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16.好き

いつもお読みいただきありがとうございます。

 彼が部屋を出て行き完全にその扉が閉まるとアメリアはへなへなとその場にしゃがみ込む。


「姫さま?」


 サブリナが心配して覗き込むとそこにはへにゃりと頬を赤く染め少々涙目のアメリアの顔があった。


「初めて……名前を呼んでくれました。こんなに嬉しいなんて……困ります。もうすぐお別れなのに。」


 今までは妹の名前『カメリア』と呼ばれていた為、無意識に彼との関係をどこか他人事のように感じていたのだと今、気が付いた。だからいつか本当の事を告げてここから去る事になると考えた時も、暫くお世話になった事による少しの焦燥感のみがあるだけだったのだ。しかし、それは大きな勘違いだったと、今日初めて理解した。



「どうしましょう。好きになってしまいました……。」






 エルカイルは彼女の部屋を訪れる前に感じていた悲壮感がすっかり解放され、逆になにやら高揚感すら覚えながら王の寝室への廊下を歩いていた。



 今までずっと感じていた違和感の真相はやはり彼女が別人だったと判明した。

 

 だがそんな些細なことは今更どうでもよいことだった。


 懸念していた父の為の薬も手に入ったし、人魚の血筋の問題も彼女は混血であり本人曰くその効果は望めないと言っていた。それならガゼリアも無理に欲しがらないはずだ。毒を盛られた事は許しがたい行為ではあるがまあ、今回の事は本当のアメリアに気付かせてくれたことを差し引いて少々痛めつける程度で収めてやるつもりだ。


 彼女がいきなり首筋に刃物を向けようとした時にはかなり慌てた。そしてその後、納得させるためについ遣ってしまった傷口を舐めるという行動で恥ずかしそうにしていた姿は今思い出しても少し顔がにやけてしまう。


 彼女は今までのどんな女性よりも愛しかった。


「アメリア。」


 そう口にすると、ふんわりと胸が暖かくなる。

 早く面倒な用事を片付けて、改めてゆっくりと彼女に会いたいと思うエルカイルだった。





 ◆◆◆


「ユリース王太子殿下、ルイタスよりエルカイル様が到着されました。」

「思ったより早い到着だね、じゃあ僕個人用の客室に通して。サラス、彼女を連れてきてもらえる?」

「はーい。」


 ユリースは王の代理で署名をするべく目を通していた書類達を丁寧に箱にしまうとゆっくりと立ち上がった。


 時間はまだ早朝といえる時間帯。


 この時間にガセリアに到着するためには彼らの国をいったいいつ出発したのだろう。


 ご苦労様な事だ。


 相手は夜通し馬を走らせ到着、反して自分は相手が面会に来るのを待っているだけ。

 ユリースは既にそれだけで相手の優位に立てている事が愉快だった。武力では到底かなわない相手なら少し頭を使えば良いだけの事なのだ。自分の思い通りに事が進んでいることを彼は当然のことのように思い、満足していた。



「やあ、エルカイル王子。遠いところお疲れ様。」

「ああ。」


 ユリースが扉を開けると既にルイタスの王子は部屋にいた。無表情で立ったままで折角その傍らにふかふかしたソファがあるのに彼は興味がないらしい。


「おや、一人かい?」


 辺りを見回すがこの部屋にいるのはユリースとエルカイルだけ。

 本来ならここにはもう一人同伴者がいる筈なのだが、少しだけ予想と違う展開にユリースは目を細めて不快感を示す。


「『誰か』と共に来ていると思ったのか?」


 無表情だったその顔が少しだけ唇の先を上げた。


「……そうだね。そう伝言しなかったかい?」

「伝言……そうだな。彼女は必要なくなったから連れてこなかった。」

「必要なくなった……まさか……殺したんじゃないだろうね?」


 ユリースの背中にゾクッと悪寒が走った。

 誤算だった。

 騙されたと知って『必要なくなった』彼女を激情に任せて殺してしまったのだろうか?失念していたが十分あり得る展開だ。


 その場合この状況は大変まずいことになる。


「さあ、どうだろう。それより解毒をお願いできるかな?ユリース。混血の彼女の血は効かなかった。」


 優雅に鞘から抜き取られた剣の先がゆっくりとユリースの前に伸びる。


「ちょっ、ちょっと待って。直ぐ用意するからそれしまって。解毒剤、そこの引き出しにあるから!」


 武力で敵う相手ではない事は重々理解しているユリースは応戦する気配もなく両手を軽く上げながら素直に降参の仕草をした。そしてそろそろと執務机の前に行き、引き出しの中にあるのは毒薬と解毒薬二種類の小瓶。それをじっと見つめる。


