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1.金の宝石姫カメリア

「よくぞいらした金の宝石姫カメリア。こちらが我が息子エルカイルだ。歴史あるクリーク王国から美しい宝石を一粒、ルイタスに娶る事が出来るとは大変光栄なことだ。二人は一年後に夫婦となる。カメリアはそれまでここの環境に慣れるが良い。」


「初めてご挨拶をさせていただきます。カメリア・ヴァイアス・クリークと申します。何もわからぬこの身ですが精一杯殿下にお仕えできますよう励ませていただきます。」


 玉座に腰かけたままのルイタス国王に対して両膝をついて挨拶するアメリア。夫となる予定のエルカイルは王の傍らで無表情にアメリアを見下ろしていた。自分と彼らの距離がそのままお互いの今の関係を表している。


 完全なる政略結婚。

 彼はこの結婚に何を思っているのだろう。


 彼女は妹の身代わりとなり王太子に会うためルイタスへと来ていた。


 無理な提案だと思っていた妹の発言は王妃の後押しもあり実現してしまった。妹のカメリアと七つ年が離れているとはいえアメリアは童顔なので十六歳と言っても外見にあまり違和感がない。それも身代わりの実現を助けていた。


 後は相手がどれだけカメリアの事を知っているか、なのだが。


「金の宝石姫というだけあってその瞳は美しいな。確かに光の加減で黄金色に見える。」


 満足そうにルイタス王が笑う。権力者というのは皆、黄金を好むらしい。アメリアは無言で首を下げた。そして彼から見えないよう、隠れるように息を吐いた。


 本来はお互いの髪の色を表している呼び名なのだが丁度良いことに瞳の色は逆なのだ。心配していたが都合よく解釈してくれたようだ。


 青い髪に黄金の瞳のアメリア。

 金色の髪に青い瞳のカメリア。


(これで私は今日から《カメリア》、ルイタスの王太子の花嫁)


 王から離れ、彼女のもとに来たエルカイル王子の差し出してきた手にそっと自分のそれを重ねてアメリアはゆっくりと自分の夫となるその顔を見つめた。サラサラの金髪に青い目が美し少し冷めた瞳を持つ青年。


「初めまして、エルカイル様。」

「今日からよろしく頼む、カメリア姫。」


 彼にエスコートされるままに立ち上がったその時、彼の唇が突如目の前に現れた。そしてそのまま重ねられる柔らかい感触。スッと細められた彼の瞼を驚きに見開かれたアメリアの瞳はじっと見つめるだけ。


 突然のことにどう反応してよいのかわからずにアメリアが固まっていると、暫くして彼の唇はそっと離れていった。そしてエルカイルはそのまま紳士的な距離まで離れてニヤリと口角をあげた。


「これからの一年が楽しみだ。」


 アメリアは、ただ口元を両手で覆う事しかできなかった






 ◆◆◆


 時折見る夢がある。

 海辺の小さな屋敷で自分とそっくりな、でも自分とは比べ物にならないくらい美しく笑う人。そしてその女性に抱きしめられている自分。

 感じたことない幸福感に包まれたまま。

 きっとそれは幼い頃の記憶。



 その日もそんな夢を見た。



 それは半年前の出来事だった。



「おはようございます。今日はいつもより早いですね。」


 アメリアはいまだ覚めきらぬ頭のまま侍女長のサブリナに微笑んだ。

 サブリナはため息を一つ着いて後ろに控えた侍女に指示を出す。直ぐに手洗いの桶と手ぬぐい、櫛などが並べられ身支度が始まる。


「忘れていらっしゃいましたねアメリア様。今日は妹姫のカメリア様の成人のお披露目パーティーがございます。いつもの様に部屋に待機というわけにはいきませんよ。」


 侍女たちの見事な仕事によってアメリアの身支度は見事なスピードで粛々と進んでいく。


「この後は軽く朝食をとっていただいて王族揃って来賓の方々のお迎えです。逃げないでくださいよ。」


 顔に出ていたのか釘を刺される。

 愛想笑いさえ上手くできない自分が出迎えの挨拶に立っていても相手に不快な思いをさせてしまうだけの様な気がする。大体、カメリアの為の来賓のお出迎えなのだから自分は不要だと思うのだが。そんなことを考えてはみたものの目の前のサブリナには通用しないので諦めた。


「お嬢様、笑顔です。」


 そう言われて、アメリアは口の両端を上げて笑ってみた。目を伏せた侍女が手鏡を差し出す。


 ……そこには整った顔にひきつった笑いをしている自分の顔が映っていた。


 なんとか来賓の出迎えをこなしたアメリアは一旦自室に戻って一息ついていた。結局出迎えはほぼ無表情で済ませた。本日の主役である妹のカメリアが溢れんばかりの笑顔をこぼしていたので父からも苦情はなく、義母はいつもの様にアメリアを見て冷笑を浮かべているだけだった。


