3.昔話
昔話なので少々短めです。
◇◇◇
今から二十五年ほど前、当時のクリーク国王は隣国との戦で矢傷を負いそれが元で臥せっていた。幾分老体と言う事もあり完治が望めないとの見方もあり周囲は何とかして治療法を探っていた。そして当時王太子だったラウールはある噂を聞いた。
《人魚の血は万病に効く薬となる》
次期国王になる準備が出来ていないと感じていたラウールにはまだ父王の存在は必要だった。なんとしてでも人魚を探さなければ。
彼はあらゆる伝手をたどりついにある洋館に住むという一人の女性を見つけ出した。
「それがお前の母エイミイだよ。」
「母が人魚?」
アメリアが呆然と呟いた。
脳裏には下半身が魚の様なヒレがある女性が浮かぶ。
「ああ。少し変わった子でね人間が大好きで、こっそりと自分も海辺の小さな家に住んでいたんだよ。因みに人魚もある程度の歳になると変化が出来るようになるからね。一見人間と変わらないよ。」
アメリアの想像を知ってか、お婆はクスクスと笑った。
その後王太子であるラウールは人魚と言われるエイミイと出会い、はじめこそ《万能薬》欲しさに通っていたという。しかしそれはいつしか形を変え、二人は恋に落ちた。そしてアメリアが生まれ二人は父と母になった。
勿論王太子であるラウールには婚約者がいたのだがアメリアが生まれたこともあり婚約は解消、後ろ盾のないエイミイとの結婚は困難と思われたが父王の治療に使われた《万能薬》の提供とラウールの必死の懇願によりようやく許可が下りたのはアメリアが生まれて二年が経とうとする頃だった。
「丁度ラウール坊やが来た日、私はお前をエイミイから託されたんだよ。」
「母は結婚したくなかったんですか?」
愛し合っていたはずならなぜ母は自分を残して消えたのだろう?話を聞きながらアメリアは疑問だった。
「人魚はね、もともと人を生むようには体のつくりが出来ていないんだよ。でもエイミイはそれを魔力と自分の生命で可能にした。お前を生んで二年も人型を保つなんて凄い関k所は精神力の持ち主だったよ。」
「じゃあ、母が海に消えたというのは……」
父が子供のころにアメリアに教えてくれた言葉。てっきり自分から海に入って命を絶ったと思っていた。
「言葉通りだ。エイミイは人型が保てずに海に帰ったんだよ。最後までラウール坊やとお前の事を心配していた。」
自分は母に捨てられていなかった。アメリアは今までの後ろめたい気持ちがスッと消えていくのが分かった。
「エイミイからお前を託された私から、どうしても娘を城に引き取りたいというラウール坊やに私は二つ条件を出した。一つ目はこの屋敷周辺を保存するために王家の直轄地としたい事、そしてもう一つは定期的にこの屋敷にお前を連れてくること。」
母がいない幼子を未婚の王子が引き取るなど前代未聞。困難しかないその状況で、それでもラウールはエイミイとの事引き取ることを決断した。当時は分からなかったが今ならそれがどれだけ無謀な事だったかわかる。真実を知らない人間から見れば当時父は結婚を拒まれた男という大変不名誉なレッテルを張られたことになる。それは母のいない娘を抱えれば尚更目立つ。
それでも今まで愛情を注いで育ててくれていた。アメリアの胸に熱いものが込み上げる。
「アメリア。お前はこれからいくつかの選択を迫られる運命にあるよ。」
不意に話題がアメリアの今後に移った。
「決断?」
「ああ、どちらを選ぼうと正解、不正解はない。それはお前が進んでみて決めるとだ。でもその結果お前が幸せになってくれることを私は望んでいる。」
何やら含みのある言い方をしてお婆は一つの小瓶を差し出した。
「この小瓶の中身は《万能薬》だ。ただし人魚の血ではないよ。百年に一度作る事が出来る妙薬。持っておいき。」
「そんな大切なもの……受け取れません。」
「なに、もうすぐ次の百年が来る。それに私も自分で作ったものが二個あるから気にしないでくれ。」
何でもないように言われてアメリアは小瓶を見つめる。百年に一度しか作れないものを三つも作った。目の前にいる美女はいったい何年生きているのだろうか?
「人魚は少々長寿だからね。ああ、人間とのハーフにあたるお前はとんでもなく長寿にはならないと思う。少しばかりゆっくり年を取る程度だろうね。勿論、血も普通。」
言われてみて自分が年齢より年若く見られる事の意味が分かった。父が積極的に自分を社交の場に連れ出そうとしなかったのもそのせいなのかもしれない。
「当時の使用人は今でも健在だ、お前の母の事はいつか知られることとなる。お前が狙われることもあるだろう。くれぐれも気を付けて。」
アメリアはこれから一人で向かうルイタス王国の事を思い、ゆっくりと頷いた。
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明日も更新予定。