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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第99話:束の間

 そこへ、ルシエルの攻撃で吹き飛ばされたクオンがやってくる。身体の至る所から血が流出し、そうでない所も傷と汚れに塗れていた。唯一、彼が手に持つ遺剣だけは絶えず変わらない美しさを保ち輝いている。彼は眼にかかる血を袖で拭いとると小さく息を零し、すぐ横に浮かぶアルピナを一瞥する。


「ん? アルピナか?」


「なかなか苦戦しているようだな、クオン」


 羽織るコートと腰に纏うスカートを風に靡かせつつ肩程の髪を柔らかに流すアルピナは、苦戦している様子の彼をみて微笑を浮かべる。


「当たり前だろ、相手はルシエルなんだからな。そもそも、幾ら契約を結んでいるとはいえ生身の人間で天使の相手をしろっていうのが巫山戯てるんだ。即死してないだけでも凄いと思ってくれ」


 まったく、とクオンはアルピナと背中合わせになって遺剣を構える。龍脈が迸り、アルピナの魂から溢出する魂と綯交される。その複合した力を魔眼で感じ取ったアルピナは、懐かしいな、と呟いて笑顔を浮かべた。


「以前も、こうしてジルニアと背中を預け合って戦ったものだ」


「いつも二柱で戦ってたんじゃないのか?」


「それは戦前の話だ。開戦以降は、常に味方として共に戦い続けた」


 さて、と二柱は揃って小さく息を吐いた。琥珀色のクオンの瞳も、サファイアブルーのアルピナの瞳も、それぞれ金色に輝いて敵を威圧する。そして、迫りくる敵の攻撃に対して真っ向から立ち向かうのだった。



 遠くの空で眩い閃光と轟く爆発音が生じる。空気が振動し、大地が激震する。曇天の中に雷鳴が重なり、その奥からは琥珀色の空が再度が顔を覗かせようとしていた。

 聖力と魔力と龍脈が激突し、綯交された高密度の覇気が波のように辺り一面に広がる。建物は倒壊し、灰色の廃墟は嘗ての陽気で穏やかで賑やかな喧騒の香りを失い、崩れた瓦礫に微かな面影を残すだけだった。

 苛烈さが留まることを知らない死地。人間同士の戦争では決して起こりえない絶望と虚空の色と香りは、人類史に大きな爪痕として残ることは確実だろう。それがどの様な名称で、どのような原因で、どのような経過で、どのような結果で、どのような考察を書かれるのかはこの時代を生きる人間には定かではない。しかし、真実の一欠片すら知らされず完全な被害者として利用され巻き込まれただけのヒトの子。そんな彼らのさらに後世の人間達が描く理想と予想と空想と妄想による産物は、もはや創作物と大差ない出来栄えになるだろう。或いは、いつになっても立ち消えることがない陰謀論の格好の材料として裏社会の立役者になるのかもしれない。

 そんなくだらないことを考えながら、アルバートは遠くで間断なく発生する爆発と光球を見つめる事しか出来ない。しかし、それはくだらないことではないかもしれない。悪魔の名が史実に存在したことはなく、それと契約を結んだ人物が歴史の表舞台に出現したことはない。故に、スクーデリアと契約を結んで軍門に下ったアルバートの心身が純粋な人間のままである保証はない。それを知るのは悪魔である彼女達のみであり、アルバートには知る由もないこと。そのため後世の創作と鼻で笑うべきそれも、或いは直接目にすることがあるかもしれない。

 それより、とアルバートは周囲を見渡す。魔物の雄叫びも断末魔も聞こえなければ人間の叫声も悲鳴も聞こえない。剣と爪がぶつかり合う音も聞こえなければ、地を駆ける音も鳴らない。どうやら、周囲一帯の魔物は粗方狩りつくしたようだった。それでも町の規模と教えられた魔物側の規模からして全体の一割程度でしかないだろうが、これだけの短時間であることを考慮すれば神がかり的な快進撃といっても過言ではないだろう。そして、その成果は戦士達の更なる士気底上げに寄与し、更なる躍進を求めて瞳を輝かせている。

