8.出立
窓の外、大きな軍隊が出陣していく。
少し前先程別れたばかりのエルカイルが尋ねてきて今から出陣すると説明された。それも原因は『アメリア姫に振られた』ガセリアの王太子が腹いせに出陣してくるのでその軍隊を迎え撃つためだという。
ガセリアの王太子と言えばユリーズだ。幼い頃から何度か会ったことはある。何故か会うたびに自分に好意を寄せている『フリ』をしてきていた彼がついにアメリアに求婚したという。
そして当たり前だが断られた。
勿論、今カメリアとしてここにいる自分はそんなことは知らない。そしてアメリアと面識があるガセリアのユリーズにカメリアが身代わりで嫁ぐ訳がないのも当たり前。もともとガゼリアに良い印象がない父は悩む事無く断りの返事を入れたのだろう。
しかし、軍隊を派遣してくるまでとは。自分はそんなに彼に好かれていたのだろうか?全く覚えがない。
それよりもこの短時間で出陣するエルカイル達の事の方が彼女には気がかりだった。
「エルカイル様と国王様がお怪我などしませんように。」
アメリアは窓の外、小さくなる集団の塊に向かって手を組み祈る。
「二人のために祈ってくれているんだね、ありがとう。」
いきなり背後に声が聞こえてアメリアはピクリと反応する。振り向くとすぐ後ろにエルアトスが立っていた。
「俺はカメリア様とお留守番。城の守りを任されたよ。」
実はついでに父にもう一つ頼まれている事がある。
エルアトスは少し考えた末、直接聞いてみることにした。
「所で、君はカメリア姫?アメリア姫?それとも別の誰かなの?」
なるべく警戒されないようにやんわりと尋ねた。
……そうニッコリ笑顔で尋ねられても、自分は何も言えませんが?
アメリアはどうしてよいかわからず彼を見た。どう考えても目の前の青年に嘘が通じる気もしない。
「さっき誤解は解けたって…エルカイル様が言ってましたが?」
「今判っているのはクリークの城にアメリア姫がいて、この城にカメリア姫がいるって事だけ。」
笑っていない彼の瞳がアメリアを見つめる。
「君が、本当の『カメリア姫』なのかは別の話だよね?」
何故か兄様は確信しているみたいだけどね。エルアトスも遠征して行く彼らに祈りをささげていた彼女が悪人だとは思っていない。でも出会ってからずっと何か目の前の女性に違和感を感じていた。
彼はじっと彼女の反応を待った。
すると彼女の目から大粒の涙が一粒。そしてまた一粒。
やばい。
エルアトスがそう思ったときには手遅れだった。
「泣かないで、お願い。兄様に叱られる。」
ハラハラと泣き続ける未来の姉に向かって、エルアトスはひたすら謝り続けるしか無かった。
(父様、これが演技なら俺はもうお手上げです。)
◆◆◆
元々軍事力で大きな差がある両国の戦いは出迎えたルイタスの軍隊が一方的に蹴散らす形で終結した。
もともと求婚自体が戦を仕掛ける口実だったのだろう遠征してきたガゼリアの部隊は年若い将軍を筆頭とした軍隊だった。争いごとを好まないクリーク相手と油断していたのか平原で出迎えたルイタス軍を見ると大半が逃げ出したのだ。
「パントバリウス王、迅速な対応感謝する。」
「なに、息子の愛しい婚約者の祖国の為だ礼など無用。しかし、ラウール王はいつ見てもお若いな。私の方が年下だと思えない。」
バサミ平原にルイタス軍が陣を敷いて暫くのちに事態を察したクリークからラウール王の軍隊も到着していた。今ではあまり顔を合わせない二人だがお互い王太子時代からの知り合いだった。
「まさか君の息子の嫁に私の娘が行くことになるとは思わなかったよ。」
「ふん、どこの馬の骨ともわからない男に嫁ぐよりは良いと思わないか?自慢だがエルカイルはいい男だぞ。」
残務処理に出ているためエルカイルはこの場にいない。
「ああ、先程話をした。良い青年だな。カメリアの事を大切に思っていてくれていて頼もしい限りだ。逆にカメリアの方がまだ気持ちが追い付いていないようで申し訳ないな。」
ラウールがエルカイルと話をした時に感じたのは、カメリアを大切に思う彼の気持ちと出会って間もないので彼女が自分に心を開いて貰えない事への不安だった。事情があるとはいえ本当にそれは申し訳ないと思う。
「そこは息子の腕の見せ所だ。一年かけて口説くから安心しろ。それよりガセリアがまた何か言って来たら直ぐに教えろよ?いい運動になる。」
「ああ、助かる。」
二人の王はクククと笑い合って別れた。
「パントバリウス様、戻りました。」
ラウール王の護衛として城まで同行していったバリーが帰ってきた。今日の彼はいつもの執事の服装とは違い副官の騎士服を着ている。長く伸ばした銀髪を一つに結びなんとも艶やかな出で立ちだ。
「城はどうだった?」
「はい、やはりアメリア姫は具合が歩くお会いできないと言われました。城の侍女にそれとなく聞きましたが、元来引きこもりの体質らしいです。」
流石長年の付き合いだ。自分は城ついて聞いたのに、しっかりと知りたいことを応えてくる。
「そっか、じゃあ思い過ごしだね。ご苦労様。バリーお茶入れて。」
「陛下、ここは城ではないんですよ?もう少し緊張感をもってくださいと言っていますよね……お茶です。」
「ありがと。」
小言を言いながらも熱い湯気が立ち上るカップを差し出す副官から嬉しそうにそれを受け取る。
一つだけバリーは王に伝え忘れていた。
城で見かけた金髪の美しい少女がいたことを。
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