48.印
城の長い廊下をゆっくりと歩く。
サブリナに無理を言って着せてもらった白いドレス。
本当はすぐにでも彼の部屋へ駆け出していきたかったが今の二人の関係と距離はそれを許してもらえないことも分かっていた。じれったい夜をやっと終わらせてアメリアはいま彼のドレスを身に着けていた。
どんなことになったとしてもやはり二人だけで話したい。
昨日は同行すると言ってくれたエルアトスを今朝、丁重に断った。
エルカイルの部屋の前には見知った護衛。
「エルカイル様とお約束をしています。」
「伺っております。」
アメリアがニコリと微笑むと少し緊張してお辞儀を返してくれそっとドアを開けてくれた。
「エルカイル殿下、アメリア様がご挨拶にいらっしゃいました。」
ドアを開けると彼の執事が顔を出した。
彼はアメリアを見て大きく目を見開き嬉しそうに目を細めた。
「ああ。」
奥の部屋から簡素な返事。
「大丈夫ですアメリア様、いってらっしゃいませ。」
エルカイルの執事である彼が、深々とお辞儀をしてアメリアをまるで主人であるかのように送り出してくれた。
「ありがとうございます。」
アメリアは自分の手でそっと彼のもとに繋がるドアを開けた。
「エルカイル様。アメリアです。」
息が出来ない。
それほど強く抱きしめられた。
彼の部屋に入ってアメリアは挨拶をした。
正面の執務机で何やら書き物をしていたエルカイルがそれを聞いて顔をあげた。
そこまではゆっくりと時間が過ぎていたはず。
そして、気が付けばほんの少しの隙間もないくらいに彼に抱きしめられていた。
髪に顔を埋めるようにキスを降らせて来る彼の仕草がくすぐったい。
「ごめん、ごめん。」
彼の泣声と繰り返す謝罪の言葉。
その声が聞けて不謹慎にも嬉しさだけが込み上げる。
「エルカイル様、お顔を見たいです……すこし離してください。」
アメリアを抱きしめたままフルフルと身体を震わせて始めたエルカイルに少しだけ危機感を感じてアメリアはやんわり距離をとろうとした。
「やだ。」
「嫌だ?」
「ムリ。」
「無理?」
彼の口から今まで一度も聞いたこともない単語が聞こえてついそのままききかえしてしまった。
「だから、君と離れるのは嫌だし、いくらアメリアのお願いだからと言ってもそれは無理。」
それでも顔が見たいと言った願いは叶えてくれたようでアメリアが頭一つ分上にあるエルカイルの顔を見上げるだけの空間だけ、腕を緩めてくれた。
そして、やっと彼の美しい瞳がアメリアの視界に入る。
その泣きそうな瞳が自分だけを見つめているのがたまらなく嬉しかった。
「私は、エルカイル様が好きです。」
「俺も、君だけだ。」
頭一つ分離れた二人の距離がそっとお互いの唇で繋がる。
触れるだけのキス。
ずっとこのまま繋がっていたい。
先程は離れて欲しいと言ったのに随分勝手な事を思っているなと心の中で笑う。
そんなことを考えていたからかエルカイルの唇が離れていった。そしてその唇は首筋に移動しチュッと一度狙いをつけるとそのままキュゥっと強く吸っていく。
一つの場所だけでなく次もその次も。
「これは二度を君を忘れないための印。」
そう言われてアメリアは自分の首筋に何が残されたのかを知った。
……これは恥ずかし過ぎる。
「君は……エルアトスの方が良い?」
せっせと首筋以外にもキスマークを作り上げながらエルカイルは器用に話しかけてきた。
「覚えているのですか?」
「ああ、覚えている。頭の中になんだかもやがかかった部分があって落ち着かなくてイライラしていたよ。それで幸せな記憶の中の『カメリア』だけを欲していた。君がエルアトスと仲良くしていることも覚えているしアイツがかなり君の事を気に入って纏わりついていたのも覚えている。」
纏わりつく……何やら棘のある言い回しにエルカイルの気持ちが現れていた。
チュッとドレスをずらして肩にもキス。
「アイツ、かなり本気だっただろ?惹かれたか?」
「婚約者の入れ替えを提案されましたがお断りしました。」
実際には保留だがそれは内緒。
プロポーズもされたがそれは言わない方が平和な気がする。
「私にはエルカイル様だけです。」
動き回る頭をそっと押さえつけてその頬にそっと自分からキス。
そしてそのまま優しく捕まえられてお返しのキス。
「えっと、そろそろ良いですか?お邪魔しますよ。」
ドアの外から聞こえてきた遠慮がちなエルアトスの声。
二人はお互いの顔を見合わせクスっと笑った。
明日の更新で本編は完結。
その後、後日談(出産編)の番外編予定。




