第四十五話 思わぬ橋渡し
国際部を出た俺は、江川さんから得た衝撃的な情報にまだ頭がクラクラしていた。
小林珠里さんが、あの隼田先輩の彼女……?
まるで出来すぎた話のようだが、江川さんの口ぶりからして間違いないだろう。
(これは……聞くしかない!)
興奮冷めやらぬまま、俺はすぐにスマホを取り出し、メッセージアプリを開いた。珠里さんの名前を見つけ出し、少し緊張しながらメッセージを打ち込む。
『小林珠里さん、こんにちは、柳駿です! 留学に向けた準備、進んでますか?? 実はちょっと聞きたいことがあって……もしよかったら、時間のあるときに学校のカフェとかで少し会えませんか??』
これでいいだろうか。いや、もっと丁寧な方が……いや、珠里さんの明るい性格を考えれば、これくらいフランクな方がいいかもしれない。
送信ボタンをタップする。
すると、驚くほどすぐに既読がつき、返信がポップアップした。
『駿くん、おつかれー! 準備、ぼちぼちかなー。聞きたいこと? 全然オッケー! 明日の午後なら授業ないけど、どう? カフェで話そー!』
絵文字付きの、予想通りの快活な返信だった。
あまりのスムーズさに拍子抜けするほどだ。俺はすぐに『ありがとうございます! 明日午後、カフェでお願いします!』と返し、あっさりと翌日の約束が決まった。
◇◇◇
翌日の午後。
俺は少し早めに大学のカフェテリアに向かった。
窓際の席が空いていたので、そこに座って珠里さんを待つ。隼田先輩の彼女……という事実を知ってから、昨日とはまた違う種類の緊張感が湧いてきていた。
「お待たせー! 駿くん!」
約束の時間ちょうどに、明るい声と共に珠里さんが現れた。ふわりとしたスカートにカーディガンという出で立ちで、その場がぱっと華やぐようなオーラがある。俺を見つけると、人懐っこい笑顔で手を振ってきた。
「こんにちは、珠里さん。いえ、俺も今来たとこです」
「そっか! じゃ、なんか頼もっか」
二人でカウンターに向かい、コーヒーを注文する。席に戻ると、まずは自然とお互いの留学準備の進捗状況についての話になった。
「ロンドンのどこに住むか迷うよね! 大学の寮もいいけど、シェアハウスとかも面白そうだし」
「ああ、それ俺も考えてました。物価高いって聞くし、少しでも抑えたいですよね」
「ねー! あと、授業! どんなの取る予定?」
珠里さんは既にシラバスをかなり読み込んでいるようで、興味のある授業について熱心に話してくれた。
同じロンドン大学へ行く仲間として、情報交換できるのは非常に心強い。話しているうちに、俺の緊張も自然と解けていった。
一通り留学に関する話が落ち着いたタイミングで、珠里さんが思い出したように尋ねてきた。
「あ、そうだ。それで、駿くんが聞きたいことって何だったの?」
きたか。俺はゴクリと唾を飲み込み、少しだけ姿勢を正した。
「あ、はい。えっと……交換留学のことも、もちろんすごく楽しみなんですけど……実は俺、その先のことというか……イギリスの大学院への進学にも、ちょっと興味があって……」
思い切って切り出すと、珠里さんは意外そうな顔をするでもなく、「へえー! すごいじゃん!」と目をキラキラさせた。
「大学院! めっちゃ良いと思う! 駿くんなら絶対行けるよ! 挑戦してみる価値、絶対あるって!」
予想以上にポジティブで、力強い反応。その真っ直ぐな応援に、なんだか照れくさくなる。
「そういえばね」と珠里さんは続けた。「私の彼氏も今、イギリスの大学院に行ってるんだよね」
来た。江川さんの言っていた通りだ。俺は息をのみ、次の言葉を待った。
「結構大変みたいだけど、すごく充実してるって言ってたよ」
俺が、「あ、あの、もしかして、その彼氏さんって、隼田先輩……じゃ……」と言いかけるよりも早く、珠里さんの方から畳みかけるように言葉が続いた。
「あ、なんなら連絡先教えようか?」
「えっ!? いや、そんな、いいんですか……?」
あまりにスムーズな展開に、俺は恐縮してしまった。いくら同じ大学の後輩とはいえ、いきなり彼女に紹介されて連絡するなんて、迷惑じゃないだろうか。
俺が戸惑っていると、珠里さんは「全然いいよー!」とあっけらかんと言い放ち、スマホを取り出した。
「彼、もうすぐ一時帰国するって言ってたし、タイミング合えば直接会って話してみたら? その方がいろいろ聞けるだろうし!」
「え、けど、お忙しいんじゃないですか……? わざわざ俺なんかのために時間を取ってもらうなんて……」
俺がさらに躊躇していると、珠里さんは悪戯っぽく片目をつぶって見せた。
「だーいじょうぶだって! 私から『めっちゃ英語頑張ってて、将来有望な後輩がいるんだけど、大学院の話聞きたいんだって! ね、ちょっと会ってあげてよ!』って、ちゃーんと頼んでおくからさ!」
そのあまりの快活さと、有無を言わせぬ行動力。俺はもう、ただただ圧倒され、感謝の言葉しか出てこなかった。
「あ……ありがとうございます! 本当に……めちゃくちゃ助かります!」
「どういたしまして! じゃ、決まりね! 彼に連絡取ってみて、また駿くんに連絡するよ!」
珠里さんは、にっこりと笑ってそう言った。
まさか、江川さんに話を聞いてから一日で、こんなに話が進むなんて。
隼田先輩に、直接会って話を聞けるかもしれない。その事実に、俺の心臓は期待で大きく、そして強く脈打ち始めていた。
イギリス大学院への道が、まるで霧が晴れるように、目の前にくっきりと見えてきた気がした。




