34.王宮にて 1
いつもお読みいただきありがとうございます。
ユリ王妃が離宮に移った。
表向きは王妃の住む区画の老朽化の工事の為の仮移転だが恐らく彼女はもう城に住むことはないだろう。
王妃の実子であるカメリアは王宮内と離宮に自分の部屋を持って行き来するらしい。
でも、義理の娘であるアメリアにはその打診はなかった。
「王妃が署名すると承諾してくれた。」
父が王妃とどんな話をしたのかは分からないが、二人で話し合ったと思われる翌日にアメリアは父に呼ばれ王妃の離宮への引っ越しと婚約の承諾について告げられた。
アメリアはホッと安堵のため息をつき父にお礼を言い、これでアメリアまで出て行ってしまったらとても寂しくなるなと弱気な発言をされて目の前の父親が随分寂し気に笑うのをじっと見つめた。
久しぶりにゆっくりと見た父はやっぱり随分と若いかもしれない。
そう考えてついレイモンドの言葉を思い出した。
《人魚と婚姻した伴侶は永遠の命を与えられる》
アメリアは少しだけ迷っていた。
◆◆◆
今日はあの騒動のお陰で滞在中、暇を持て余したエルカイルとクリークの騎士たちが親善試合をすることとなっている。しかしルイタスの一の剣士であるエルカイルとの力の差は歴然の様でどう頑張っても互角の試合とはならないらしい。漏れ聞こえた噂によると我が国の騎士たちはいわゆる『憧れの剣士と思い出作り』の様な心構えで臨むそうだ。
事前に見に行くことをエルカイルに伝えると面白いものではないし、何かあったら困るので出来れば来ない方が良いのではと釘を刺されたが、それでもアメリアは剣を振るうエルカイルを一目見ようと試合会場になる運動場へと足を運んだ。
いつもは騎士たちばかりが粛々と剣の腕を磨く鍛錬の場に少しばかり歓声が聞こえる。
丁度一人目との試合が終わったようだ。
わき腹を抑えてがっくりと蹲る男性の側には木剣を持ち無表情で立つエルカイルの姿が。
「そこまで無防備なのは少々問題だぞ。ウチの国なら見習いからやり直しだ。誰を守るつもりでここにいるのかを自覚して鍛錬しているのか?」
「……申し訳ありません。」
まだ痛みで立ち上がれないその男はエルカイルに追い打ちをかけられさらに落ち込んでいる。
「おい、そろそろ次の奴行けよ、その時にケイグを助けだそう。」
「おう、じゃあ行ってくる。」
二番手の男が中央に進み出てケイグ騎士をそっとその場から助け出し一緒に来た男に彼を託す。そして剣を構えた。
「よろしくお願いします。」
「ああ、よろしく頼む。」
相手に向かって片手で剣を構え、うっすら微笑むエルカイルはその場に静かに佇み研ぎ澄まされたように対戦相手を見つめている。
それは彼自身が一振りの刀身のようだと思った。
相手が振り下ろしてくる剣を次々、ひらりひらりと避け時折自身の剣先で相手の身体を軽く叩くようにして翻弄していく。何度も与えられる小さな衝撃に怒りを覚えたのか男が大きく剣をひらめかせて渾身と思える一撃を繰り出したところでエルカイルが彼の足を剣で叩きあげて試合は決着。
「上半身しか見ていない男は不要だ。」
バッサリと言い捨てられた。
「申し訳ありません……。」
「しかし、下半身を鍛えればそれなりに仕上がるとも言える。励むとよい。」
「ありがとうございます。」
倒れた騎士を立ち上がらせている所を見ると一人目よりは見どころがあると言う事だろう。エルカイルに手を貸して貰い立ち上がった騎士は少し顔を赤くして嬉しそうだ。
そしてその彼が何やらエルカイルに耳打ちをする。
するとエルカイルは視線を動かしアメリアを見つけて微笑んだ。
冴えわたっていた刃が一瞬にして一人の恋する男に変化した。
心臓がトクトクと音を立てているのがわかる。
やはり彼が良い。
優しくて、強くて、人の上に立つ心構えも一流。
そんな男性が自分だけを愛してくれる事にアメリアは改めて喜びを感じ、婚約するのは誰でも良いと思っていた頃の自分が恥ずかしかった。
アメリアは彼に微笑み返し、近くに行こうと前に出た。
すると目の前でエルカイルに挑みかかる三人の騎士が視界に入る。
