20.悪夢
暫く繁忙期で滞りました。
神殿の奥、多くの真珠たちが寝来る場所へと消えていったソニンに向かってその場にいた者たちがそっと手を合わせている。
「人魚の王になるとここに収められている真珠へと姿を変えて眠っている同胞に力を注ぐことが毎日の日課なる。ソニンも王になってからは毎日通っているんだね。」
婆は小さく呟いた。
「海の魔女様、アメリア様。ご案内します。」
神殿の出口で待機していた騎士たちが用意した大きな絨毯に乗り込みアメリアたちは遠くに見える美しい人魚の城へと向かった。
アメリアは夜中に目を覚ました。
一瞬自分がどこにいるのかと慌てたがそう言えばここは人魚の城であることを思い出す。
先程までアメリアは夢を見ていた。
とてもリアルな夢。
荒れ狂う海上に多数の船が浮かんでいた。その穂先には見慣れたルイタスの紋章の旗。それは強い雨風にさらされて今にも折れてしまいそうに見えた。そんな中、数人の男達がバタバタと船外で作業をしている。
嵐の中での作業は大変危険ではないだろうか?そう思っていると案の定、一人の男が突然船から落ちた。あわてて他の者が船内に報告し船外には人が落ちた彼を探すために灯を持った人で溢れる。
その中に見知った男がいた。
『………エルカイル様』
雨に濡れることを気にせずに彼は必死に海上を見つめた暗い闇の中に消えていった男はきっと見つけることはできないと知っていつつもそれを無視することは出来ない優しい彼だとアメリアは知っていた。
彼はじっと海を見つめ、その後そっと瞼を閉じる。
その直後だった、船の真横からの大波が大きく船体を揺らし彼らは海へと放り出された。
実際に見ていたかのような夢にアメリアの指先は冷たくカタカタと震えている。
気が付くと隣の部屋にいたはずのお婆がいた。
「何か見えたのかい?」
「夢を……見ました。エルカイル殿下が海に落ちる夢。」
「それは本当に夢なのだろうかね?お前さんは今薬の効果で人魚の気質が濃くなっているんだ。」
婆はアメリアのベッドへゆっくりと腰を下ろした。
「確かあの王子はお前の血を少量だが口に入れたんだったね。」
「はい。」
「それなら近くに居たら危険を感知することはできる。それもここは人魚の居住する海域だ。全ての海と繋がっている。」
では先程の光景は今本当に起きていることなのだろうか?
アメリアの顔みるみる青ざめていく。あそこに王子であるエルカイルがいたと言う事は、あれの護衛でアメリアが知っている騎士達もいたのかも知れない。もしかしたらエルアトスも?そう考えるとても怖くなった。
「婆さま、私はどうしたらいいのでしょう?」
「ちょっと、手を握るよ。」
婆は未だに震えるアメリアの手をそっと握るとゆっくりと目を閉じる。何やら小さく呟くとふわっと握られた両手が暖かくなった。
そして瞬く目を閉じていた婆が瞼と共にゆっくりと顔をあげる。彼女の視線はここにない物を見ているかの様に遠い。
「ここから少し遠い海だね。船が三艘流されて多数の人間が海に流された。……あの王子がいる。ほとんどの者が木片に掴まっているし、近くの岸に向かって流されているから大丈夫だろう。問題のあの子だけは一人で沖に向かって流されているね……。助けに行くかい?」
アメリアが自分の手を痛いくらいにぎゅっと握りしめている事に気が付いた婆がフッと視線を戻して彼女を優しく見つめると、アメリアはコクコクと頷いた。
「おや、夜更けにどこへ行くつもりですか?」
アメリアと婆が部屋の外へ出るとソニンが立っていた。
「あの感情の揺れは、やはり貴方でしたかアメリア。気になってきてみればお出掛けですか?」
夢を見て動揺したアメリアの気配はソニンにまで伝わったらしい。彼は心配して慌て直ぐ来てくれたのだが流石にお婆のように女性の部屋に直接入ることはしなかったのだという。
「はい……知り合いが……海に投げ出されて危ないようです。」
一瞬彼の事をなんと説明してよいのか迷った。
「ああ、君と婚約をしていたあの国の王子だね。人違いだからと捨てられたんだよね。可愛そうに。」
すでにエルカイルとの事を知っているようでアメリアと婚約を破棄した彼にあまり良い感情を持っていないようだ。
「それは……私が始めに偽ってかの国へ行ったのが間違いだったので……仕方ないんです。」
あんな出来事から始まった出会いだが彼はアメリアにとって初めての恋の相手なのだ。
今もあのことを思うと少々胸が痛むが、それでも今は彼を助けたかった。
「今なら、私が人魚になって助けに行けるとお婆様が教えてくれました。だから行こうと思います。」
ここの海域からならまだ間に合うと言われアメリアは直ぐに決心した。
「人魚のその体なら大丈夫とは言え夜の荒れた海だ、危険だね。今は私の客で保護下にもあるわけだしこの城から出ることは許可したくないな。」
ソニンは、やんわりそうと言ってアメリアの髪を撫でた。
「仕方ないね、私も行こう。」
「え?」
「お婆がいれば安心かとは思うが念のためにね。あと、その男も見てみたい。」
アメリアは突然同行すると言い出したソニンにかなり驚き、最後に付け加られた言葉が少し気にかかった。しかしながらとにかく急ぎたかった彼女はそれなら三人でと直ぐに城を出たのだった。
明日も更新予定。
少し落ち着いたので更新できると思います。




