第一話 偏差値45
「将来の夢はバスケットボール選手です!」
小学校六年生の俺は、迷いなくそう書いた。
あの頃、バスケが俺の全てだった。
でも、その夢はあっけなく砕けた。
俺の名前は、柳駿。高校二年生。
中三のある日、事故で右足を折った。
治るまでの間、仲間はコートを駆け、試合に勝ち、成長していった。
俺だけが、置いていかれた。
気づけば、俺の居場所はなくなっていた。
——そして、バスケを辞めた。
今では、部活もなく、目標もなく、ただの日常を過ごすだけの帰宅部だ。
「駿、進路希望のプリント、もう書いたか?」
昼休み、クラスメイトの浅田雅人が俺の目の前の席から声をかけてきた。
「まだだねえ」
「どこの大学受けんの? 何学部?」
「さあね、まあ、どっかの大学のどっかの学部だろ」
「駿、お前、てきとーすぎんだろ。もう高校二年の春だぞ?」
「んなこと言われても、将来やりたいこともないのに、どこの大学だとか、どこの学部だとか、言われてもまじで全然ピンとこねえし」
「オープンキャンパスとか行ったほうがいいぜ」
「お前は俺の母ちゃんかよ」
「駿くん、がんばりなさい!」
「だまれ」
雅人の言ってることは正しい。だけど、やる気が起きない。
オープンキャンパスに行けば、何か変わるんだろうか?
そんなことを考えながら帰宅すると、母は既に家にいた。
「ただいま」
「おかえり」
「母さん、今日は早いね」
「たまたま仕事が早く終わったのよ」
「ふーん」
俺は話を切り出した。
「学校で、そろそろ進路希望を書けだってさ」
「あらそう。駿の好きにしていいからね」
「好きにって?」
「好きには好きによ」
「……」
うちは母子家庭。母さんはフルタイムで働いていて、貧乏ってわけではない。
「とりあえず、オープンキャンパス行ってみるわ」
「いいわね、きっとワクワクするんじゃない?」
「だといいけど」
「そういえば、駿の小学校の友達の怜君、イギリスの高校に通ってるらしいわよ」
「え!? まじ!?」
「ほら、怜くんのお父さんがイギリス生まれだから」
「あー、なるほどね。あっちに家もあるのか」
「家というか、親戚がいるらしいわ」
「イギリスかあ……どんなところ?」
「怜くんが帰ってきたら、教えてもらったら?」
「そうだな」
怜はイギリスの大学に進学するんだろうな。
そんなことを考えながら、自分の部屋に入り、何気なくパソコンを開いた。
ふと、「イギリス 大学 進学」と検索してみる。
「イギリスの大学への進学は……直接入学するのが難しい?」
検索結果を読み漁る。
「基本的に大学進学準備コースを受けてから進学することになります……日本の高校卒業後、すぐにイギリスの大学に進学するのは難しいのか……」
しかし、ふと我に返る。
「って、俺何やってんだ?」
パソコンを閉じ、そのままベッドに倒れ込んだ。
その後、雅人と一緒に色んな大学のオープンキャンパスに参加した。
国語が嫌いすぎて理系に所属しているから、理系の学部を中心に回った。
——でも、どれもピンとこなかった。
気づけば、高校三年の春。
「俺、何がやりたいんだろう」
周りはみんな志望校を決め、塾に通い、受験勉強を始めている。
俺もそろそろ決めなければならない。
とりあえず、色んな大学のパンフレットを一括請求し、一つ一つ読み漁った。
「やりたいことがない、行きたい大学もない、つまり、勉強する気も起きない」
そんな中、ふと目に止まった一冊があった。
国際学部。
「語学を学べる……留学できる……」
なんとなく、心が動いた。
俺はずっと、何かに熱中することを求めていたんじゃないか?
なら、新しい環境に飛び込めば、何か見つかるかもしれない。
「留学すれば、新しい世界で、俺もやりたいことが見つけられるのか?」
そう考え、俺は受験勉強を始めた。
英語は得意ではなかったが、これまで真面目に勉強してこなかっただけ。
やってみると、意外と面白かった。
なにより、英語は素直だ。日本語みたいな曖昧さがない。
「なんなら、日本語より英語のほうが俺には合ってるかも……」
そんなことを思いながら、勉強を続けた。
しかし、最後まで国語は苦手だった。文系の受験では、それが最後までネックになった。
最終的に、家から通える偏差値45の私立大学の国際学部に合格した。
少し難易度の高い大学も受けたが、国語が壊滅的で落ちた。
——でも、全く問題ない。
俺は、新しい世界に飛び込む。
そして、その先に何が待っているのか、今はそれが楽しみで仕方ない。