2.初めてのお出掛け
「おはようございます。カメリア様」
メイドに起こされて一瞬言葉に詰まった。
見慣れない部屋に自分の物でないベッド。
そうだった、ここはルイタス。そして自分はもうカメリアなのだ。
「おはようございます。サブリナはいますか?」
唯一ルイタスまでついてきてくれたサブリナ。侍女長を退任して今はアメリア付きの専属となった。
「サブリナ様はお食事の準備の監督に出られています。お着替えは私が申し使っておりますのでこちらに。」
アメリアは準備されたドレスが自分の持ち物でないことに驚く。薄いピンクのレースをふんだんにあしらったそれは一目見て高価な物だとわかる。どう見ても普段着のドレスではない。
「エルカイル殿下からの贈り物でございます。ご一緒に朝食をと既にお部屋でお待ちですのでご準備を。」
自分のドレスをと言おうとしたが、未来の夫からの贈り物と言われてしまえば断るわけにはいかないそれも当人が部屋で待っているというのだから急がなければならなかった。アメリアは朝から慌ただしくメイド数名によって着替えさせられることとなった。
「おはようございます。エルカイル殿下。」
準備をして部屋に行くと既に食卓には数々の料理が並んでいた。そしてテーブルを挟んで向かい合う形で椅子が二つ。その一つの傍らには既に殿下が立ってる。必然的にアメリアの席は決まっている。彼女がゆっくりと椅子に近づくと何故か殿下もそこへ近づいてきた。
「殿下、そんな事なさらないでください。」
エルカイル殿下によってアメリアの座る椅子がスッとひかれる。その給仕の者がする仕草に驚いたアメリアは座る事も出来ず声を上げた。
「俺がしたいだけだ、気にするな。贈ったドレスも良く似合っているな。昨晩仕立てさせたが間に合って本当に良かった。」
耳元で囁かれてついつい頬が火照る。そのままアメリアはゆっくりと腰を下ろした。
先程袖を通して判ったが自分の体形にピッタリと合わせてあるドレス。既製品ではこの様なものはあり得ない。昨日注文をして今朝には仕上がっているとは、いったいどんな無茶な発注をしたのだろう。これもルイタス王家の力という訳か、昨晩の職人さんたちの苦労が偲ばれる。
「朝食が終わったら街を案内する。何か予定はあるのか?」
「いえ、何も。」
家族でない人間と二人きりの食事という初めての体験にアメリアは始終緊張しっぱなしで何を食べているのかも覚えていない。勿論王子との会話の内容など理解しているはずがなかった。
あっという間に準備され何故かアメリアは馬車に乗せられていた。隣にはサブリナ、向かいに座るのはエルカイル殿下だ。
先程は国一番の高さの建物を見学しその屋上から見える景色に圧倒され、途中で躓き転びそうになると王子自らアメリアを抱きかかえて馬車まで運んでくれた。その後、闘技場と博物館の見学を終え昼食のために予約してあるという店へと向かっている。
「流石のルイタス一と言われている博物館でしたね。近代の物は勿論見ごたえがありましたし、古代の巻物までそろえられていて大変興味深く素晴らしい品々に始終感激いたしました。あの場所なら毎日通っても厭きない自信があります。」
始めこそいきなりの外出に戸惑っていたアメリアだったが、元々書物を読むことが習慣づいていてそれに派生して歴史物や造形物に関心があったアメリアは書物による写真でしか見た事ない品々が目の前に展示されていることに大変興奮した。
「そうか。博物館に入ってからは時折立ち止まっては無表情ながらじっとその場を動かない貴方を見て何か展示物に不審な点でもあるのかと冷や冷やしていたのだが、あれは感激していたのか。」
「おかしな行動でしたね……すいません。」
「そうか、毎日か。叶えて差し上げたいが……流石にそれは無理だな。」
クスクス笑うエルカイル殿下を前にアメリアは真っ赤になって下を向いてしまった。
「武力のルイタスと思われているが文化的な面も疎かにしてはいない。クリークと違う風習が多いルイタスだが是非この国を好きになっていただけると嬉しい。」
(なあ、歩き回って疲れていないか?)