「アメリアはルイタスにいるぞ。」


 小瓶を取ろうとしたユリースの手がピクリと止まった。


「ん、どうした?早く解毒剤を貰えないかな。これでも君達に盛られた毒が割と辛いんだが。」


 そう飄々と言いながら優雅にソファに座る男が化け物に見える。

 あの毒でここまで馬にの乗り移動してさらになんの苦痛の表情も見せない。強靭な精神力もしくは化け物としか思えない。ユリースは大きなため息を一つ、ついた。


 これでは『毒薬』の方を彼に渡すわけにはいかなくなった。恐らく城の外には彼の精鋭の部下たちが待機しているだろう。この男に何かあればすぐさまルイタスに帰還して彼女を亡き者にするに違いない。それでは困るのだ。

 ユリースは伸ばした手でゆっくりと解毒薬を掴んだ。


 そのままエルカイルの座るソファのサイドテーブルに置く。彼は直ぐにそれを開けるとなんの躊躇もせずにグイっと飲み干した。


「すまなかったね。軽い薬のはずが手違いがあったようだ。ところで……ルイタス王はご存命なんだよね?」

「ああ、父は手持ちの薬で回復したよ。良かったな。」

「うん。」


 ユリースは心の底からほっと息を吐いた。これでかの国の王が命を落としていたらこの部屋で生き残る確率はゼロに近かった。どうやら最悪の展開は免れたようだ。


「それで……。」



「サラスです。お連れしました」


 ドアをノックする音と共にカチャリとドアノブが回され、一組の男女が姿を表した。


 二人を見たエルカイルは一瞬驚いた表情をしたが、あえて無言のまま会釈をした。


「サラス、ご苦労様。カメリアこちらへおいで。」


 ユリースがすかさず二人を近くに呼び寄せる。


「エルカイル王子、『見て』わかる様にこちらが本物のカメリア姫だ。君の婚約者だろう?」


 見事な美しい金髪の姫を抱き寄せたユリースは改めてカメリアをエルカイルに紹介した。


「そのようだな。」


 エルカイルは一言そう呟く。


 そんな彼を無視して美しい金色の少女は辺りを見回すと直ぐに不満を口にした。


「ユリース様、お姉様はどうしたのです?姉がここにくれば私は元の自由な生活が取り戻せるんですよね?もう城で姉のフリをするのは厭きました。」

「アメリア姫はまだルイタスにいるらしいよ。でももうアメリアのフリは必要ないみたいだ。良かったね。」


 ユリースがそう言って彼女をなだめる。


「何故です?姉なら可愛い妹の私が人質になったと言えばすぐここ来るはずです。あの野蛮な国に姉は染まってしまったのでしょうか。それなら早く彼女を取り戻してここに連れてこなければいけません。お姉様はこちらにいる方が良いに決まっています。」


 目の前に、その『野蛮な国』の王子がいるのだが……それすら彼女はわかっていないのだそうか。唯々自分主張を述べ続ける女性を見つめてエルカイルはルイタスの城に居る『カメリア』との違いに頭痛を覚えた。


「ユリース、君は『コレ』とアメリアを交換しろというのか?」

「だって君はカメリアと結婚したいんだろ?」


 おかしなことを言うなと彼の瞳がエルカイルを見つめる。


「この子の身代わりでそちらに行ったアメリア姫はガゼリアに必要な女性なんだ。帰して貰えないかな。」

「人魚の話か?彼女は混血だ、必要ない筈だが。そちらの事情は調べたぞ。」


 調べたところガゼリアの現国王が最近不治の病であることが判明したらしい。その為の求婚だったのだろう。


「あ、知ってたの?でも寧ろ早く僕が王になれるだけだから関係ないよ。僕は小さい頃から彼女が大好きなんだ。良いだろ?返してよ。あの子は、カメリアの身代わりのアメリアなんだよ。」


 それでも何故か引こうとしないユリースにエルカイルは苛立つ。


「わかった。」


 エルカイルは突然そう言うと立ち上がりカメリアをちらりと見た。


「おい、妹。クリークに帰るなら途中まで送るぞ。」

「え、あ……帰る。荷物持ってきます。」


 エルカイルの誘いに驚きながらもカメリアがいそいそと部屋を出て行く。


「今回の事はこれで終わりだ。一回だけだ。二度目はないのでそのつもりで。それと、そこの男、今後ルイタスに足を踏み入れたら殺す。」



 その後、エルカイルとクリークの姫はガゼリアの城を後にした。





 そしてその翌日。


 ルイタスに帰還した王子エルカイルはクリークの宝石姫カメリアとの婚約破棄を宣言した。

まだまだ話は続きます。

引き続き更新がんばります。


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