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その2

「申し訳ありません。少々用事があり遅れました。」



 エルタラサは色とりどりのケーキをのせた盆を片手に持って二人の前に現れた。

 丁度そこで追加のケーキを用意していたので折角だから持って来たのだ。


 そのまま近くに控えていた侍女に銀の盆を渡す。



 イサユリが慌てて立ち上がりそして、彼女は少しだけ固まった。

 しかし、ずぐに慌てて挨拶をする。


「初めまして、ヤン・イサユリと申しま…す?」

「……エルタラサ、です。」


 どこかで見たことのある女性だなと思った。

 会ったことがある?

 しかし思い出せない。


「兄上?」


 一人座ったままのアナリアンケが不思議そうに自分を見上げてきた。


 見上げて?


 あ。


 エルタラサは小さく呟くともう一度イサユリの顔を見つめた。

 そして思い出した。


 あわてて彼女の手を掴む。



「ちょっとコイツに用事があるのでアナリアンケはケーキでも食ってろ。」


 ついて来ようとする侍従をその場に残し、呆然とするアナリアンケを残してエルタラサはイサユリと名乗った女の手を引いて庭の奥へと足早に歩き出した。


 この先にあるのはフラワーガーデン。

 母のために作られた小さな温室だが、あそこならゆっくり話ができるだろう。




「ここまでくれば誰にも聞こえないな。」


 エルタラサはガラスの温室の扉を閉めてぼそっと呟いた。


「ちょっ、アンタここの王子だったの?」


 イサユリも先程までのお上品な仮面を脱ぎ捨てて掴まれていた手をぶんぶんと振っている。

 手入れの行き届いた温室は一年中花々で埋め尽くされておりその一角には休憩用のベンチが置かれている。


 エルタラサはその椅子にドカッと腰を下ろして脚を組んだ。


「ふっ、まさかお前が王女様だとはな。それも見合い相手の事全く知らなかっただろ?」

「……それ、アンタにも言えるから。」

「ふん、断る相手の事を調べる奴はいない。」


 エルタラサは未だに立ったまま腕を組んで向かい合う女をじっと観察した。

 あの時はそんな余裕は無かったが、随分と背の高い女だ。

 自分と背丈はそう変わらないかもしれない。


 いや俺はまだ成長する、はず。


 前回は濡れたドレスを見られるのは恥ずかしいだろうとあまり視線を合わせないようにしていたがこの様にしっかりと化粧を施して着飾るとそれなりの美人かもしれない。


 そして赤い大きな瞳がとても目を引いた。


「なんで立っているんだ?席は空いているぞ?」

「やっと言ったわね。ワザとかと思ったわ。」


 目上の存在の許可が出ないと座ることはできない。

 試したわけではないがそこそこ教養もある女のようだ。


 イサユリはエルタラサが座るベンチの隣にあるベンチに腰かけようとして歩き出す。


「なぜそこなんだ?話しづらいだろうが。」


 エルタラサは手持ちのハンカチーフを自分の座るベントに敷いて指で指示した。


「ここで良い。」

「あ、ありがとう。」


 素直に礼を言ってイサユリはそのハンカチーフの上にそっと腰を下ろした。


「あの時は、迷惑をかけたな。改めて、ありがとう。」

「そうね、あれからばあやに説教されて大変だったわ。何故散歩に出てずぶぬれで帰ってくるんだってね。」

「なんで、言わなかったんだ?」


 あの後エルタラサは自分を探していた衛兵を捕まえて城へと帰った。自分を助けたと言う女が現れたら口留めと礼をしなけらばと思っていたのに、ついに今日までその女は現れなかったのだ。


「だって私、貴方のこと知らなかったし。あそこには視察の途中で一泊だけ立ち寄っただけで直ぐに移動したんだもの。」

「ふん。名乗り出たら礼をするつもりだったのに、勿体ないことをしたな。」


 今では笑い話で済むが、まだ若かったあの時なら海で溺れたという事実が恥ずかしくて、その口止め料もかねてきっと多額の礼をしたはずだった。


 何処からか入ってきた小鳥達が噴水の端にとまって水を飲んでいる。


「そうね……それ、今でも有効かしら?」

「ん? 金が必要なのか?」

「いいえ。」

「悪いが、流石に………婚姻はしないぞ。」

「うわ、それ、気持ちわる。」


 想像して身震いしたイサユリにエルタラサは顔をしかめる。


「じゃあ、なんだ?」

「水が欲しいわ。大きな湖、それか枯れない井戸。」


 気が付けばイサユリが会話の間、じっと噴水を見つめていることに気が付いた。


「私の国は砂漠のオアシスにあるの。」

「……そうか。」

「あと十年もすればそこは砂に覆われる。そして国もなくなるの。」


 本来、王族がいれば国は亡くならない。


「王族がいても民がいなくなったらそれは国ではないわ。水がないところには人は住めない。だから終わり。」


 その時、残された王族は何処へ行くのか。


「だから水か。」

「冗談よ、忘れて。」

「もしかしてお前は、結婚して国を出たいのか?」




 ああ、『どちら』でも良いそうだ。




 エルタラサは父の言葉を思い出した。

 この女は王族なのに国を捨てるのか?


 エルタラサはイサユリをつい嫌悪の目で見つめてしまった。

 イサユリがフッと笑った。


「分かりやすいわね、そんなんで大国の王子をやっていけるのかしら。たぶん貴方が考えて事と反対よ。私は最後まで国に残りたい。でも親はそれをしたくない。終わる国を見届けるのは自分たちと既に王太子となった兄で良いそうよ。私はまだ王女と言う肩書が通用する間に嫁に出したいんだって。そうすれば私だけでも幸せになれるはずだから。」


 元王族となった人間がどんな末路を生きるのかは知らない。しかし、それはどう考えても険しい道でしかないと思う。


「……だから、どちらでも良い?」

「正確には誰でもいい、かしらね。ルイタスが一番の大国だからまず手紙を書いてみたけど、他の国にも出したしそれが終わったら多分次は公爵辺りにも親は手紙をバラまくかも。消える国の王女でも値打ちがあるかしら。」


 自嘲気味に笑う女の横顔をエルタラサは複雑な気持ちで見つめた。政略結婚というなら双方に利益がないと成立しない。先程の話が本当ならヤン国には何の価値もないことになる。


 あるとすればイサユリ本人。

 どこかの国が彼女自身に何かの価値を見出す事が出来るかどうか。


「実はここに来る前に一つ小さな公国の大公から返事が来たの。息子に不治の病が判明したので自分の側妃としてなら考えたいんですって。若い私に子供を産んで欲しいそうよ。」

「!」

「本当は今回の顔合わせも移動距離を理由にルイタスの話を断っても良かったんだけど、どうしてももう一度海を見たかったの。大きな海。素敵ね。」


 今日一番の笑顔で彼女は笑った。







明日が最終回。


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