4.意外な素顔
目が覚めたら部屋は薄暗く間接照明の明かりがついているだけだった。
いつの何か眠ってしまったらしい。
夕食の時間はとうに過ぎてしまっただろう。目の前のサイドテーブルには既に紅茶の代わりに小さな水差しが置かれていた。そしてきれいな字で書かれている手紙が一枚。
《よく眠っているようなので起こさないように侍女に言っておいた。ドレスのままで眠るのは身体に良くないので起きたら着替えるように。その為に侍女を隣室に待機させている。君に呼ばれるまで彼女は眠れないので早めに声を掛けてあげてくれ。夕食を一緒に出来ず残念だが明日の朝の楽しみにしておく。 エルカイル》
傍らにある時計を見ると時刻はすでに二十二時を過ぎていた。アメリアは急ぎ侍女の待機している隣室へ続く呼び鈴を押す。ほどなくしてドアをノックする音が聞こえた。入室許可を出すとかちゃりドアが開く音がした。
「カメリア様、失礼いたします。」
「やっぱりサブリナさんでしたか。」
入ってきたのは専属侍女になったサブリナだった。
「やっと起きて頂いたようで良かったです。私は御起こしても良いのではと進言したのですがエルカイル殿下が好きなだけ寝かせてあげたいとおっしゃられましたので。……しかしこんな時間まで良く寝られていましたね。さあ、お着替えをしてその後は軽く夜食をご用意しましょうね。」
見慣れたサブリナの呆れた顔にしばし心が和む。彼女は外に待機していた衛兵に食事の用意を厨房に頼むと夜着を持って戻ってきた。
「サブリナさんも、カメリアって呼ぶんですね」
「誰が聞いているか判りませんから。でもアメリア様、本当に良いのですか?一日でこんなにお疲れなんて心配です。今なら体調を理由にお帰りになる事も出来ますよ。」
着替えを手伝って貰いながらお互い小声で話す。
クリークに帰る。
自分を偽ってまでこの場に残るのは思っていた以上に疲れた。
それは一日過ごしてみて良く分かった。でも、それ以上にあのエルカイルという王子の事をもっと知りたいとも思ってしまった自分にも驚いていた。今日共に行動した端々にも、そしてあの手紙からも自分へ気遣いが溢れていて想像との齟齬に困惑する。なぜ突然来た花嫁にあんなに優しくできるのか?
それに、自分はクリークに帰ってもきっとまた引き籠りに戻るだけ。
「気にしてくれてありがとうございます、サブリナさん。久しぶりの外出に少し疲れただけですから。それよりもお腹がすきました。」
丁度、食事を乗せたワゴンが到着したことを扉の向こうの衛兵が伝えてきた。
今朝も違うドレスが届いた。薄緑色のレースが何枚も重ねられていて使われていて見た目はとっても華やかだか昨日とは違い全体的に布地が軽めの動きやすいもの。袖を通すとその軽さと以上にサラリといた素晴らしい肌触りに驚く。
「今日も、殿下からの贈り物でございます。あと、本日は陛下もご一緒ですのでそのおつもりで。」
最後に小さいながらも乞った作りの美しい深緑のブローチをつけられる。
「陛下からでございます。」
「そ、そうですか。」
アメリアは付けられたばかりの胸元のブローチをじっと見つめる。きっと自分の想像以上の価値があるのは明らかで……今すぐ外してしまいたい衝動に駆られる。
「カメリア様、行ってらっしゃいませ。」
ゆっくりお辞儀をして部屋から送り出す侍女。アメリアの気持ちは完全に無視されて……彼女は食堂へと向かった。
朝食を取るための部屋に向かうと入口でエルカイルに会った。というか、どう見てもアメリアを待っていた様子で、ずっと待っていたのかと思うとつい顔が引きつった。
いけないいけないと、なんとか改めて笑顔を作って見せる。
「おはよう。カメリア姫今日のドレスも大変美しい。昨日は重いドレスを着続けて疲れてしまったかと思ってなるべく軽い素材を選ぶように指示をしたんだが着心地はどうかな?」
「はい、とっても軽くて肌触りも良く美しいドレスをありがとうございます。」
エスコートのために差し出された手に自分の手を重ねながらゆっくり礼を言いお辞儀をする。
っていうか、昨日の自分の状態を見て作らせたっていうことは、また深夜発注ってことですか?仕上がりいつ?職人さん過重労働すぎでしょ?
自分達が体力自慢だからって全ての人間が同じって思ってない?
あと聞きたいんだけど、私のスリーサイズどうやって知ったの?
元々表情が豊かでないことが幸いしてアメリアの驚きは心の中だけで完結する。
「私も幾つかクリークからドレスを持参していますので今度お見せいたしますね。」
だからもう新しく作らないでね。やんわりとそう告げたつもりだった。
「ああ、ならば今度作らせるドレスの参考にしよう。」
何故かとても嬉しそうに微笑まれた。
残念ながらアメリアの精いっぱいの心遣いは目の前のエルカイル殿下には伝わらなかったようだった。
昨日と同じ席に案内されて着席すると少しして国王陛下がゆっくりと入ってきた。
アメリアとエルカイルは直ぐに席を立ち陛下を迎える。
国王はそのまま上座に座り一緒に入ってきた従者に何やら指示を出した。すると陛下に声を掛けられた彼一人を除いて部屋に控えていたメイドや給仕の人間が一斉に退出していく。そして最後にパタンとドアが閉められた。
「やあ、すまんね。大勢の目があると話したいことも口にできないのが国王の嫌なところだ。カメリアちゃん良く来てくれたね。エルカイルが緑のドレスにするって言うから慌てて緑の宝石取り寄せて加工させちゃったけど良く似合ってる。」
「あ、ありあとうとうございます。」
先日王座で話ていた人物と同じなのかと疑いたくなるほど軽く声を掛けられた。
しかし、息子が選んだドレスに合わせて直前に宝石を発注するたり、似たもの親子というか……。
「陛下、カメリア様が驚いています。もう少し丁寧に。」
国王の横に控えている男が静かに諭した。
「すまん。先日の様な公式の場ではどうしても型にはまった言葉遣いが要求されるのでな。冷たい印象を与えたと思って二人きりが良いと駄々をこねる息子を説得して今日の場を設けさせて貰った。」
「父上。」
今度はエルカイルから冷たい叱責が飛ぶ。
「兎に角、ルイタスはカメリアちゃんを歓迎しているし私も息子も君が来てくれて嬉しく思っているんだ。わかってくれたかい?」
上座に座って後方の執事の顔色を窺いつつ下座のアメリアの反応を少しでも見逃さないようにじっと見つめる武力国家ルイタスの国王。それがなんとも可愛らしく見えてしまう。
ついクスクスと笑ってしまった。
「やっと笑ったね。君はずっと緊張していたようだったから心配していたんだ。」
見れば対面に座ったエルカイルも、うんうんと頷いている。自分は思った以上にいろいろな人に心配をかけていたようだ。
「お気遣い、ありがとうございます。この国の素晴らしいところを沢山知りたいと思いますので、よろしくお願いします。」
今度は上手く笑えた。
「ああ、ついでに息子の事も好きになってくれると助かる。」
「陛下!」
「父上!」
低く響く二つの声。
「あ,お腹すいたね。」
国王は二人の言葉を聞かなかったことにして手元の呼び鈴を鳴らし、入ってきたメイドに食事の支度を始めるようにと伝えた。
まだまだ序盤。
明日も更新予定です。