39.陸の王と海の王
その夜。色々な話をして遅くなってしまったこともありアメリア達は案内された各部屋で一晩泊まる事となった。
アメリアは以前使っていた部屋に通され、久しぶりに海の音を聞きながらゆっくりと就寝前のゆったりとした時間を過ごしていた。
カタンと窓の外で何かがぶつかる音がした。不審に思ったアメリアが人を呼ぶか迷っていたところ聞き覚えのある声がして驚く。
「アメリア。入っても良いか?」
「ソニン?」
海の底にいるはずの彼の声がしてアメリアは慌ててバルコニーに繋がるドアのかぎを開ける。
そこにはキラキラと輝く深い青い長髪を一つにまとめた美丈夫の人魚の王が立っていた。
「こんばんは。君の気配が近くに来ていることを感じて来てしまったよ。元気そうだね。」
ソニンはゆっくりと手を伸ばすとアメリアの髪を一房手に取り唇を寄せた。そして優雅に微笑む。
月明かりの下に見る彼は海底での藤堂とした王族の威厳のそれとは違い彼の持つ男性的な魅力をひと際、引き立たせている。
「婚約、するんだって?」
「はい、エルカイル様と。」
悲しそうに問われて、チクリと心が痛んだ。
「ああ、彼か。彼は良い陸の王になるだろうね。」
実は嵐の中の救出劇の際、気を失ったエルカイルを浜まで移動させることがアメリア一人では出来なかったため、急遽ソニンも作業を手伝ってくれたのだ。
「あの尖った大きな金属の槍を腹部にさしたまま最後まで生きることを手放さなさなかった心意気は賞賛に値する。彼ならきっと君を大切にしてくれるだろうね。」
本来なら槍を引き抜いた瞬間に大量の出血から死が訪れても仕方がなかった彼がそれでも心臓を止めなかったことにソニンはいたく驚き、賞賛と共に治療を施した。
あの時アメリアが持っていた魔女の薬だけでは、彼は助からなかったのだ。
「今思えばあの時に、手を貸さなければ私にも可能性があったのかな?」
勿論冗談だよ?とソニンはニヤリ笑う。
「そんな事をする人が海の王にはなっていません。」
彼の優しい心を知っているアメリアが当たり前のように返す。
「実は君にこれを貰って欲しくて来た。」
差し出された小さな小箱を開けるとピンク色の小さな石がはめ込まれた指輪が入っていた。
指輪は月の光を反射してキラキラと輝いていた。
「これは歴代の海の王の妻が持つ指輪だ。」
アメリアは慌ててふたを閉じる。
「頂けません。」
「俺はこの先、君以外に妻にしたい人物に出会う事はない。」
母が事あるごとに言う『人魚は一途』と言い言葉が脳裏に浮かんだ。
「それでも、私にはエルカイル様がいます。彼だけです。」
「ああ、君も人魚の血筋だ。それもあのエイミイ叔母譲りの。」
反対を押し切って地上に住むラウールと恋に落ちたアメリアの母。
アメリアはその娘なのだ。
「貴方は私の未来の妻に何をさせたいのですか?」
第三の声にアメリアとソニンは声のした方を振り向く。
そこにはエルカイルがいた。
「エルカイル様?」
「アメリアにお休みの挨拶をしようとドアの前に立ったら話し声が聞こえて。申し訳ないと思ったけど入ってしまった。」
エルカイルは二人の近くまで歩いてくるとそっと頭を下げた。
「海の王には初めてお目にかかる。ルイタスの王太子エルカイルと申します。」
「ああ、人魚の長をしているソニンと言う。」
二人は軽く挨拶を交わした。
「それで、先程からアメリアを口説いていらっしゃるようですが私の聞き間違いでしょうか?」
「エルカイル様……。」
彼は心配そうに声を掛けるアメリアに応える事もせず、じっとソニンを見つめた。
「だとしたら?諦めてくれるのか?」
「いえ、それは無理かと。もう私には彼女しか考えられませんから。」
「君にアメリアを任せても良いのだろうか?」
「貴方のように特別な力はありません。でも愛しています。」
アメリアに向けるそれとはまったく違い二人は低く冷たい声色で淡々と会話を続ける。
「では、彼女を海底に連れ去ってしまおうか?」
ソニンの青い目がきらりと揺れた。
「……彼女がそれを良しとするなら。お好きに。」
口ではそう言いながらもエルカイルの手はそっとアメリアの手を握りしめる。
「ソニン……。」
アメリアが呟いた。
「ああ、やっぱり無理です。」
いつもの口調に戻ったソニンはポンっとアメリアの頭に手をのせた。
「アメリア、指輪はいつか返してもらうまで預かってくれればいいです。エルカイル殿とお幸せに。」
彼はエメリアに向かってニコリと微笑んだ。
「君は陸の王と結婚をして、海の王の後ろ盾を持った女性となるんだ。」
アメリアは机に置いたままの小箱をちらりと見た。
「エルカイル殿。それでよいだろう?」
「私が、陸の王ですか?」
「ああ、それが出来ないなら彼女の事はあきらめてくれ。」
「判りました。今すぐとは言えませんが近いうちに。」
「はは、やはり素晴らしい心意気だ。気に入ったよ。」
ソニンは心の底から笑い、アメリアとエルカイルはお互いホッと息をついた。
「君たち二人ともが私のお気に入りで友人だ。それなら構わないな」
「友人ですか?」
「じゃあ、また。」
彼はそう言うとバルコニーへと消えていった。
慌てて外に出るとそこにはただ海が広がっているだけ。
二人はじっとキラキラと光る海を見つめていた。
暑いですね。
体調管理には十分お気を付けください。




