36.不老不死って? 1
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「アメリア様、もう少しで海辺の館です。」
馬車の御者から声がかかった。
言われてそっと窓のカーテンをひくと窓の外には真っ青な海が見えた。
エルカイルとアメリアは、彼女の実母エイミイに会うためにクリークの端に位置する海岸に向けて馬車に揺られていた。
何故そうなったのかと言うと、婚約について異議を申し出ていた彼らとの話し合いも終わりやっと署名を出来るとなった前日になって、当のアメリアが『婚約について考え直したい』とエルカイルに伝えたからだった。
まさかのアメリアからの、婚約破棄。
「理由を聞いても良いでしょうか?」
エルカイルはわざわざ応接間に呼び出されその後人払いまでされた後に告げられた言葉に動揺を隠しきれない。
ソファに深く座り込んで正面のアメリアと視線を合わす事も出来ずに彼女の後ろにある窓をじっと見つめている。
「実はレイモンド様と話をしまして……」
彼女の口から自分ではない男の名前が出てきて婚約破棄の告白の衝撃からギリギリ意識を保っていたエルカイルの頭の中は遂に真っ白になった。そしてあの年若いバチェリ公国の王太子の姿がぼんやりと思い出される。
いつ二人はそんな関係になった?
自分が相手に劣ることは何だ?
武力は負けるつもりはない。
身分は、どちらも王太子だ。
財力だってルイタスのほうがはるかに上。
それ以外に何が?
「………やはり女性は若い男の方が好みなのでしょうか?」
エルカイルはポツリと呟いた。
「はい?」
「そうですか、若さだけは努力しても得られませんからね。しかし婚約破棄と言うのは、こんなに魂を削られるものなのか……」
アメリアの『はい?』をうわの空で聞いていた彼はそれを肯定と判断して更に落ち込んでいた。そして以前アメリアを守る為とはいえ自分が彼女にした仕打ちが、とても酷いものだったと改めて反省する。
「レイモンド、彼と結婚するのですか?」
そう言いながらやっとアメリアに視線を移したエルカイルが見たものはその大きな瞳に今にもこぼれそうな涙をためた愛しい彼女の姿だった。
「私は……そんな風に見えているんですか?」
「え、アメリア?」
「貴方と婚約破棄…更にレイモンド様と結婚するなんて……酷い。」
「あ、あ、違うんだ。アメリア。」
酷いことを言われたのは自分のはずなのに、エルカイルは慌てて立ち上がると涙を流す愛しい人に駆け寄ってギュッと抱きしめた。
「君が『署名する前に婚姻について考え直す時間を持った方が良い』と言い始めるから………君からの婚約破棄かと。俺の勘違いなんだね?」
腕の中で小さな青い髪の頭が何度も頷いている。
「それについて話したい事があるんです。今度は落ち着いて聞いてくれますか?」
腕の中から真剣に視線を合わせてくる愛しい金色の瞳。
自分なんて余計なことを考えていたのだろう。
先程までは動揺しいたが改めてこうやって腕の中で抱きしめれば今更彼女が拒否したところで手放せる筈がないのは明らかだった。
「私と結婚したら不老不死の身体になってしまうかも知れません。」
「……不老不死?」
離したくなくてソファに並んで座ったとたん彼女はとんでもない事を言い始めた。不老不死とは何かの例えなのだろうか?エルカイルは余計な事を口走って先程の様な誤解を生まないようそっと彼女に問いかけた。
「どういう事か教えて?」
「はい。先日レイモンド様と湖に散策に行ったときに聞いた話なんですが、人魚の伴侶は永遠の命を出来るという言い伝えがあるそうです。私は半分人魚の血が入っていますからその伝説に当てはまるかもしれないって言われました。」
確かにバチェリ公国の王族の歴史の中には人族以外の血が入っているというのは聞いたことがある。かの国は種族の隔たりをなくして繫栄してきた国なのだ。そしてその中に今は幻と言われる人魚がいたとしても不思議ではない。
「で、彼に永遠の命を乞われましたか?」
なんとなく話の方向が判ってしまった。
レイモンドは若さと永遠の命が欲しいのだろう。
そして、アメリアも自分を理解してくれる国を選んだ。
「はい。自分なら不老不死の覚悟が出来ると言われました。」
「覚悟?」
「エルカイル様は、家族を置いて自分だけが老いることなく永遠に生き続けるかもしれないと言う事をどう思いますか?」
真剣な顔つきのアメリア。
そして気がついた。
「俺の事を、心配してくれたんですか?」
エルカイルは彼女の手をそっと握る。
「俺が、家族が去ってしまった後、一人になってしまうと、そう思ったんですね。」
「エルカイル様以外、他に誰を心配しなければいけませんか?」
驚いた顔つきで首をかしげるアメリアにエルカイルはゆっくりと微笑んだ。
なんとも可愛いらしい仕草だ。
「俺は隣にアメリアがいてくれれば良いです。」
「エルカイル様……。」
恥ずかしそうにアメリアが下を向いた。
そして、彼女が小さく良かったと呟く声が聞こえる。
やっと話が一段落したのでエルカイルは気になていたことを口にした。
「今の話は人魚の伝説ですよね?ハーフのアメリアは《かもしれない》ってことですね。じゃあ結婚してみないと判らないんだ……。もし俺が嫌がったら婚姻を別の人と、と思ったんですか?」
「え、ええ。レイモンド様が試しに婚姻をって言っていました。」
「試し?」
聞き流せない単語を聞いた。
大体、その《婚姻》とは何を指しているのか甚だ疑問だ。勿論書類上の関係であるはずもなく、それ以外となると自然と思い浮かぶものは限られてくる。そしてバチェリ公国のレイモンドがそれを視野に入れていないとは考えられない。
「貴方は、誰とどんなことをして婚姻関係を結ぶつもりだったんですか?」
そして、きっと彼女は気が付いていない。
「だから、レイモンド様が数年たったら婚姻を結ぼうって……。」
「で、何をするんです?結婚式?」
エルカイルはニッコリ微笑んで彼女を見つめた。
「あっ………。」
真っ赤になった彼女の顔がやっと事態を認識したことに安心しつつ、エルカイルはやはり彼女には自分がいないと駄目だと再確認しで深くため息をついた。
明日も投稿予定です。




