仕事やめます4
リオが出て行った部屋の中、湊と藤の二人だけが残る。二人だけの部屋には、藤のふうとついた溜め息の音が色濃く響いた。
「すまない」
机の上に手を組んで俯いた藤の表情は湊にはわからない。
「僕は戦わない方がよかったんですかね」
思わず湊はつぶやいた。
「いや。むしろ僕は、君も戦うべきだと思う。さっきも言ったけど、リオ一人で戦うのは現実的ではないからね。待っていたら、確実に君は今のままでは生きられないよ。よほど強い鬼でない限り、鬼が一人で戦えるのは中位の妖が限界だ。そしてそんなに強い妖が都合よく出てくるとは限らない。それに強い妖からは一体で数個分の魂が手に入るんだ。だから二人の方が圧倒的に効率がいい」
顔を上げた藤は真剣な顔で湊を見つめた。それ視線に嘘はない。そして「なるほど」と返した湊が、じゃあなんで、と疑問の言葉を続けるより早く、藤はその答えを教えてくれる。
「リオは過去に囚われ続けている。過去の、契約者のことに」
「過去の契約者?」
「そう。もう何十年も前のことだけどね……二人とも仲が良くて、当時はいい関係だなぁなんて俺も呑気に思ってたよ。だけど綻びっていうのは気づかないうちに生まれてくるものだね」
悲しげな笑みを浮かべ、記憶を辿るように斜め上を見つめた藤はそう言った。そして一度言葉を切り、そこからは次の言葉を探すようにゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。
「リオの鬼力を失うほどの傷は、その契約者がつけたものなんだ。あれから時が経って肉体の傷が癒ようとも、見えない部分はリオの体に残り続けてる」
「どうして、そんなことが…?」
「本当のところは、本人たちにしかわからない。リオもあんまり話したがらないしね…だけど側から見れば二人は、本当に仲がよかったよ。ただその中でも少しずつ、知らぬ間に、心が壊れていったのかもしれない」
「それは、百八の魂を集めることができなかったかですか?」
心が壊れた原因が、もし魂を集めることに由来していたのなら、自分にとっても他人事ではないと湊は思った。
「いや、二人は集めたよ。集めてきちんと、その契約を終えた。そういえば、まだ君にはこの話をしていなかったね。鬼と契約した半鬼は百八の魂を集めた時、二つの未来から選択をすることになるんだ。半鬼からただの人に戻るか、完全なる鬼になるか。いつか湊くんにもその日が来る」
「それで、リオの契約者は?」
「鬼になることを選んだ。そうして暫く、リオと共に過ごしていたんだ。遊んだり、妖退治したりしながら」
藤はまだ、つらそうな笑顔を薄く浮かべていた。それでも優しく「何か飲むかい?」と湊に言う。それから遠慮の隙なんて与えずに、湊に飲み物を選ばせる。コーヒーの苦味が体に染みた。
「それで今、そのリオの前の契約者って…」
「消えた」
「…え?」
「リオを傷つけたあの日から、消えてしまった」
それから藤は買ったばかりのコーヒーに口をつけ「苦いね」と笑った。
「行方不明ってことですか?」
「まあ、そういうことだね。リオってちょっと口が悪かったりもするけど、本当は優しいし傷つきやすいやすいんだ。湊くんへの申し訳なさと、契約者と深く関わりたくないっていう気持ちから、あんなに意地になってるんだと思う」
口が悪いけど優しいというところは、湊も納得だ。
「たしかにリオは優しいですね。その優しさは少しわかりづらいですけど」
湊がそう答えると、藤は「ねえ」と笑って同意した。
「今回のことは僕にも原因の一端がある。湊くんのことは全力でサポートする。リオのことももちろん支える。だから二人でいや、俺も一緒に、頑張ろう」
藤のまっすぐな瞳に、湊は「はい」とはっきり答えた。




