちに向き直った。


「Now, thinking about contemporary international conflicts – particularly situations where the interests of major powers might diverge significantly – how effective do you generally find the Security Council's response mechanisms? What are the inherent strengths and weaknesses we often see playing out, based on the structure we just analyzed? Let's discuss.(では、現代の国際紛争、特に大国の利害が大きく対立するような状況を考えたとき、安全保障理事会の対応メカニズムは一般的にどの程度有効だと思いますか? 我々が分析した構造に基づいて、しばしば露呈する固有の強みと弱みとは何でしょうか? 議論しましょう)」


 具体的な事例ではなく、より一般的な有効性についての問いかけ。教室の学生たちは少しの間、考え込むような沈黙に包まれた後、数人が意を決したように手を挙げ始めた。


 前の学生の発言が終わり、先生が次を促す視線を送ったタイミングで、俺はすっと手を挙げた。


「Yes, Shun(どうぞ、シュン)」


「Thank you. Reflecting on the structure, particularly the veto power Professor Smith highlighted, it seems the UNSC's effectiveness is often severely hampered in situations involving strong, conflicting interests among the permanent members. While humanitarian efforts by UN agencies might proceed independently to some extent, the Council's core ability to take decisive political or security action to address the root causes of conflict appears structurally limited in such cases…(「ありがとうございます。スミス先生が強調された構造、特に拒否権について考えると、常任理事国間に強い利害対立がある状況では、安保理の有効性はしばしば著しく妨げられるように思われます。国連機関による人道支援は、ある程度独立して進むかもしれませんが、紛争の根本原因に対処するための決定的な政治的・安保的行動をとるという理事会の中心的な能力は、そのような場合、構造的に制限されているように見えます…)」


 今回も、言葉は比較的スムーズに出てきた気がする。講義の内容を踏まえつつ、拒否権という具体的な制度がもたらす一般的な影響について意見を述べる。


 春休み中に、抽象的な概念について英語で説明したり、自分の考えを論理的に展開したりする練習を意識して繰り返した。その訓練の成果が、少しは表れているのかもしれない。


 完璧には程遠いけれど、以前よりは落ち着いて、論点を整理しながら話せている手応えはあった。


 俺の発言が終わると、近くの席にいた花蓮が、目を丸くして「駿、なんかすごい。難しいテーマなのに、ちゃんと英語で意見言ってる…!」と小声で囁いた。


 後ろの席の方からも、「駿、めっちゃ流暢になったな」「去年も発言してたけど、なんか今年、さらにレベルアップしてないか?」といった声が、ひそひそと聞こえてくる。


 クラスメイトからの驚きや称賛の言葉は、やはり素直に嬉しい。自分の努力が、目に見える形で表れているのかもしれない。


 けれど、これはまだ序の口だ。日本の大学の、日本人学生が多数を占めるクラスでのディスカッション。


 本当の挑戦は、秋からのロンドンだ。多様なバックグラウンドを持ち、自己主張することに慣れたネイティブスピーカーたちの中で、果たして自分はどこまで食らいついていけるのか……。


 俺は軽く息をつき、クラスメイトの声に浮かされそうになる気持ちを引き締めると、再び他の学生と先生との間の議論に意識を集中させた。

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