第四話 繰り返し
「駿くんのこと……ずっと好きでした」
放課後の屋上。クラスメイトの飯田美穂に呼び出された。
美穂とは、中学から同じで、高校では三年間ずっと同じクラス。
でも、特別仲が良かったわけではない。
だからこそ、驚いた。
「……マジで?」
思わず聞き返してしまう。
「うん。ずっと言えなくて……でも、卒業前だし、後悔したくなくて」
美穂は緊張しながらも、真剣な目で俺を見ていた。
正直、めちゃくちゃ嬉しい。
でも、俺は——。
「ごめん。すごく嬉しいけど、今は集中してやりたいことがあるから」
「……そっか」
「うん。でも、言ってくれてありがとう」
「ううん。こちらこそ、聞いてくれてありがとう」
美穂は笑っていた。でも、その笑顔が少し寂しそうに見えた。
俺は振り返らずに、屋上を後にした。
これでよかったのか……?
そんなことを思いながらも、今は前に進むしかない。
今日もTOEICの勉強をしないと。
学校の廊下を歩いていると、高校二年の時の英語の先生がいた。
俺は思わず声をかけた。
「高橋せんせー!」
「あら、柳さん。こんにちは」
「こんにちはー」
「久しぶりね」
「うん、あのさ、俺、国際学部に進学することにしたんだ」
「まあ、理系だったのに?」
「うん。留学してみたくなって」
「いいわね! 絶対楽しいし、いい経験になるわよ」
「うん。でも……昨日、海外ドラマ観たら、全然聞き取れなかったんですよね」
「海外ドラマ?」
「なんか、英語初心者向けって言われてる『FRIENDS』観たんですけど、ネイティブのスピードが速すぎて……」
「そうね、海外ドラマはリアルな英語だから、最初は難しく感じるかもね」
「どうすれば聞き取れるようになれるかな?」
「シャドーイング、やってる?」
「もちろん」
シャドーイングは、英語の音声を聞きながら真似して発音する英語学習法のことだ。
TOEICのリスニングの問題を解いた後は、必ずシャドーイングして英語の音に耳を慣らしている。
「じゃあ、海外ドラマは、同じエピソードを繰り返し観るといいわ」
「繰り返し?」
「ええ。例えば、最初は日本語音声で観て、ストーリーを理解する。次に英語音声を英語字幕で観る。最後に英語音声だけで観る」
「へぇ、それなら段階的に慣れていけそう」
「最初は難しくても、何度も聞いていれば必ず耳が慣れてくるから」
「なるほど……先生、ありがと!」
「はいはい、頑張ってね」
「はーい!」
俺は足早に教室に戻る。
帰宅後――。
「よしっ! 今日もやるぞ!」
机に向かい、ペンを手に取る。
Test of English for International Communication――通称、TOEIC。
リスニングとリーディング、それぞれ495点満点で、合計990点満点の試験だ。
英検のように級ごとにレベルが分かれているわけではなく、受験者全員が同じ問題に挑む。
色々と調べた結果、TOEICの対策は「公式問題集のやり込み」が最も効果的だと知った。
「やるなら、とことんやるしかない」
そう決めた俺は、最新の公式問題集だけでなく、過去の問題集もすべて中古で揃えた。
TOEICのリスニング問題を解いた後は、必ずシャドーイングを10回行う。
英語の音を聞きながら、すぐに真似して発音する。リズムやイントネーションをそのままコピーするのがポイントらしい。
最初は全然ついていけなかった。
けれど、繰り返すうちにフレーズの意味が頭に浮かぶようになり、単語の発音もスムーズになってきた。
10回もやらなくていいのかもしれない。
そう思うこともある。
でも、俺は英語初心者だ。この努力は決して無駄にならない。
それに、10回も繰り返せば、新しい単語や熟語も自然と覚えられる。
TOEICのリーディングは、大学受験で文法をしっかり勉強したおかげで、そこそこ解ける。
でも、スコアを伸ばすには、ビジネス英単語の強化が必須だ。
TOEICの問題は、ビジネスのシチュエーションを想定した内容が多い。
だから、ビジネス英単語を押さえれば、それだけで正答率が上がるはず。
毎日集中力が続く限り、TOEICの公式問題集を解く。疲れてきたら、海外ドラマを観てリスニングに慣れる。寝る前には英単語や熟語を暗記。
毎日、必ず英語に触れる。
そのために、学習内容をルーズリーフに記録して、進捗を確認するようにしている。
まだ道のりは長い。
でも、確実に前進している実感がある。
それだけで、今日も机に向かう理由になる。