 だから自分などいなくても問題ないと思ったのに。

 アメリアは用意された紅茶とチョコを口に入れながらそっとため息をついた。

 人前で上手く笑えない自分。


 アメリアの母は彼女が二歳の誕生日の当日に海に消えた。


 その後父が迎えに来てからは城に住んでいる。初めこそ大切に育てられたがその後、今の王妃が身ごもり妹のカメリアが生まれてからは、少しずつ周囲の対応が変わっていった。元々あまり感情豊かでなかったアメリアは幼く良く笑う活発な妹姫と比べられるようになり、まだ子供だった彼女はそれが嫌で更に感情を表すことをしなくなってしまった。今では愛想笑いさえ困難。


 青の宝石姫アメリア。

 金の宝石姫カメリア。


 父は姉妹を分け隔てなく愛していたくれていたが、事情を知らない若い侍女の多くが王妃を母に持つカメリアを贔屓していた。まあ、アメリアからしてみれば不特定多数の人間に周囲をうろうろされるより気心知れた古参の侍女が側にいてくれれば不自由することもなかったので気にならない。ただ少人数で自分の世話をしてくれていることで彼女たちに負担を強いていることだけは少々心苦しいところだった。


「アメリア様、そろそろ行きましょう。」


 アメリアの身支度を整えていたサブリナが胸元の懐中時計を確認して言った。

 カメリアの誕生パーティーがそろそろ始まる時間。流石に姉であるアメリアが欠席するわけにはいかなかった。



 会場へ行くとパーティーに参加するには質素すぎる服装の男性とすれ違った。腕に見知った腕章を確認してアマリアは首をかしげる。


 ルイタス王国の使者?


 今で頃友好国をとして付き合っているが一時は侵略戦争を仕掛けられた時もある程の情勢次第で敵にもなれば味方にもなる危うい関係の国だ。何かあったのだろうか?


 大広間の横にある控室に入ると奥に父がいるのが見えた傍らには王妃とカメリアが何やら深刻な表情をしている。厭き程の他国の使者の横顔が脳裏にちらつく。良くない予感しかしない。


「お父様、どうなさったのですか?」


 あくまでも気が付いていないふりをしてアメリアは父に声を掛けた。


「ああ、アメリアか。」


 父は少しだけため息をついた。


「先程ルイタスの使者が来て、王太子とカメリアの婚約を申し出て来たのだ。この日を選んできたのだから娘が成人するのを待っていたのだろうな。おめでたい話なのだが、カメリアはこのように泣き出してしまったのだよ。」


 傍らには両目を真っ赤に泣き腫らしたカメリアがいた。


「だって、戦争で領地を広げて成りあがった暴力的な一族なのでしょう?そんなところの王子に嫁ぐなんて……。」

「成人になって初めてのパーティーが独身最後の物になるなんて娘が可愛そうです。」


 泣き崩れるカメリアを抱きしめながら王妃も下を向いて辛そうに呟く。


「しかし、以前から隣国の脅威からの庇護を願っていたのは我が国で、その交換条件としてのあちらからの提案だ。それもカメリアを次期王妃として迎えるというのだから破格の待遇だ。……断るわけには行かないだろう。」


 かの国から指名されたわけでもないアメリアは唯々聞いているだけしか出来ずにその場で立ち尽くしていた。ドアの向こうではあらかじめ告げてていた刻限になっても主賓が現れない事に異変を感じて来賓の方々がざわめき始めている気配がする。


「お父様、何か問題があったことをそろそろ来賓の方々に気付かれます……」


 アメリアがそっと父に耳打ちをする。


「そうだ、お姉様が行けばいいのよ。どうせ部屋に引きこもっているだけなら何処に行っても大丈夫でしょ?」

「は?」


 アメリアは突然の妹の提案に反射的に聞き返していた。

 家族以外の人と満足に話もできない自分に何が出来るというのだ。外交問題にもなる結婚の事を簡単に思い付きだけで話さないで欲しい。流石のアメリアも黙っていられなかった。


「何を言っているの?『カメリア』に来たお話しでしょ?」


 指定した人物以外の者が名乗りを上げるなど下手をしたら相手の事を侮辱していると捕えられかねない。


「だからお姉様が『カメリア』になればいいじゃない。私たちの顔なんであっちは知らないんだからバレないわ。」


 カメリアは誰もが見惚れる笑顔でニッコリと微笑むと、問題は解決したと言わんばかりに自分の誕生日を祝うため勢いよく大広間に続くドアを開け颯爽と出て行った。


 困惑した父王とアメリアを置き去りにして。



 そんな子供じみた提案、通るはずがないとその時のアメリアは思ってたのに。

 本当に妹の『カメリア』として挨拶をすることになるとは。


 その当時、誰も思ってもいない事だった。

新連載です。

とりあえず明日も更新予定。

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