エルカイル殿下に乱れた髪をそっと指ですくわれながらそう優しい声で呟かれて、聞き間違いかと思った。そしてそのまま頭にそっと殿下の大きな手が自分の頭に乗せられて何と答えたらわからなくてアマリアはそのまま動けない。トクトクと波打つ自分の心臓の音とゆっくり帰路を進む馬のひづめの音だけがずっと耳に聞こえていた。
食事を終え店から出ると数名子供が蹲っていた。どの子もボロを纏い薄汚れている。彼らはアメリア達が出てきたと分かると一斉に立ち上がり小さな手を前に出して見つめてきた。
「何か食べ物を、ください。お願いします。」
アメリアが驚いているとエルカイルは心得ていたようで直ぐに随行していた従者に目くばせをした。男はそのまま店に入っていき大きな袋を持って戻ってきた。
「これでよいか?」
従者が一番年長とみられる少年に袋を渡す。少年はすぐに包みを開け嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。」
早速袋の中身を分けはじめる子供たちの横を通り過ぎ、アメリア達は馬車に乗り帰路に就いた。
「あれは、何なのですか?」
馬車が走り始めて暫くしてアメリアは口を開いた。
「恐らく身寄りのない子供たちだ。この国は戦が多いから戦で親がいなくなる子供も多い。今日は私たち王族を見つけて日々の食事を欲しがって待っていたのだろう。」
いわゆる戦争孤児。書物で知っていたが侵略戦争を廃止しているクリークでは見かけない衝撃的な光景だった。それに、彼らは国で保護されるべき対象のはず。
「国で、保護施設はないのですか?書物で読んだことがあります。」
「ああ、そういう制度の国もある。しかし、我が国では有望な子供の将来を見据えて貴族が私的に囲う意外は今のところは正式なものない。戦にも金がかかるからな。」
要約すれば戦に多額の予算をまわしているので孤児の保障にまで手が回っていないと言う事らしい。国の方針に口を出すわけにはいかないがそれでは人は育たないのではないだろうか。城に引き籠っていたとはいえ一国の姫としていつかは結婚してどこかの王族に連なるものとの伴侶になる事もあると言う心構えのもと帝王学は一通り学んでいるアメリアにとっては少し残念な話だった。歴史あるクリークとは違い、やはり武力中心の若い国家ゆえなのだろうか。
「殿下。」
「でも、俺はそれでは駄目だと思っている。残してきた子供の事を安心していられるような国でなければ親は安心して戦に行けない。それに残された子供も育たない様ではこの先の未来は困難しかない。父もそれはわかっているが隣国との諍いが続く今ではそれは難しく、計画を実行するのは俺の代でと思っている。」
思わず口を開きかけたアメリアだったが被せるように話し出したエルカイルの未来を話す言葉に思わず聞き入ってしまった。祖国で聞いていた力だけ中心の、成り上がりの国と言われているルイタスだが未来を語る王太子のその瞳はそれとは違い、大変遠い先を見据えているようだ。
「私、思い違いをしていました。」
「フッ、武力だけの脳筋国家とでも?」
図星を刺されてアメリアの目があらぬ方向へと泳ぐ。
「まあ良い。おいおい理解してもらおう。それより貴方は成人したばかりと聞いているが思った以上に博識で思慮深いな。同世代と話しているような気さえしてくる。」
成人したばかりなのはカメリアで勿論アメリアは二十歳を随分超えている。エルカイルは確かもうすぐ二十八歳だったはずだから確かに年はそう変わらない。
何と答えようかと考えながら殿下を見つめると不意に彼の目元が優しく下がった。
「久しぶりに楽しい会話が出来て礼を言う。」
「こちらこそ。今日は一日楽しかったです。」
朝はあんなに緊張していた『二人だけの会話』が今はこんなに胸の奥が暖かくなるなんて。
国を離れたばかりのアメリアにはそれがなんという感情なのか、まだ分からなかった。
◆◆◆
エルカイル殿下との外出は予想外に楽しいものだった。しかしやはり久しぶりの外出。ここ何年もほぼ引きこもり状態だったアメリアにはハードすぎた。ベッドに横になるとどっと疲れが出る。
自分のために当然のようにお茶とクッキーが用意されているテーブルを見つめて日中に見た孤児たちの事を思い出した。幼い頃に母を亡くしたアメリアの環境は恵まれていると思う。でも彼らの境遇は少しだけ自分と被って見えた。この国に来たばかりの自分では何ができるのかわからないが少しでも彼らに寄り添えたらいいなと思う。
まあ、その前に自分のこの状況を何とかしなければならないのだが。
『アメリア。お前はこれからいくつかの選択を迫られる運命にあるよ。』
アメリアは海辺の屋敷で聞かされたお婆様の言葉を思い出していた。
それはルイタスへ向かう前、彼女は生家である海辺の屋敷を訪れた時の事。
今は王家の直轄地になっている海辺の屋敷にある自室の窓から波の音を聞いているといつも不思議と心が休まる。だから時折今回のように考え事をしたい時などには自然と足が向くのだった。
幼いアメリアを残して当時の王太子である父へ嫁ぐことなく海に消えていった母は、今の自分の状況をどう思うだろう。窓からじっと海を見つめてアメリアは物思いにふけっていた。
このまま流されるままにルイタスの花嫁になってよいのだろうか?
本当に嫌なら自分も母のように今夜、海に潜ってしまおうか。
しかしそれすらも決断できないのが今のアメリア。
月の姿が海に映ってまるで二つの月が海をはさんで浮かんでいるように見える。
ふと水音がした気がしてそちらに顔を向けるとフードを目深にかぶった人影が見えた。
ここ一帯はあくまでも王室の直轄地、一般の者は立ち入ることは出来ない場所のはず。
バルコニーからその人物を見ていると不意に目が合った。
「アメリアかい?降りておいで。」
囁くような女性の声。
あのフードの人物だと思った。
バルコニーと海辺はとてもはなれているのに何故聞こえたのだろう?
アメリアの足は自然と外へと向いていた。
月明かりでほの明るい海辺へ出ると大きな白いベンチの所に先程のフードの女性が座っていた。アメリアが近づくとそっと端により隣に座る様に促してくる。
「人の成長とは早いものだ。ずいぶん大きくなったね。」
アメリアを見つめるその瞳は月の明かりに照らされて鈍い銀色に見える。そして目深に被ったフードからは幾筋かの長い銀髪が流れ出ていた。流石にこれだけ印象深い色合いの人物なら忘れるはずがないのだが記憶にない。
「私……お会いしたことありましたか?」
アメリアが訪ねた。
「お前が生まれた時から知っているよ。皆は私の事を『海のお婆』というね。お前の母にはババ様と言われていたよ。」
「母とお知り合いなんですか?」
初対面のはずなのに何故か話しやすい。
「ああ、知っている。お前に父とも一度だけ話した。」
お婆はそう言うと被っていたフードをばさりと取った。
とたん美しく波打つ長い銀髪が現れた。お婆と言うには早すぎる美しい女性。
彼女はフードをとってスッキリしたのか両手を組んでグイっと背伸びをした。
「さあ、少し昔話をさせて貰おうかね。」
暫くは連日投稿予定です。
よろしくお願いします。