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仕事やめます3

「ああ、だから昨日僕に、火は似合わないって言ったの?」


 ふと思い出したことを湊は聞いた。


「うん。だって、ちょっと喋っただけだけど火ではなさそうじゃん」


 たしかに火ではないと感じつつも、どこかで自分には火が合うような気が湊はしていた。


「こういう、一見優しそうな人ほど怒ったりすると怖かったりするしさ…」


 藤が口を挟む。言い合う二人はやっぱり家族みたいだった。


「そういえばさ、リオはなんで体調悪いのに戦ってたの?」


 藤が心配する程なのにも関わらずなぜ戦い続けたのか、湊の頭に疑問が浮かんだ。


「ん? まあ…なんもしてないと鈍るからね。下級の妖退治をちょこちょこ請け負ってたんだ。下級なら鬼力無しでも戦えるし」


 しかしリオの返事はどこか煮え切らないものだった。藤も「ずっと止めてたんだけどね」と答えるだけで、あまり多くは語らない。それどころかすぐに話題を変えてしまった。


「それで話は戻るけど、ここからは湊くんのこれからの話をしようか」


 さらに湊にとってはこちらの方が重要な話ではあるため、これ以上は詮索しないことにする。


「その前に、二人ともいつまで食べてんの? 喋ってばっかいないで早く食べなよ」


 空の弁当の横に半分を飲み干した苺オレのボトルを並べながらそう話すリオは、聞いても答えてくれなさそうだった。

 藤は「それもそうだね」とリオに同意を返して、湊も箸を進めることで従った。


「まず、湊くんに決めて欲しいことが一つ。うちの組織との関わりをどうするか、だ。妖退治ではどこかに出向くこともあるんだけど、その時にうちの社員であることは色々なことに活かせるんだ。一応うちって、政府との関わりもある機関だからね。雇用形態はアルバイトって形でも社員でと、どちらでも構わないよ」


 全てを食べ終え、空になった弁当を集めた藤がそう切り出した。


「実は僕もう会社に勤めてて、副業禁止なんですよね…」


 藤は一瞬驚いた顔をして「大学生かと思ってたよ」と藤は言う。湊が「まあ二十歳なんで、大学生にも見えますねよね」と返すと「若いねぇ」と藤は笑った。見た目の年齢はそう変わらないように見えるが、鬼である藤にその価値観が通用しないことは湊もわかっている。


「うち、さっきも言ったけど政府が関わってるし、半ば無理やり独立した機関だから、変な騒ぎにはしたくなくてさ。もし可能なら…」


「その辺は問題ないよ」


 藤が申し訳なさそうな顔で話すのを、リオが制した。


「湊はただアタシのミスで巻き込んじゃっただけだし、妖退治はアタシ一人でやる。回復とかの手伝いだけはお願いするけど、それ以外はこれまで通り生活しててくれればいい。半鬼ってバレないようには気をつけてい欲しいけど」


「俺は構わないけど、できるのかい? 申し訳なさだけで、成功の見込みがない希望的な話をしているのなら、俺は認めない」


 静かに話す藤の空気は重い。


「できる。やって見せる」


「リオなら確かに一人で百八の魂を集められると俺も思う。だけど期間は? これまで通り生活してたって、湊くんの時間が人より遅くなってるんだ。悠長なことは言ってられない」


 リオは俯き唇を噛んだ。しかしすぐに顔を上がると藤に言う。


「五年でなんとかする。聖華さんたちも五年かからずに魂を集めた。だったらアタシにもできる」


「うん。だけどあれは二人で集めた魂だ。リオはそれを一人でやろうとしてるんだろう?」


「だけど…!」


 リオは次の言葉を探している。自分のことなのに、湊は何も言えないでいた。わかったようでわからない現実が、湊の前には広がっているからだ。


「湊くん、組織との関わりをどうするかの前に、これだけ確認させて欲しい。君はどうしたい? 人に戻りたいかい?」


 だけど湊にもこれだけは言えた。


「はい」


 死に際に感じた後悔を思い出した。ただあのとき死ぬ運命から、偶然にもこうして生き延びたのだ。まだ生きられるなら生きていたい。湊の人間の部分がそう叫んでいる。


「じゃあ、選択肢は二つ。一、リオが言うように、リオが百八の魂を集めるのを待つ。リオはこう言ってるけど、俺はあんまり現実的じゃないと思ってる。あまりに時間がかかりすぎて、人に戻れたとしても今の時代でそのまま生きるのは難しいからだ」


 藤の一つ目の選択肢にリオは口を挟もうとしたが、藤の視線がそれをさせなかった。


「ニ、君も戦えるようになって、二人で魂をあつめる。この場合、申し訳ないけど湊くんにはうちに転職という形で来てもらうことになる。この方が何かと都合がいいからね。ただ魂の回収速度は格段に上がるよ。現にさっき名前が出てきた聖華といううちのメンバーは契約者とともに五年で集めきったんだから」


 これまでと同じよう人として生きたいなら、どちらにせよこれまでの人生の何かを捨てなくてはならないらしい。時間を捨ててただ待つのか、慣れた生活を捨てて戦うのか、二つに一つだ。


「これはアタシのせいなんだよ! アタシはやれる!」


 しかしリオだけは何故か、湊を戦いに巻き込むことを避けたがっているようだった。だが湊の心は既に決まっていた。


「僕、戦います」


「はぁ?! なんでよ! 戦うってことはつらい思いもするんだよ!」


「それでも、時間がかかればその時につらい思いをすることになるんでしょ?」


「それはアタシが頑張れば…」


「この命は、間違いだったとしてもリオに貰ったものなんだ。本当ならこのステーキだって食べられなかった。戸惑いもしたけど、美味しいもの食べて確信したよ。死ななくてよかったって。それに死にかけた時に後悔した。もっと色々必死になって生きるべきだったなって」


 命はただじゃない。だから精一杯生きるべきだったと、死ぬ時になって気がついたのだ。


「だから人として生きるために、まずは半分鬼として必死に生きるのも悪くないかなって思ったんだ」


 これは湊の本心だった。リオは湊をじっと見つめて唇を噛んだ。それから「少し考えさせて」と小さく呟いて部屋を後にした。


「ごめんね」


 それを見ていた藤は申し訳なさそうにそう言った。

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