第三十五話 先輩
新学期が始まって数日後。
交換留学の学内選考の面接も、もうすぐだ。
TOEFLやIELTSのスコア次第でほぼ合否が決まるらしいけど、希望の留学先について英語でも日本語でもリサーチし、面接に向けた準備もバッチリだ。
「ねえ、駿!」
必修科目の授業が終わった直後、クラスメイトの花蓮が話しかけてきた。
「どうした?」
「今日の夕方、アメリカに交換留学に行っていた先輩の座談会があるらしいんだけど、一緒に行かない?」
「え、そんなのあるの?」
「何それ、俺も行きたい!」
隣で聞いていた颯太も興味津々で話に入ってきた。
「私もそれ行く予定だよ!」
優奈も話に入ってきた。
「じゃあみんなで行こうよ!」
花蓮が嬉しそうに言う。
「俺はイギリスに行くつもりだけど……まあ確かに先輩の話、聞いてみたいな」
「よし、じゃあ夕方に皆で集合ね!」
こうして、花蓮、颯太、優奈と一緒に留学経験者の話を聞きに行くことになった。
◇◇◇
夕方。
皆で座談会が開かれる教室へと向かった。
中に入ると、すでに多くの学生が集まっており、熱気のようなものが感じられる。
奥の方には、先日授業で一緒になった滝沢さんの姿もあった。
ほどなくして、教室の前に一人の男性が立つ。
「みなさん、こんにちは! 今日は来てくれて、ありがとうございます」
壇上に立ったのは、落ち着いた雰囲気のある男性だった。
短めの黒髪に、少し日焼けした肌。
自信に満ちた笑顔が印象的だ。
「初めまして。国際学部4年の三浦です。去年の秋からニューヨークの大学に交換留学に行っていました。今年の夏に帰国して、無事に就活も終えたところです」
教室内がざわめく。
――今年の夏に帰国したということは、留学と就活の時期が被っていたはずだ。
周囲の学生たちも同じことを考えているのか、ざわめきの中には驚きや関心の色が混じっている。
「今日は、僕が留学中に経験したことや学んだことをお話しします。交換留学を目指している皆さんにとって、少しでも役立てば嬉しいです」
そう前置きして、三浦先輩は一度、教室を見渡した。
そして、ゆっくりと口を開く。
「ですが……その話の前に、皆さんに一番伝えたいことがあります」
一拍置いて、先輩ははっきりと言った。
「交換留学に行きたいのであれば、今日からTOEFLかIELTSの対策を始めてください」
教室内がざわつく。
「僕もそうでしたが、意外と知らない人が多いんです。交換留学に行くためには、留学開始の約1年前に行われる学内選考を通過しなければなりません。つまり――」
少し言葉を区切る。
「今からTOEFLやIELTSの対策を始めたとして、交換留学に行けるのは最短で再来年の春です」
その言葉に、参加者たちの間で動揺が広がる。
表情を引き締める者、慌ててスマホで何かを調べる者、友人と顔を見合わせる者――。
「本気で交換留学を目指すなら、できるだけ早く、今日からでも準備を始めてください」
三浦先輩は力強くそう言い切ると、ようやく留学先での経験を語り始めたのだった――。




