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偏差値45からオックスフォード大学に進学した話  作者: 希羽
第一章 留学準備編

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第四十九話 春休み

 ついに春休みが始まった。春休みとはいえ、この期間中にやりたいことは山ほどある。


 まずは、IELTS対策。渡英までにもう一度受けて最低7.0は取りたい。


 それから、半ば趣味と実益(留学中にフランス旅行!)を兼ねてフランス語も、この休み中に少しは進めておきたい。


 そして何より、留学の足しにするための資金稼ぎ。塾講師のバイトは、春休みが来たからといって、そう簡単に休めるものではない。


 そんなことを考えながら、今日も俺はマフラーに顔をうずめ、冷たい風の中、バイト先の学習塾へと向かう。


 塾に到着し、暖房の効いた室内に入ると、ちょうど事務室から出てきた塾長に呼び止められた。


「お、柳くん、ちょうどよかった。今日、君が担当している中二の鈴木くんのお母様がいらっしゃるんだ。来年度の継続についてのお話もあるから、少しだけ面談に同席してもらえると助かるんだけど」


 授業前に保護者との面談に同席するのは初めての経験だ。少し緊張しつつも、「はい、分かりました」と頷いた。


 入り口近くで待っていると、約束の時間ぴったりに、落ち着いた色のコートを着た上品な雰囲気の女性が現れた。


 塾長が「鈴木さん、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」と迎え入れる。女性は塾長に会釈した後、すぐに隣に立つ俺に気づき、穏やかな笑みを向けた。


「こんにちは。あなたが、息子の英語を担当してくださっている柳先生ですか? いつも息子が本当にお世話になっております!」


 予想外に直接声をかけられ、丁寧な挨拶と共に軽く頭を下げられて、俺は一瞬、どう対応すべきか戸惑った。


「あ、いえっ、滅相もありません! こちらこそ、鈴木くんにはいつも真面目に取り組んでもらって……!」


 少し上擦った声で、なんとかそう返すのがやっとだった。


 小さな面談室に通される。向かい合って座ると、張り詰めた空気の中に、塾長が来年度のシステムについて説明する声が響いた。そして、話が一段落したところで、鈴木くんの母親が、居住まいを正し、はっきりとした口調で続けた。


「それで、来年度、息子も中学三年生になるわけですが……他の教科については、また改めてご相談させていただければと存じますが、英語に関しましては、ぜひ、柳先生に引き続きお願いしたいと、親子で話しておりまして」


 ——え? 今、俺の名前……?


 聞き間違いかと思った。


 心臓が、予想外の出来事に驚いて、トクン、と大きく脈打つ。


「息子がですね、『柳先生の英語の授業が、今まで受けた中で一番分かりやすい』って言うものですから。『この表現はどういうニュアンスで使うのか』とか、そういう細かいところまで丁寧に教えてくださるので、ただの暗記じゃなくて、ちゃんと英語の感覚が身につく気がするって。家でも、先生のことをよく話しているんですよ」


 母親は、息子の言葉をそのまま伝えるように、少し早口に、しかし熱心にそう話してくれた。


 じわり、と自分の頬が熱を帯びていくのが分かった。


 嬉しい、という一言では到底足りない。誇らしいような、照れくさいような、そして自分のやってきたことが確かに誰かに届いていたのだという、確かな手応え。そんな感情が一気に押し寄せてきて、胸がいっぱいになる。


 その後、面談は和やかに進み、具体的な手続きの話は塾長がうまくまとめてくれた。母親が安堵したような、満足そうな表情で帰っていくのを見送った後、塾長が振り向き、悪戯っぽく片方の口角を上げて笑った。


「いやあ、お母様、すっかり柳先生のファンじゃないか。良かったな。四月からはいよいよ受験生担当だ。初めてだろうけど、心配いらない。カリキュラムはこちらでしっかり組むし、困ったことがあったらいつでも相談に乗るから。頼んだぞ!」


 冗談めかした口調の中に、確かな信頼の色が滲んでいるのを感じて、俺は「はい! 頑張ります!」と少しだけ大きな声で答えた。



 ◇◇◇



 バイトを終え、塾からの帰り道。


 日は既に落ちて、冷え切った空気が頬を刺す。吐く息が白い。


 そういえば、このバイトを始めたばかりの頃、周りの講師が有名大学の学生ばかりで、まだ大学に入りたてだった自分は完全に場違いなんじゃないかと、ずいぶんコンプレックスを感じていた。


 でも、一年近く続けてきて、今日、生徒の母親から直接あんなに評価してもらい、塾長からも「期待している」と言われた。


 来年度、中学最高学年になる生徒を任されることになった。


 学歴や経験だけじゃない。自分なりに考え、工夫し、伝えようとしてきた熱意が、ちゃんと価値として認められたんだ。


 そう思うと、さっきまでの興奮とは違う、静かで、でも力強い自信のようなものが、体の芯からふつふつと湧き上がってくるのを感じた。

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