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32.とりあえずデート(レイモンドの場合)

 アメリアとレイモンドは今、プーテ湖の真ん中に浮かぶ小島に二人きりで取り残されていた。



「あそこにいるのは護衛の方ですよね……なんで気付いて頂けないのでしょうか?」

「そうですね……恐らく彼が寝ているからではないでしょうか。」


 遠目に暫く観察しても同じ間所からじっと動かない人影を見つめ、レイモンドは一つため息をついた。


「アメリア様、申し訳ありません。小舟の操縦位なら少々自信がありましたのでつい二人キリになりたい欲を出してしまい彼の同行を断った結果ご迷惑をおかけしています。」

「いえ、これはレイモンド殿下のせいではないですから……。」



 実際、レイモンドは卒なく小舟を操縦してアメリアは彼と二人で湖上の散策を楽しんだ。小島に上陸したのも元々予定していた休憩のためのガセボによる為だったのだ。



 でも、そこで天気が急変した。

 二人が優雅にお茶を楽しんでいると、どんよりとした雨雲と共にポツポツと雨が降り始めたのだ。すぐさま二人は管理小屋に移動し雨から逃れたが、そこから急な豪雨が辺りを襲い、それは数分してピタリと止んだ。


 そして小屋から出てきた時二人が見たのは繋いであった小舟が、はるか遠く離れた所でユラユラと漂っている光景。


 あわてて岸で待つ護衛に手を振り救助を呼びかけたが全く気付いて貰えない。

 こちらを向いて立っている観察小屋には机に突っ伏して動かない人影が見えるだけ。



「徹夜の見回り任務明けで戻ってきた彼をそのまま連れてきてしまったので、僕の責任です。頼りになるからと言って配慮に欠けていました。」


 実はそれを少しだけ後ろめたく感じて彼を少しでも休ませようと小舟の操縦を断ったのも裏目に出た。


「彼なら緊急用の連絡端末を持っていたのに。」

「仕方ありませんね。取りあえず座りませんか?まだお茶も軽食も残っていますから。」


 アメリアは年上らしく落ち着いたままふんわりと微笑み、対岸を見つめたままのレイモンドにガセボに戻る様に誘った。レイモンドは諦めきれずにチラチラと岸の小屋を見ながらアメリアについて行く。


「大丈夫ですよ。少しすれば彼が起きてくれるかもしれませんし、もしくは湖の入り口で待機している私の護衛が異変に気付いて駆けつけてくれるはずです。」


 アメリアは何でもない風を装って紅茶を一口飲んだ。




 本当はすごく怖かった。




 初めて来た湖、直ぐ近くに護衛が見えているとはいえ小島には連絡手段を持たないまま取り残された状況。安全な陸と切り離された事は想像以上にアメリアに恐怖を与えていた。更に一緒にいる相手はつい最近会ったばかりの六つも年下のレイモンドだ。アメリアの自国クリークのプーテ湖での出来事で彼を頼りにするわけにはいかない。


「何も心配なさることはありませんよ、殿下。」

「……そうですね。」


 ゆっくりと頷くレイモンド。

 左手の震えをそっと隠しながらアメリアが笑った。





「では当初の目的のお話をしても良いですか?」

「はい。」


 少しの雑談をはさんで落ち着いたのかレイモンドは少し真剣に口を開いた。


「アメリア様は、僕がいきなり『あの場』に来た事、本当は怒ってますよね?」

「あの場……調印式ですか?確かに驚きました。」


 怒っているかと聞かれればそれは少し違う。

 うーん、どの言葉が一番うまく当てはまるのだろう。

 アメリアは言葉を探しながらゆっくりと話し始めた。


「怒るという感情より少し『悲しい』でしょうか?」

「悲しいですか?」

「そうですね、皆さんに祝福されて婚約をするつもりでしたがまさか異議を訴えられてしまうとなると、少々悲しくなりました。ただ納得されない方がいるままで話が進むよりもこの様に理解の場を設ける事が出来たのは良かったと思っています。そういう意味ではレイモンド殿下には感謝しています。」


