貴賓室
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ありがとうございます。
「ああ、怖かった……」
あの背の高い人が二人を引きずってその場を去った後、急いで大通りへと戻って先ほどの出来事を思い出し再び恐怖する。いくら武道を嗜んでいたとはいえ、いきなり強盗に襲われたらやっぱり怖い。しかも、弓をもった大男は、自分が銃を持っていたとしても、多分、怖かったと思う。ちょっとした路地でさえも、一旦、入ってしまうと一気に危険度が増し、生死に係わる世界なのだと改めて理解した。
その後、また帽子をかぶり、その場で少し気を落ち着かせた後、喉が一気に乾いたので屋台を探す事にする。見つけた屋台のラインナップは蝙蝠の串焼き、ネズミの串焼き、鳥の串焼きで、唯一、鳥は食べれそうではあったけど、どの屋台も衛生的に無理でレストラン的な場所を今度は探してみる事にする。そして、ほどなくして、テーブルで食事をしている男女をみつけ、近くに行ってみるとそこがお目当てのレストランであることが分かった。
「やった! でも、ちょっと高そうだけど……もう、ここでいっか!」
こちらの世界に来てから、初めて見る大きなガラス張りの窓、高級そうな内装やテーブルや椅子、そして、お客の身なりのその全てが店の料金の高さを物語っている。で、でも、十万円以上は持っているし、それに明日にはまた金貨が手に入るというのが入店を決心させる。そして、重厚な扉の前に立つと、屈強の男性が笑顔でその扉を開けてくれて、中に入るとそこが元の世界でいうホテルだという事に気が付いた。
「いらっしゃいませ!」
受付のお姉さんが笑顔で迎えてくれたので、少しほっとする。
「え~と、食事がしたいんですが……」
「では、ご予約のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……えっと、してないです」
「申し訳ございません。そちらの料理店は宿泊のお客様か、ご予約のお客様しかご利用できない決まりになっていまして……」
「あっ! そうなんですか! じゃあ、丁度よかったかも……え~と、お部屋って空いてますか?」
「はい……空きがあることはあるんですが、ここ数か月はご予約でいっぱいで最上階の貴賓室しか空きがない状況でして……」
貴賓室? もしかして、スイートルームってやつ? 縁がないから知らないけど、絶対、高いやつじゃん。
「え~と、参考までに一泊、おいくらなんでしょうか?」
「一泊、金貨一枚になりますね」
一泊、十万円って事? 高っ! でも、これだけ高級なところなら、衛生面とか防犯とかはちゃんとしてそうだね。食事がついているなら、どうせ、毎日、金貨はもらえるし、変な所に泊まるよりは良いのかも……?
「どういたしましょうか……?」
明らかに払えないでしょ。早くお帰り下さいと思っているのが透けて見える。
「え~と、何度も質問してすみません! その部屋を借りるとお食事もその料金に含まれているんですか? ……あっ! あと、お風呂とかもあったりするんでしょうか?」
「えっ! は、はい、もちろん、食事は料金に含まれております。それに時間を指定していただければ、お湯を従業員がお運びして浴槽の準備をいたしますし、食事はご注文していただいたものを、いつでもお部屋にお持ち致します」
さらに話を聞くと食事に回数制限はなく、ちょっとした買い物もしてきて貰えるし、マッサージ、演奏家も部屋に呼べるらしい。そして、モーニングコールや各種サービスがてんこ盛りで、一日、一枚、金貨を払えさえすれば一生、寝て暮らせそう。でも、娯楽がないので絶対、つまらなさそうだけど……。
「あの、じゃあ、とりあえず、一泊、お願いします。それとお食事とお風呂の準備もお願いできますか?」
「えっ! はい、畏まりました! そうしましたら、料金が先払いになりますので、金貨一枚のお支払いをお願いいたします」
そう言って差し出された木の盆に金貨をのせると、一瞬、受付のお姉さんは目を見開らいたものの、すぐに笑顔で『少々お待ちください』というと、後ろの部屋に金貨の載った木の盆を持って消えていった。そして、しばらく待たされ、戻ってくると手続きが始まる。
「お客様、大変お待たせしました。それでは身分を証明できるものの提示と、こちらにお名前の記入をお願いいたします」
先程、作ったばかりの冒険者ギルドの登録プレートを渡し、宿泊者名簿に名前を記入する。
「ご記入ありがとうございます。なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「え~と、じゃあ、エレコで……」
「畏まりました。それではエレコさま、登録プレートのご確認が出来ましたので、お返しいたします。それとご利用時間なんですが、明日のこの時間までとなりますので、お間違いないようにお願いいたします。それとお部屋にご案内する前に、お食事の注文だけ先にして頂いてもよろしいでしょうか? それとも、こちらでお食事をしていきますか?」
そう言って値段の書かれていないメニューが前に置かれたので、部屋で食べる事を選択する。値段が書いてあれば一番高い料理頼んだのに……。その中から無難そうな鳥の料理と野菜のスープ、パンを選び、飲み物は紅茶をお願いした。
「お食事はできしだい、お部屋にお持ちいたしますので、少々、お待ちください。それでは、この者が部屋までご案内いたします。お部屋でごゆっくりお過ごしください」
頭を下げる受付のお姉さんにお礼を言って、案内の男性のもとへと向かう。
「お客様、お荷物をお持ち致します」
えっ! このバッグは空だし、荷物は特にないんだけど……。
「え~と、じゃあ、これをお願いします。このバッグは大丈夫です」
特に渡す物がなかったので杖と帽子を渡す。男性はそれらを受け取ると、少し戸惑った顔をして他の荷物はないのかとか、従者はいないのかと質問をしてきたが、そんなものはないし、いないと伝えると一瞬、固まったものの、すぐに切り替えたのか『こちらです』といって案内を始めてくれた。
貴賓室は四階でエレベーターもエスカレーターもなく階段のみ。大体の貴賓はお年寄りだと思うから、かなり辛そう。そういう人たちは先ほど話に出た従者が運んでくれるのだろうか? そんな事を考えながら部屋にたどり着くと、四階のすべてのフロアが貴賓室だと伝えられる。マジで……。
まず、部屋に入ると広々としたリビングルームに迎えられ、そこにはアンティーク調の家具が並ぶ。明らかにそこに並ぶソファの数から、一人用ではないことが分かる。その証拠に各部屋を説明してくれた時に、従者や召使い用の寝室が何部屋かあった。なるほど、こういう所に泊まる人は従者とかがいるのか……。でも、何人かと一緒に泊まれるならそこまで高くはないし、むしろ安いまである。という事は、このホテル? のグレードはそこまで高くはないのかもしれない。試しに案内係の人に質問してみる。
「この部屋ってどんな人が泊まったりするんですか?」
「そうですね……騎士爵や準男爵のお客様や、羽振りの良い商人や職人の方が多いですかね。あっ! たまに高ランクの冒険者のお客様や、貴族さまがいらっしゃる事もございますね」
とはいっても、貴族はお金がない男爵ぐらいしか来ないという。どうやら、貴族街があるらしく大抵の貴族は、見栄を張って無理をしてでもそちらの宿に泊まるようだ。なるほど、貴族未満のお金持ちが泊まる所なんだ。見栄を張るのも大変ね……。