 同時に安全が確保された地では、逃げ遅れた民間人の救助及び避難誘導が進められる。崩れ落ちた瓦礫の中や倒壊していない建物の中から奇蹟的にも死を免れた民間人達が兵士によって助け出される。誰もが軽い傷を負ってはいるものの、しかし極端なほどに冷静さを保っている。

 それがルシエルの精神支配の影響だとアルバートは知っていたが、しかし口に出すことはできず黙って作業に協力する。しかし、イレギュラーな出来事のお陰でルシエルの支配の痕跡が露呈しており、絶好の救出機会であることもまた事実。救助のために近づき適当な会話を交わしている内に、影に潜んでいた新生悪魔ルルシエがその痕跡を消去する。


「いつのまに……!」


「監視も兼ねてスクーデリアから頼まれたの、ごめんね。でも折角の機会だし、このままルシエルさんの精神支配の除去も並行して進めていこっか?」


 小声で簡単なやり取りを交わす二人。そして、誰にも築かれないように着実にルシエルの精神支配を除去していくのだった。そうして自由意志を再獲得した人々は皆それまでの穏やかで平静な態度から一変して、周囲の状況に恐怖と同様の色を振り撒く。その豹変ぶりは誰もが驚くところ。あまり目立つことをしては怪しまれる、とアルバートはその言い訳を考える羽目になる。しかし、英雄様は安心感が違うな、という誰かの一言がその全てを解決してくれたおかげで事なきを得るのだった。


「ふぅ、危なかった」


「ね? でも何とかなったんだし、このまま続けよう!」


 やれやれ、と心中で溜息を零すアルバートは、影に潜むルルシエと引き続き協力して作業を進めていく。しかしその脳内では、救助作業終了後の展開を憂慮していた。

 聖眼も魔眼も龍眼も使えないアルバートは、残存する魔物の数を正確に把握することはできない。気配と音と目視でおおよその数を把握するのにとどまるが、全体の一割ほどを狩ったのは事実として間違いないだろう。それにはルルシエも同意している。ならば、近い将来には全ての魔物を狩りつくすのも時間の問題だった。


 どうする? ルルシエの助けを借りて誰かに報告? いや、手がいっぱいか……。


「どうしたの、アルバート?」


「いえ。それよりどうしますか、この辺りの魔物は一掃しましたが?」


「そうね……もう少し奥に行ってみましょ。まだまだ敵はたくさん残ってるわ」


 そうですね、とアルバートは了承する。しかし脳裏では、煮え切らない思いと燻る霞で困惑の色が浮かぶ。何より、闇雲に進軍して他の悪魔達と鉢合わせするのは極力避けたかった。きっと悪魔達なら配慮できるだろうが、しかし戦いのイザコザによる最悪の可能性を考慮すれば僅かな可能性すら避けたかった。


『おーいアルバート、聞こえるか?』


 突如脳裏に響くのはセナの声。何処から聞こえているんだ、と周囲を見渡すが誰もいない。どうしたの、とアエラに訝しがられアルバートは咄嗟に否定する。


「いえ、なんでも……」


『ああ、悪い。お前は最新感応を使うのが初めてだったな。心の中で話してみろ。それで会話ができる』


『心の中で……』


 半信半疑になりつつも心中で呟くアルバート。しかし瞬く間に、やはり世の中は知らないことだらけであり悪魔ほど未知の存在はないだろう、と彼は思い知らされることになる。


『そうだ。やればできるじゃねぇか』


『それでセナさん、どうされました?』


『ああ、その辺の魔物を狩りつくしたみたいだからな。これからどうするつもりだ?』


 エフェメラとともに、避難した人間達を護るセナ。魔眼で町全体を把握しつつ、新たな魔物を補充しようかと考えつつ問いかける。その瞳は、町の東方で生じるスクーデリア達の戦いが原因の爆発を憂慮していた。


『そうですね。一度補給を済ませ、また別の場所へ行って魔物を狩るようです』


『わかった。なら、東は避けた方がいい。スクーデリア達がいるからな』


『承知しました』


 そこで精神感応は切られる。アルバートは小さく息を吐いて、アエラの方を向き直った。

次回、第100話は1/5 21:00公開予定です

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