44. 提案3
「お姉様、急にエルカイル様が私に心変わりしたからと言って、こんな仕打ち、あんまりです!」
ドアの向こうへと消えていった彼を追う様にカメリアが追いかけていった。
その後ろ姿を、アメリアは呆然と見つめている。
まさか、彼女はエルカイルと?
そんな嫌な予感が脳裏を横切る。
一筋の涙が頬を伝った。
そんなアメリアを心配してかエルアトスがそっと頬の涙にキスを一つ。
「アメ様、少しやりすぎたかもしれませんが兄上のあの行動はかなり期待が持てると思いますよ。」
「そうでしょうか?私は本当に嫌われたような気がしてなりません。」
自分の前ではいつも穏やかに微笑んでいる彼しか知らない。
あんなに激しいエルカイルを見たのは初めてだった。
彼は本来あんなに激しい気性を隠して、自分と接していたのか。そう考えると今までの彼との付き合いの方が上辺だけだったのかと疑ってしまう。
そして、それは目の前にいるエルアトスに対してもそうだった。
「エルアトス様、少し疑問があるのですが。」
「なんでしょう?」
「先程からご自分の事を、僕と言ったり私と言ったり俺と言ったり……どちらが本当のエルアトス様なのでしょう?疑っているわけではないのですが、本当に本来のエルカイル様を取り戻すお手伝いをして頂いているんですよね?」
先程彼はこのままエルカイルが正気に戻らなければ王太子の座はエルアトスに移ると言っていた。
それは本来、王位に付く予定のなかった彼には大変魅力的な話にしか聞こえない。
「そうでね、確かに普通は王位は魅了的です。でも僕は裏で働く方が好きなんですよ。」
エルアトスがニヤリと笑う。
「それに勤勉で優秀な兄様が近くにいるのに俺が王太子になるなんて面倒だ。」
エルアトスはそっとアメリアを抱きしめ、その耳元に唇を近づけた。
「でもアメリア様の事は大切です。兄様が手放すなら私がご一緒します。」
囁かれて耳に体温が集中していく。
「アメ様は『僕、俺、私』どの『エルアトス』がお好きですか?」
少し揶揄いを含みながらエルアトスが優しく誘う。
アメリア心臓がトクトクと音を立てているのが聞こえるような気がした。
「というのは、最終手段です。」
「え?」
急に身体の拘束が緩んだ。
「僕はアメリア様を本気で兄様から取り上げるつもりもありませんし、王位にも興味はありません。安心しましたか?」
「……はい。」
首筋にチュッとキスを落とされ、エルアトスは離れていった。
何やら彼の本心を上手く隠されてしまった気がしたがアメリアは取りあえず頷く。
「あの調子ならもう少し刺激すれば正気に戻ると思うんですけどね……。」
「だと良いんですが。」
先程すれ違いざまに向けられた彼の刺すような視線を思い出してアメリアの心がヒヤリと冷たくなる。
「少し気になるのは、カメリア姫のあの行動。彼女は兄様には興味がないと思ったのですが……。」
あの時この場に残っていれば事情を説明しようと思っていたのだが、何故か彼女はエルカイルを気遣って追いかけていった。まさかとは思うが彼女が兄に好意を持ってしまったとしたら、厄介なことになるかもしれない。
「では、そろそろここを出て庭でも散策しましょうか。案内してくれますか?アメ様。」
「はい。」
アメリアとエルアトスは再び手を取り合って応接室を後にした。
◆◆◆
エルカイルは案内された客間のベッドに横たわって天井を見上げていた。
先程見た光景を思い出すたびに胸が言いようのない不快感でいっぱいになる。
自分が記憶を無くしているからと言って昨日まで結婚の約束をしていたという女が何故あんな風に弟に向かって顔を赤く染めているか理解が出来ないし、むしろ彼女に問い詰めたいと思った。しかし、彼女との結婚を白紙にしたいと言った自分にその権利は無い。つい無作法に机に感情をぶつけてしまったがそれがすべて。
あの場に居続けることがどうしても我慢できず、思わず愛しいカメリアを残して部屋を出てしまった。
いつも滞在しているいる部屋はアメリアの部屋の隣と聞いて顔をしかめたら今日はエルアトスが使う事になっているといわれ、空いていている客室に通された。
それも何故か気に食わない。
トントン。
ドアをノックする音がした。
「エルカイル様、カメリアです。少しだけ入っても良いですか?」
今は正直一人になりたかったが折角来てくれたカメリア姫に申し訳ない。
エルカイルは起き上がるとドアを開けた。
そこにはカメリア姫一人のみ。
侍女はいない。
自分の城とは言え男性の部屋に一人で来たのか?
「お一人とは、驚きました。」
「あ、エルカイル様が怒って出て行かれたので心配で。つい慌てて来てしまいました。ご迷惑ですよね。」
恥じらうように俯く仕草が可愛らしい。
エルカイルはつい顔を緩ませた。
やはり自分はこの姫と一緒になるべきなのだろう。
そう思い彼女を手を取る。
「丁度良いところにいらっしゃいました。気分転換をしたいと思っていたのです。どこか案内してくれますか?」
「では、庭にある噴水へ。私の大好きな場所なんです。」
カメリアは差し出された彼の手をぎゅっと握るとそのまま歩き出した。
城の庭園には色とりどりの季節の花々が植えられていてその中央には大きな噴水が作られておりそこから吹き出る水がキラキラと輝いていた。
アメリアは噴水の近くのガセボにエルアトスを案内し、侍女が用意したお茶を飲みながら談笑していた。話題は主に幼少期のエルカイル。幼い兄弟の森での冒険など初めて聞く話につい声をあげて笑ってしまった。
「やっとアメ様の笑顔見れました。」
話が一段落し、エルアトスは用意されたお茶に口をつけた。
彼女はもともと笑顔を振りまくようなタイプの姫ではないとはいえ最近は少しだが笑顔を見せていた。しかしエルアトスたちがこの城に来てからは寂しそうに微笑むだけで一度も笑顔を見る事はなかった。
「笑うと本当に可愛らしいですね。兄上がうらやましい。」
エルアトスが言うとアメリアが咽ながら持っていたカップをカチャリと机に置いた。
「冗談はおやめください。アトス様。」
「おや?本気ですよ。もっと笑ってくだされば良いのに。」
エルアトスは側に控えている侍女にお茶の追加をお願いする為に声を掛けようとして丁度歩いてきたエルカイル達を見つけた。
「アメ様、失礼しますね。」
エルアトスはケーキスタンドに並べられた小さなマカロンを手に取るとそっとアメリアの唇にそれを近づける。
アメリアは思わずそのまま口を開けてマカロンを迎え入れる。甘酸っぱいイチゴのマカロンが口の中で弾けた。
そして、もぐもぐとそれを咀嚼している間エルアトスがツンツンと頬をつついてくる。
「エルカイル様、お姉様達ラブラブですね。」
「ああ、その様だ。」
突然背後からカメリアの弾んだ声と、地を這うようなエルカイルの声がした。
「カメリア姫、悪いが少々頭痛がするので今日はもう休みたい。ここで失礼する。」
「あ、エルカイル様。」
エルカイルはカメリアを残してその場を立ち去った。
置いていかれたカメリアはそのままアメリアの隣に腰を下ろし、ニコリと笑う。
「お姉様、私エルカイル様のお側にいようと思います。良いでしょ?」
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