 レイモンドの頬がほんのり赤く染まった。


「エルカイル様は大変お怒りのようだったので……てっきりアメリア様も同様かと思ってましたがそうでしたか。じゃあ少しは望みがあるのでしょうか?」

「その件につきましては、この場で正式にお断りをしなければと思っていまして。ごめんなさい。」


 申し訳なさそうに首を垂れるアメリア。


「いえ、今すぐにとは僕も考えていないんです。」


 しかし彼女が断りを入れるのをレイモンドが意外な言葉でやんわりと制した。


「バチェリ公国の皇室の系図には過去に人魚との婚姻をされた方がいます。」


 そしてアメリアの身体がピクリと跳ねるのを見てさらに続ける。


「それで言い伝えがあるのです。人魚と婚姻した伴侶は永遠の命を与えられると。アメリア様ご存じでしたか?」


 レイモンドはじっとアメリアを見つめた。


「何を言っているのかあまりわかりませんが、確かに私の母は人魚です。なので私は人魚と人間のハーフとなりますね。」


 初めて聞く話に少し動揺したアメリアだったが自分の素性を知っているユータスと交流がある彼に真実を隠す必要もないので正直に事情を話す事にした。その上で混血には何の力もないことを告げる。


「血も、何やら曰くがありましたが混血では効き目がありませんでした。恐らく今回のそのお話も純潔の方ならそうなのかもしれませんね。」


 実は人より少しは長生きするのだとお婆に言われているがそれはまた別の話。ここで言う事ではないだろう。


「大体、レイモンド殿下はそんなに長生きをしたいものですか?まだまだお若いのに。」


 アメリアは目の前のまだ幼さが残る顔だちの少年を見て小さくクスっと笑ってしまった。

 するとレイモンドは少しむっとした表情で口を尖らせた。


「ウチの国はまだ歴史が短いのです。これから先色々なことをしなければならないのに寿命の事を考えるのは面倒です。貴方は僕の事を年下扱いしますがこれでも国のただ一人の後継者です。」



「だから永遠の命ですか?」


 彼は既に成人皇族としての高い志を持っている。


 揺るがぬ意志を持って見つめてくるレイモンドにアメリアは年下で守ってあげなくてはいけない存在と認識していた事を心の中で詫びた。


「まあ、永遠でなくても良いんです。少し長生きできれば。それに貴方はとても美しい。こんな素敵な方と長く一緒にいられるなんて夢のようだと思いますよ。」


 レイモンドがふにゃっと表情を崩して笑った。


「ハーフだからって絶対そうならないとは言い切れませんよね、僕はアメリア様と試してみたいな。」

「冗談はやめてください。」


 今度はアメリアが顔をしかめる番だった。


「私の相手はエルカイル様です。レイモンド殿下ではありません。」

「エルカイル様が望んでいなかったら、どうします?もし彼の時間を止めてしまっても後悔しませんか?」

「え?」


 彼の問いかけに一瞬思考が止まった。


 そして考え始める。


 彼が望まない可能性?

 それは永遠の時間の中で一人家族よりも長く生きると言う事。

 そうなれば彼から恨まれるのだろうか?


 いや、まずその伝説とやらが真実なのかも定かではないのだから考えてもし方がないのではないか?



 でも、それを調べる方法なんてない。





 途端にアメリアの中でエルカイルとの結婚に戸惑いが生まれた。


「僕はどんな結果になっても受け入れる覚悟があります。むしろ貴方となら大歓迎です。ただ結婚するのはもう何年か待ってくださいね。万が一のことを考えて外見年齢をもう少し成長させたいので。」


 正面に座るレイモンドが戸惑いを見せるアメリアの手をぎゅっと握った。


「急に、そんなこと。ズルいです。」


 アメリアが小さく呟く。


「本当はゆっくり口説こうと思っていたんですが、それじゃあ間に合いそうもありませんでしたので。ごめんなさい。」


 そっと握ったアメリアの手にレイモンドは優しく口づけをした。


「あ、お迎えが来ましたね。」


 レイモンドはそのまま立ち上がると大きく相手に向かって手を振った。



昨日どうしても直したいところが出てアップできず。


やはり連投は難しいですね……。

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