彼らが手にしている剣がキラリと光った。
見ればエルカイルが険しい表情で彼らを見据えている。
「アレは練習用の剣ではないね。」
気が付けば隣にエルアトスと彼の護衛騎士が立っていた。
「兄さんに刺客を送った国があると判ったので伝えに来たんだけどちょっと遅かった。無事に生きて捕まえてくれると良いんだけどな。」
「あれはクリークの騎士ではないと言う事ですか?」
「うん。別の所でも数名捕まえたんだけどどこかから騎士服を手に入れたんだね。あっちが終わるまでアメリアさんはちょっと僕と一緒にいようね。」
周りの騎士たちも事態に気づいてすぐ周囲の警戒を始めている。
数名エルカイルを助けるために中央に向かったが高度な剣技を繰り出し続ける彼らの場に容易に割って入る事が出来ない。しかし、木剣で応戦のエルカイルだが一歩も後れを取っているようには見えなかった。
王宮内で他国の王子が襲われているのというのに、それももうすぐ自国のアメリア姫と婚約する相手だというのに。
周囲は加勢する事も出来ずじっと成り行きを見守る。
その均衡を崩したのは彼に襲い掛かった男の剣をエルカイルが木剣で叩き落とした時だった。
真剣奪い取り操り始めた彼は一方的に三人を圧倒。
その後、数分で場は制圧された。
「じゃあ、後はよろしくね。」
騒動の後、裏の事情を調べるのは自分の仕事だと言って乱入者たちはエルアトスがまとめて引き取っていった。流石に練習試合を続けるわけにもいかずにその場は解散となり、さすがに疲れを見せたエルカイルを心配したアメリアは彼に付き添って部屋へと戻ってきたのだ。
「今、身体を拭くものを侍女に頼んでいます。どこかお怪我はしていませんか?」
部屋に戻ってきてエルカイルをソファに座らせるとアメリアは侍女が置いていった冷たい水をそっと彼に差し出した。
「ああ、怪我はしていない。流石に三人の手練れとやり合ったので息が乱れただけだ。それよりもアメリアは大丈夫か?怪我はしていないと思うが、あのような場に居合わせて気分など悪くなっていないか?」
コップごとアメリアの手を握る彼の手はまだとても熱い。
きっと相当疲れているのだろう。
トントン。
小さくドアがノックされる。
「お嬢様、サブリナです。エルカイル殿下の着替えをお持ちしました。」
「ありがとう。」
アメリアがドアを開けるとサブリナの後ろに身支度の手伝いをするための侍女も控えていた。彼女たちに彼の身支度を任せアメリアは一旦外に出る。
すると丁度エルアトスが歩いてくるところだった。
「兄さんは着替え中?」
「はい。怪我はしていないと言っていましたのですぐ終わると思います。」
「なら良かったけど、さっきの乱入者達が全員死んだんだ。毒が塗っていある短剣で自殺だって。だから兄さんも心配でね。まあ、兄さんは最近少しの毒くらいなら効かない体になったから大丈夫かな?」
「え?」
詳しくは明日は話すねと言ってヒラヒラと手を振りエルアトスは自分が滞在中の部屋に帰っていった。
追いかけようとしたが丁度部屋からサブリナと侍女たちが出てきた。
「アメリア様ずっとここにいらしたんですか?」
「いえ、丁度エルアトス殿下がいらしたので立話をしていたのよ。」
少し驚き顔のサブリナに慌ててアメリアは言い訳をする。
淑女らしからぬその行為にサブリナ呆れた顔でため息をつく。
「いま、エルカイル殿下はまだ起きてらっしゃいますけどどうされますか?」
「ご迷惑かしら?」
疲れているはずの彼に強引に会うのは流石に躊躇われた。
「殿下も着替えの最中にお嬢様の事を気にされていましたから少しなら宜しいかと思います。ただし、私が戻ってくるまででお願いします。」
サブリナは言い切るとそのままお辞儀をして用事があるのでとスタスタと行ってしまった。
アメリアは彼女を見送ると彼の部屋のドアをそっとのノックした。
「エルカイル様、アメリアです。」
バタバタと音がしてカチャリとドアの開く音がした。
長くなるので続きます。
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