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人生の再開4

「どうって…」


 戸惑う湊をよそに、リオは真剣な顔で湊を見た。ぎゅっと両手に力を入れたまま、ただ静かに湊の答えを待っている。


「突然言われても、すぐには答え、られない…」


 しかし湊は、逃げるみたいリオから視線を逸らした。するとリオ「はは」っと乾いた笑みをこぼして「そりゃそうだよね」と口にしてから空を見上げた。いつの間にか、握られた両手からも力がふっと抜けている。


 吹く風は春らしく心地よくて、空は青く澄んでいた。湊もつられて空を見上げれば、飛行機雲がすーっと真っ直ぐ伸びていく。もっとよく空を見ようと首を動かした湊の腹が、空腹を忘れるなよと言わんばかりにまた鳴った。


「訳わかんない状況になっちゃったし、僕も昨日死ぬ運命だったならもう死んじゃってもいいかなとか、一瞬思いもしたんだけどさ、いざ、さあ今から死にましょうって言われたら、怖いって思った」


「うん」


 答えるリオは空を見上げたままだけど、声は優しい気がしてきちんと湊の話を聞いているようだった。


「お腹はすっごい鳴ってるし、もう半分は人間じゃないくせに、僕の頭も体もまだ生きたいって思ってるみたい」


 少し客観的に話すのは、湊の頭のどこか一部が、死んでしまった方がいいと思っているからかもしれない。


「湊はまだ人間だよ、ちゃんと」


 だけどリオが湊の人間の部分を肯定する。「そうだね」と口にしすることで湊はまだ人であろうとした。 全ての不安が消えたわけじゃない。疑問が解決したわけでもない。それでも湊は人として、とりあえず腹を満たすことにする。


「あー、お腹すいた。藤さん早く来ないかな」


「ね、ほんといつまで待たせんだろ」


 藤に悪態をつくリオは舌打ちでもしそうな顔をしていて、美人で可愛いだけの表情よりもリオらしいと、会って間もないながらに湊は思う。


「あ、ちなみに一応言っとくけど、アタシを殺しても契約はなかったことになるから。ただ湊は半鬼のままだし、その辺は気をつけてね」


 藤に文句を言った表情のまま、淡々とリオはそんなことを言う。当たり前のように、誰かに殺されたり殺すことを考えたこともなかった湊は、少し困ったように笑った。

 

「それは心配しなくても大丈夫だよ」


「まあ、そもそもアタシは結構頑丈だから、湊がいくら訓練しても殺せないと思うけど」


「はは、なにそれ」


 眉間にシワを寄せて少し不機嫌そうにしながらも冗談めいた口調で話すリオに、今度は湊も声を出して笑った。


「ていうか湊、細くない? ちゃんと食べてんの?」


 笑う湊の肩に、リオがそっと触れる。ここ数年、女性に触れられる機会なんて健康診断くらいしかなかった湊は、その瞬間わずかに体に力が入った。しかしその緊張を悟られまいと、湊は努めて普通の声で「まあ、人並みには」とだけ返した。そんな湊の苦労に気がつくことないリオは、肩にポンと手を置いたまま


「ま、ここからみっちり稽古付ければ、もう少しは大きくなるでしょ」


とそんなことを口にする。


「はは、なにそれ」


 よくわからない話と緊張に、湊は数分前と同じ言葉を返しかない。


「ほんとこんなんじゃ戦えないよ。するでしょ? 稽古」


「え?」


 湊は肩に置かれた女性の手などどうでも良くなってくる。


「いや、今朝言ったじゃん。悪い妖と戦って魂を百八こ集めるって…」

 

「え、あー…たしかに、言ってた、かも…?」


「…まあ、そういうことだから」


 今度は慰めるように、リオはポンと肩を叩いた。湊はまばたきを繰り返す。その間にとっ散らかった思考を集めた。その隣で湊の肩から手を離したリオは、膝を抱えるように座り直して、膝に顔を埋めるように俯いた。


「冗談、冗談。湊は待っててよ。死ぬ気で集めて来てあげるから」


 それなら膝の間でそう言った。表情は見えないけれど、その声色から真剣なんだと湊もわかった。


「…ほんと、リオは優しいよね」


「はぁ?」


 膝から出てきた眉間はこれでもかとシワを寄せていた。


「まじで鳥肌なんだけど」


 それから冷たくそう言った。湊は笑ってリオと同じように膝を抱えて座り直した。


「僕、褒めてんだけどなぁ」


「しょうもない冗談はやめてよ」


「はいはい。あ、そういえば昨日、すごい体調悪そうだったけど大丈夫なの?」


 湊はケラケラと笑った後で、思い出したようにそう言った。


「もうその辺もご飯食べたら説明するよ…とりあえずお腹空いた。藤のやつ待たせすぎ。だいたいビビってないで、ちゃんと説明してくれればよかったのに…いつもいつもさぁ…」


 隣で疲弊した顔をしたリオは、ぶつぶつと藤に対する文句を並べ始めた。その数秒後にようやくやってきた藤は、車を停めるなり「ごめんね」と眉毛をハの字にして謝ったが、リオは「遅い」と怒った顔をした。それから色々と文句を口にするリオを、藤はなぜか少し嬉しそうな顔で見ている。


「色々と説明不足でごめんね、余計に混乱させちゃったよね。あ、そう言えば二人が昨日倒した妖の魂も、契約解除のための魂の一つにカウントできるよ。よかったね」


 リオの怒った目線を受け止めながら藤は笑って言った。リオは依然としてぶすっとした顔をしている。湊は「ありがとうございます?」と少し困った顔で一言返した。


 これから、湊の日常はどうなるのだろうか。



半鬼 夏目湊 契約の満了まで残り魂一〇七個

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