仕事やめます2
湊は自らがアニメや漫画の魔法使いのように火を扱う姿を想像してみた。しかしあまりにも突拍子がなくてうまくいかなかった。代わりに昨夜、リオが明々と燃える炎を操る姿を思い出してみる。あんなことが自分にもできるのかと考えたら、湊の心は少しだけ踊った。
「ただもちろん、属性を得たからって簡単に力を使えるわけじゃない。訓練をしないとうまくいかないし、最悪の場合暴走して怪我をする」
しかしそう簡単なことではないらしい。
「そして基本的に鬼や半鬼は自分の属性の力しか操ることができない。たけど半鬼と契約した鬼はその契約の間だけ、半鬼の属性の力も操ることができるようになるんだ。だから昨日、リオは火を操ることができた」
「じゃあ僕も、火と土を操れるってことですか?!」
湊は自分が知っている世界の理から、この現実が離れていくのを感じていた。
「それが残念ながら逆はできない。リオは湊くんの力を操ることができるけど、髪がリオの力操ることはできないんだよ」
藤はそこで一呼吸をおくようにパックのお茶を口にした。その間に湊も残った弁当を口にする。話の衝撃が大きすぎて、残念なことにうまみが少し下がった気がする。そして気づけばもうすべての弁当を食べ終えていたリオが「残念だけどね」と本当にそう思っているのかわからない口調でつぶやいた。
「で、この属性の話ってのが、リオの体調不良と君の気絶、それから今後の話に大きく関わってくる」
そう言って、もったいぶるみたいに肉を食べる藤。湊は口の中のものをゴクリと嚥下した。
「この属性の力っていうのは、ただ無限に、自由に使えるわけじゃない。なんて言ったらいいかな? ゲームで言うMPみたいな、自分の持つエネルギーを変換して使うんだ。一応、俺たち鬼はこれを鬼力って呼んでる」
「なるほど」
「ここ最近リオの調子が悪かったのは、この鬼力が極端に減っていたからなんだ。マックスが100だとしたら、最近はずっと50くらいってとこかな」
「まあ、そんな感じ。それに契約するのにも鬼力を使うから、昨日は契約と戦闘でほぼ0まで力を使ったんだよね」
そう言ってその不調状態を思い出したのか、リオは少し気だるげな表情を見せた。
「ちなみに湊くん、昨日リオが火を使ったときに何か感じなかった?」
問われて湊は昨夜のことを思い返す。それから「そういえば…」と一つ思いだしたことを口にする。
「なんか、首からすっと力が抜けたような…」
「そう、それ! リオは湊くんの火の力を使えるって言ったけど、それはリオがリオ自身の鬼力を使って操ったわけじゃないんだ。鬼は契約した半鬼の力を使って代理で扱う、そんなイメージ。だから力を吸い取られて、湊くんは昨日倒れてしまったってわけ」
「…なるほど。ちなみに失った鬼力はどうやって回復するんですか?」
昨日は本当に力を吸い取られた感覚があったが、今は割と元気だし、食欲もしっかりあるなあと、箸を握る手を見つめながら湊は聞いた。
「体力と同じだよ。食事や睡眠、休養であらかた回復するんだ。ただ…」
とそこまで話して、藤は一度話を止めた。その間にリオが口を挟む。
「死にかけると、鬼力は簡単に戻らなくなる」
それだけ言って立ち上がったリオは、自動販売機で苺オレを買った。その重たい雰囲気から、湊はリオが外へと立ち去ってしまうのではないかとも思ったが、まだ一緒に話をしてくれるようだった。ガコンと自動販売機から落下音がした。
「ちょっと前に、いや、人間の時間で言えば少し昔になるのかな。アタシ、死にかけちゃったんだよね。それ以来、体は元に戻っても鬼力が少ない状態が続いてた。一応少しずつは回復してたんだけど、しばらくは不自由だったよ。力は使えない上に倦怠感があって」
パキリと蓋を開け、一口苺オレを飲み込んだリオは再び椅子へと座り直す。その間にもぐもぐと咀嚼していた藤は「食欲も落ちてたしね」と付け加える。藤が妙に嬉しそうだったのはリオの食欲が戻ったからかもしれないと、湊は考えてみた。
「それで、元気になった理由なんだけど…」
と藤は話を続ける。
「あ、僕の力を吸い取ったから?」
「うーん、ちょっと惜しいな」
湊は答えを予想してみたが、残念ながら違っていた。
「鬼の力は五種類あるんだけど、この力にはそれぞれ関係があるんだ。例えば湊くんの火属性で言うと、水に強くて金に強い、とか。水をかけると火は消えるし、火にかけると金属は溶ける、そんなイメージだね。この辺はゲームでもよくあるから、わかりやすいよね?」
「はい、確かに」
「それだけじゃなくて、こんな関係性もあるんだ。例えば、木は燃えて火になる。そこから灰が生まれれば土に還る。つまり木は火を癒し、火は土を癒すってこと」
藤は、火、土、と湊やリオに視線を送りながらそう説明する。それを聞いた湊が「だから僕の火の力で、リオが回復した…」と理解したように繰り返せば「そういうこと、君の力に触れてリオは力を取り戻した」と優しく頷いた。
「だから本当はこういう組織って、五種の属性が揃ってた方が良いんだけど、うちは訳あってこれまで火が欠けてたんだ。だから、リオを回復させてあげられなかった」
「別の組織の鬼には頼まなかったんですか?」
ふと疑問に思って湊は聞いた。
「まあ、そうだね。それも一つの手だったね…」
しかし藤は少し困った顔で笑うだけだった。説明するとは言ったものの、全ての問いに答えてくれる訳ではないらしかった。湊もそれ以上は聞かない方が良いような気がした。
「ちなみに藤さんの属性は何なんですか?」
「僕は金だよ。金は土に癒され、水を癒す。それから木に強くて火に弱い」
「だからビビって、今日は不在の水属性が来る明日まで説明を渋ってたってわけ」
藤が属性を明かした途端、リオが揶揄うように笑って言った。
「いや…僕、リオにも言ったけど、怒って暴れるタイプじゃないですよ。そもそも訓練しないと力は使えないんですよね?」
湊は警戒されていたことが面白いように、クスリと笑いながら否定する。
「そうなんだけどさ、この属性って割と性格を反映することが多くて…火属性って情熱的で怒ると怖いんだもん…」
すると藤は申し訳なさそうに眉毛でハの字を作って言った。リオは「男が『だもん』とか可愛く言うな」と一蹴する。
「だって、怒って暴走したら俺もリオも相性的に不利じゃんか!」
それでもセクシーで色気に溢れた男、藤はハの字の眉毛を譲らなかった。




