人生の再開3
「…逝った?」
二人の魂を見送って、数秒続いた沈黙の先に湊が言った。
「たぶん」
「あの魂が見えたのも、僕が鬼になったから?」
「そういうこと。だけど全てが見えるわけじゃない。アタシたちに見えるのは、ああやって漂ってる善良な霊だけ」
リオはそれだけ言うと、くるり振り向き来た道を戻り始めた。それに湊も続く。
「リオって、あれだね」
「ん?」
「優しいよね」
「っは?」
リオの歩調に合わせて歩きながら、湊がポツリと呟いた言葉にリオは絵に描いたような驚きの表情を見せた。
「いや、まじで鳥肌立ちそうなんですけど」
それから大袈裟にリオは自分の肩を抱く。萎れた様子は一旦どこから行ってしまったらしい。これが本来のリオに近い姿なのかもしれないと、湊は思った。そして同時に、この優しさもリオの本質なのだろうと思った。
「まあ確かに、僕を車と壁の間から無理やり引っこ抜いた時は優しくないと思ったけど」
「あれはアタシも焦ってたんだから、文句言うな」
ここでまた、湊の腹が鳴る。湊は咄嗟に腹を撫でて宥めた。
「あぁー、アタシもお腹すいた。ちなみに鬼も半鬼も人間と一緒でお腹空くからね。ついでに妖も。で、湊は昼どうすんの?」
咄嗟に宥めはしたものの、その音はリオの耳にまでしっかりと届いていたらしい。
「コンビニで済まそうと思ってたんだけど…」
当のコンビニはひしゃげている。
「ねえ、この後の予定は?」
「特にないかな」
「じゃあ湊も一緒に事務所戻ろ。昼は藤がなんとかしてくれるから」
「いいよ。昼くらい自分で…」
突然の誘いに驚いて、湊は手を振ってリオの誘いを断った。
「藤はアタシたちにご飯食べさせるのが仕事みたいなもんだから、遠慮はいらないよ。それにまだ聞きたいことも色々あるでしょ? 湊が怒って暴れる人じゃないってことはわかったし、もう今日話をしようよ」
リオはそれでも湊を誘った。確かに湊はまだまだ聞きたいことが山ほどある。
「…じゃあ、一緒に行こうかな」
「オッケー。藤に連絡するね」
湊が肯定するのをわかっていたかのように、リオは早速慣れた手つきでスマホを操作しはじめた。その姿を湊はじっと見つめる。手を合わせ、不思議な魅力を纏いながら祈る姿が湊の頭に焼きついていた。
「10分くらいで着くって」と湊の視線に気づくことなくリオは言った。「あの辺で待ってよう」と言うリオが指し示す方向、つまりはコンビニの駐車場の端に向かうことで湊は無言の同意をリオに返した。
「ねえ、鬼って死ぬの?」
足を止め、よいしょ、と車の輪止めに腰掛けるリオに問いかけた。リオは少し間を開けたあと「うん」と静かに答える。「半鬼も?」と湊が続ければ、リオも「うん」と先ほどと同じように言った。
「じゃあ…」
「死ぬよ。湊も」
リオは湊の質問を理解してか、少し言い淀む湊よりも先に答えを示した。
「でも、条件がある」
「条件?」
「うん。契約中の鬼と半鬼はタダでは死ねない。契約を反故にするのと同じだからね」
リオは真っ直ぐに湊の目を見ていた。
「そっか」
「うん…だからアタシは滅多なことがない限りは契約なんてしないって決めてたんだ」
湊を真っ直ぐに見つめていた視線を逸らして、リオは少し目を伏せた。春の陽気を含んだ風が吹く。
「その条件って…?」
「契約した片割れが死ぬ時、もう一方も同じだけの苦痛を受ける。それから契約中はお互い、自分で自分を殺せない」
「一心同体だから?」
「まあ、そんなもん」
「ちなみに、鬼はどうやったら死ぬの?」
「人と同じだよ。肉体がひどく損傷すれば死ぬ。ただ鬼って割と頑丈だから、高位の妖と戦うか鬼同士で争わない限りはそんなことにならないけど」
リオはそう言って背伸びをする。湊はまた「そっか」とだけ相槌をうった。リオの背中でパキリと骨の音がした。
「でも一つだけ、契約中の鬼や半鬼が自ら死ぬ方法もあるよ」
車が一台通り過ぎて、車が運んだ風にリオの長い髪が揺れた。
「…自ら死ぬ方法?」
「片割れがその片割れを殺せばいい、ただそれだけ。この方法なら、残された側が痛みを感じることもない」
そう話すリオの表情は先ほどまでとほとんど変わらなかったが、何かに耐えるみたいにその両手だけがぎゅっと握りしめられていた。
「百八の魂を得る意外この契約を解除する術はないって言ったけど、正確にはあれは嘘。アタシが湊を殺せば、この契約は終わる」
努めて冷静な口調で話しているようだったが、夜色の瞳の奥が揺れているのは湊にもわかった。
「湊は、どうしたい?」
そう問いかけて、また一層リオの瞳の夜が揺れた。




