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第四十四話 繋がる点と線

 三浦先輩の話が始まった。


 ニューヨークでの刺激的な大学生活、カルチャーショック、現地でできた友人たちとのエピソード。ユーモアを交えた軽快な語り口に、会場はすぐに引き込まれ、時折笑い声や感嘆の声が漏れる。和やかな雰囲気だ。


 しかし、俺の心臓は依然として激しく鼓動を続けていた。自分の番が刻一刻と近づいてくる。隣で淀みなく話す三浦先輩の声は、まるで遠いBGMのようにしか聞こえず、内容なんてほとんど頭に入ってこなかった。


 ただただ、自分の話す内容を頭の中で反芻しようとするが、緊張で思考がまとまらない。


「……というわけで、留学は本当に最高の経験でした。皆さんもぜひ挑戦してください」


 三浦先輩が話を締めくくり、大きな拍手が起こる。そして、司会が俺の方を見た。


「続きまして、1年生ながら見事、来年のロンドン大学への交換留学を掴み取りました、柳駿さんです。柳さんからは、留学を決意してから合格に至るまでの、準備期間のお話を中心に伺いたいと思います。柳さん、よろしくお願いします」


 再び拍手。


 俺は震える足で立ち上がりかけたが、座ったままで話す形式だったことを思い出し、慌てて座り直す。


「え、えーっと……こ、こんにちは。ご紹介にあずかりました、柳駿です」


 第一声から声が上ずっているのが自分でも分かった。深呼吸を一つ。


「えっと、俺が留学を考え始めたのは……高校の終わり頃で……その、最初は特に英語が得意だったわけじゃなくて……」


 事前に考えていた構成なんて、もう頭から吹き飛んでいた。留学を決意したきっかけ、バスケの挫折、目標を見つけた喜び、そしてがむしゃらに取り組んだ英語学習。


 TOEIC、TOEFL、IELTSと、試験対策で苦労した点や、自分なりに工夫した勉強法を、思いつくままに、しかし明らかに辿々しく話していく。


 会場の学生たちは静かに、真剣に聞いてくれているようだったが、手応えなんてものは全く感じられない。


「……えっと、なので、その……特別な才能とかなくても、ちゃんと目標を持って努力すれば、道は開けるんじゃないかな、と……思います。……以上です」


 尻すぼみになりながら、なんとか話を終えると、自分でも驚くほど短時間で終わってしまっていた。シーンとした空気が一瞬流れ、気まずさが募る。


「はい、ありがとうございました!」


 司会がすかさずフォローするように声を張り、拍手を促してくれた。パラパラと、しかし温かい拍手が起こる。


「それでは、少し時間がありますので、三浦さん、柳さんへの質問を受け付けたいと思います。何か聞きたいことがある方は、挙手をお願いします」


 すぐに数人の手が挙がった。主に、具体的な勉強法や試験対策に関する質問だ。


「柳さんにお聞きしたいのですが、IELTSのスピーキング対策は具体的にどのようにされましたか?」


「えっと、俺は……まず、独り言を英語で言う練習を毎日して……それから、大学のランゲージ・エクスチェンジ・プログラムで、イギリス人の留学生と週に一回話すようにしています」


 具体的な質問には、自分の経験に基づいて答えることができた。それに答えているうちに、少しずつ冷静さを取り戻していく。


 三浦先輩も、時折「俺の場合はね……」と自身の経験を交えながら、補足説明を入れてくれた。そのサポートが、本当にありがたかった。


 質疑応答も終わり、座談会は無事に終了した。学生たちが三々五々、教室を出ていく。俺は、隣に座っていた三浦先輩に向き直り、深々と頭を下げた。


「三浦先輩、すみませんでした! 全然うまく話せなくて……完全に足を引っ張ってしまいました……」


 自己嫌悪でいっぱいだった。せっかくの機会だったのに、情けない。


 すると、三浦先輩は「え、そう? 全然そんなことなかったけどな」とキョトンとした顔をして、すぐにニカッと笑った。


「柳くんの話、すごくリアルで具体的だったから、皆すごく参考になったと思うよ。それにさ、正直言うと、俺、こういう人前で話すの、大好きなんだよね! だから、全然気にしないで!」


 あっけらかんとした、裏表のない言葉。その言葉に、俺は心の底から救われた気がした。


「……ありがとうございます」


 二人で国際部へ戻り、依頼主である男性職員に終了報告をする。彼は満面の笑みで迎えてくれた。


「三浦くん、柳くん、今日は本当にありがとう! すごく良い座談会になったよ。参加した学生たちのアンケートも上々だ。特に柳くんの話は、1年生やこれから本格的に準備を始める子たちにとって、本当に勇気づけられたし、具体的な目標になったと思う」


 労いの言葉に、少しだけ自分の話も役に立ったのかもしれない、と思えた。


「あ、そういえば、ちゃんと名乗ってなかったね。僕は江川。国際部にはもう10年ぐらいいるから、何か困ったことがあったらいつでも声かけてくれていいからね」


 江川さんはそう言って、人懐っこい笑顔を見せた。


 「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」俺は改めて礼を言った。


 雑談の流れで、江川さんがふと尋ねてきた。


「ところで柳さん、卒業後の進路とかはもう考えてるの?」


「進路、ですか……いえ、まだ全然……具体的には考えてないですね」


「そうか。まあ、まだ1年生だもんな。でも、柳さんみたいに早くからしっかり目標持って動いてるなら、それこそ隼田くんみたいに、イギリスの大学院を目指すっていうのも面白いと思うけどね」


 やはり、隼田先輩の名前が出た。


「隼田さん……そうですね。すごく優秀な方だって聞いてますし、確かに、興味はあるんですけど……」


 本音を隠し、曖昧に言葉を濁す。すると、江川さんは意外なことを口にした。


「だったら、一度、隼田くんに直接話を聞いてみたらどうかな?」


「え? でも、面識もないですし、そもそも連絡先とか知らないですし、いきなりは……」


 どうやってコンタクトを取ればいいのか見当もつかない。キャリアセンターに頼むしかないか、と考えていると、江川さんは少し悪戯っぽく目を細めて言った。


「ああ、それなら心配ないよ」


「え?」


「小林さんに頼んでみたら、紹介してくれるんじゃないかな?」


「小林さん……って、あの?」


「そう、柳さんと一緒にロンドン大学に交換留学する、小林珠里さん」


 江川さんは、あっさりと続けた。


「……知らなかったかもしれないけど、隼田くんの彼女さんだから」


「ええええーーーーっ!?」


 思わず、国際部のオフィス中に響き渡るような大きな声を出してしまった。近くにいた他の職員や学生が一斉にこちらを見る。慌てて口を押さえる。


「ま、まじですか!? 小林先輩が、隼田さんの!?」


「たぶん、まだ付き合ってると思うよ。小林さんに頼めば、隼田くんが一時帰国してる時とか、タイミングが合えば会わせてもらえるかもしれないね」


 江川さんは、俺の驚きぶりを楽しんでいるかのように続けた。


 まさかの情報だった。隼田さんへの道が、こんなに身近なところにあったなんて。


「そ、それは……すごい情報をありがとうございます! 珠里さんに、ちょっと、聞いてみます!」


 興奮で声がまだ少し上ずっている。


「うん、頑張ってね」


 江川さんは笑顔で頷いた。思いがけない形で、目標への道筋がまた一つ、はっきりと見えた気がした。俺の心臓は、緊張とは違う種類の高鳴りを刻み始めていた。

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