17.ドレス
すいません。
短いです。
目が覚めたらいつもの天井が見えた。ふんわりと気持ちの良い寝台にゆっくりと身を起こすと大きく作られたその窓の外に幼い頃から見慣れた街並みが見える。
アメリアはクリークに帰ってきた。
(ここはルイタスではない。)
既に帰国してからずいぶんたつのだがなぜか朝には同じことを思ってしまう。
ベッドサイドにはアメリア起きる時間を見計らって湯気の立つ薬湯が入ったカップが置かれている。
一年中を通して気温が上がらず特に朝は冷え込むクリークでの少々寒がりなアメリアの為に用意されるいつもの習慣。そう言えばルイタスは暖かかったとふと思う。
ドアを叩く音がしたので返事をするとサブリナが入ってきた。
「アメリア様。今日は皆様とご一緒に朝食を取られませんか?」
「………まだ、体調が戻りませんと伝えてください。」
「そう言われて既に五日は経っておりますので、流石に仮病と判断されていますが?」
「体調が戻りません。」
「わかりました。」
「シェフの労力と食材は無駄にしません。朝食は、持ってきてください。」
綺麗なお辞儀をして部屋を出て行ったサブリナを確認して、アメリアは深いため息をついた。
まだ五日しか経っていないのか。一人で閉じ籠ってからとても長い時間が過ぎたと思ったのに実はそうでもなかった。
帰国した夜、父に挨拶に行ったときに同席していた妹に会ってしまった。
すまなかったと謝罪する父の隣で彼女に嬉しそうにおかえりなさいと言われて、頭の中が真っ白になった。その日の晩餐は何を食べたか、何を話したか……記憶にない。
そして次の日からアメリアは部屋から出てこなくなった。
元々クリークでは外出の習慣はなく引き籠りがちだったアメリアは、家族との食事の時以外はほとんどの時間を自室で過ごしてた。だから日常に支障はなかったはずなのだが、困ったことに今はそれが思うようにいかない。
ルイタスへ行く前までに楽しんでいた読みかけの本も一度手に取ってみたが、そのページを眺めているだけで一時間が過ぎたことを知り本を閉じた。新しい本を図書館に探しに行けばよいかと思うのだが、妹と顔を合わせる事が心配で部屋を出る気になれない。
因みに妹の事がキライになったわけではない。
それは彼女に会うと思い出してしまうから。
その時、誰かが彼女を呼ぶ『カメリア』という言葉が、かつて自分をそう呼んでいたあの人を思い出させてしまうから。だから、今はまだ一人で部屋に籠っていたい。
「昨日、深夜にエルアトス殿下がいらっしゃいましたよ。」
「え?」
サブリナは持って来た朝食を配膳しながらついでのように口にした。
「深夜でしたので、詰所にいる衛兵にご本人確認の為に私が呼び出されてお会いしました。パントバリウス陛下からの親書を預けていかれましたよ。あとアメリア様を大変気にしておりました。」
「わざわざエルアトス様がいらしたのですか。」
ルイタスを出るときには所用で出かけていて会うことがかなわなかった少し幼い顔つきの、でもとても鋭い眼差しを持つ青年を思い出す。
「内容については隠されていましたが遠征のついでの立ち寄りだそうです。因みにエルカイル様は既に現地に行かれているようですよ。」
「そうですか、お怪我をされなければよいのですが……。」
そう呟いてしまいアメリアは、はっと我に返る。もう彼は何の関係もない相手なのだ。婚約者というフィルターを外してしまえば相手は最強の騎士と恐れられている王太子。自分が心配するするなど恐れ多い。
「アメリア様、エルアトス殿下がこちらをお持ちになりました。」
それは一冊の本と少し大きめの包み。
本についてはアメリアがルイタスで読みかけのまま司書に預けていた物だった。確かこの本は持ち出しは禁止だったはず。さらに言えばここは国外だ。エルアトスがどのようにしてあの司書を説得したのかとても興味がわいた。
そしてもう一つの大きな包みを受け取るとその大きさにしては重さが軽いことに驚く。アメリアは一つの可能性を感じてそっと包みを開けた。
中から出てきたそれは柔らかな布地のふんわりとした部屋着のドレス。
それは慌てて仕上げたのか少し乱れた縫い跡と、豪華な飾りは一切ないとてもシンプルな物だった。
包みからひらりと落ちたメッセージカードには差出人は無く、『アメリアへ』ただそれだけ。
アメリアはそれをぎゅっと抱きしめた。
婚約破棄を告げられたあの時、アメリアはルイタスで貰った全ての物を置いてきた。
侍女たちが確認をとってくれて全てアメリアの物だと言われた。でもそれは結局カメリアのために用意されたものであることは変わらない。
彼がガセリアがから帰国後、話し合う場も設けることなく一方的に婚約破棄をされたあの時、やはり自分は偽物だったと思い知らされた。だから全部置いてきた。
きっぱり諦めたはずなのに。
これはきっと初めての贈り物だ。
彼から贈られたであろうそのドレスが暖かくアメリアの心を包んでいた。




