第98話:激化
「……行ってしまいましたね」
「ええ……。まあ、一先ずは安心……なんでしょうか?」
遠くで爆発音が間断なく鳴る。雷とも花火とも形容できそうな閃光が何度も炸裂し、灰色の曇天が不穏に光る。昨日までの平和で長閑な町が見るも無残な廃墟へと変貌し、魔物達が我が物顔で徘徊している。未だ逃げ遅れた住民達が建物の中で救助を待って祈っているのだろう。しかし、残った戦力ではどうすることもできない。
『スクーデリア。俺はこのまま人間側についていた方がいいか?』
『そうね。もしもの時に人間を守れるように、貴方はそこにいなさい』
『了解。それじゃあ、エルバを頼む』
精神感応を切断し、セナはエフェメラの方を向く。魔力で造った普通の剣を魔力で造った普通の鞘に納め、金色の魔眼は開いたまま一心に見つめた。
「イラーフ殿。私はしがない旅の者、セナと申します。もしよろしければ、事が治まるまでご協力いたしましょう」
「そうですか? では、よろしくお願いします。改めまして、エフェメラ・イラーフです」
エフェメラは手を伸ばす。それに応える様にセナも手を伸ばし、両者は硬くも柔らかい握手を交わす。虚像の仮面を被った、契約に基づかない同盟が結ばれた瞬間だった。
そんな奇妙な友情を横目に、スクーデリアはエルバの許へ急行する。魔眼で常に動向は観察していたが、あまり順調とは言えなかった。幾ら数的有利があるとはいえ、格上の天使が相手では分が悪いようだ。しかし、誰一人欠けることなく生存しているのは上出来と言えるだろう。
スクーデリアはさらに加速する。音を何倍も上回る速度は、肉眼では残像すら捉えることはできない。そして、ものの数秒でスクーデリアはイルシアエルとエルバ達の戦場に到達する。
今まさに魔剣と聖剣が衝突しようとしたその瞬間、スクーデリアはすぐ近くに着地する。衝撃波と土煙が舞い上がり、その場にいた誰もが戦いの手を止めて彼女を見つめる。
「数日ぶりね、イルシアエル……あら、テルナエルもこっちに来てたのね? 気づかなかったわ」
「スクーデリア候……」
殺気を迸らせて睥睨するイルシアエルとテルナエル。どちらも聖力を溢出させ、辺り一面に撒き散らす。
「よく耐えたわね、エルバ」
「ギリギリな。テルナエル殿が参戦した時は死を覚悟したよ」
「フフッごめんなさいね」
さて、とスクーデリアは改めてイルシアエルとテルナエルを見る。氷の女王の様な冷徹な瞳で睥睨し、鈍色の髪が風に乗って柔和に戦ぐ。同じく淡いドレスワンピースの裾も靡くことで、彼女の上品で優雅な佇まいが一層強調される。
「二柱纏めてかかってきなさい。私が相手をしてあげるわ」
自信に満ちた笑顔は、イルシアエルとテルナエルを嘲笑するに十分に効力を発揮する。イルシアエルもテルナエルも、怒りに満ちた相好でスクーデリアを睨みける。手に握る聖剣が一層輝き、それに対抗するようにスクーデリアも魔剣を形成する。
空ではアルピナ対クィクィの争いかクオン対ルシエルの争いで生じた爆発音と光球が間断なく轟く。死の色に染まった空の下で三柱の神の子は、互いに魂を高ぶらせた。
「行くぞ、スクーデリア!」
そしてついに、スクーデリア達は衝突する。彼女一柱に対し、イルシアエルとテルナエルは息の合ったコンビネーションで畳みかける。対してスクーデリアは、そんな彼らの攻撃を紙一重で全て躱しつつ余裕のある笑顔を見せつつ魔弾で迎撃した。
死亡期間が長かった影響か、それなりに弱体化している様ね。そうでなくても私には敵わないけど、この程度なら多少は楽しめるかしら?
二本の聖剣が幾度となく振るわれ、辺り一面に衝撃波を撒き散らす。それはもはや、エルバ達では立ち入る事すら許されない領域へと昇華していた。
『エルバ、貴方達は魔物の指揮を再開しなさい。この二柱は私が遊んでおくわ』
『御意』
エルバは、近くにいるルーク達悪魔を集結させる。そして、魔物を再編成した上で各自町の各所に散らばるのだった。
その様子を一瞥したスクーデリアは、魔弾で翻弄しつつも改めてイルシアエルとテルナエルに微笑む。
「復活してすぐにしては大したものね。予想以上よ」
「お世辞は結構!」
イルシアエルとテルナエルの攻撃は加速する。鈍色の髪を靡かせるスクーデリアは、涼しい顔でそれを軽く受け流す。そして、お返しとばかりに重い一撃を二柱に叩き込む。その細い腕のどこにそれだけの腕力が込められているのだろうか、と驚愕せざるを得ないほどの一撃は二柱を容易に吹き飛ばす。
フワリ、と音もなく着地したスクーデリアは鈍色の長髪を掻き上げて微笑む。
「まだまだね。ほら、何をしているのかしら? 早く立ちなさい」
妖艶な猫のように挑発するスクーデリアは、艶めかしい瞳で瓦礫に埋まる二柱の天使を見つめた。
町を廃墟に変えながら戦うスクーデリア達の頭上では、爆発と轟音が絶えずなり続ける。聖力と魔力と龍脈が交わりあい、落雷にも似た衝撃が間断なく舞い散る。
アルピナ対クィクィ、クオン対ルシエルの戦いはそれぞれ苛烈さを増し、ヒトの子の領域では近寄ることすら不可能なレベルにまで昇華されている。
ほう。なかなかいい動きになったようだな、クオン。
横目でクオンとルシエルの戦いを観察するアルピナは、クィクィの攻撃を受け止めながら感心する。授けた魔力を自身のものへと昇華させることでヒトの子の領域を超えた力量で戦うクオンの才能は、アルピナをして瞠目するほど。彼女がこれまで見てきたどの人間よりも素晴らしい才を持っていることは確実だった。
やはり、ワタシの眼に狂いはなかったか。さて、ワタシも負けていられないな。
「さあ、どうしたクィクィ? まさか、弱くなったわけではないだろう?」
魔剣を使うまでもないな、とアルピナはクィクィの一撃を手で受け止める。二柱の魔力が衝突し、落雷となって町を破壊する。もはや跡形もなく鳴り廃墟同然となったレインザードの町を眼下に広げながら、アルピナは嗤う。ルシエルの支配を未だ抜け出せず感情も理性も亡失したままのクィクィは、何も答えない。アルピナを敵と見定めて、本能的な攻撃を繰り返す。
「懐かしいな、この感覚。魂を支配され理性と感情を失おうとも、キミはクィクィだ。その本質までは変わらない」
しかし、とアルピナは心中で思い悩む。
どうやって助けるべきか……あまり長くなりすぎては、町に降りて一芝居打つ余裕がなくなるな。
それに、とアルピナは空を見上げる。頭上にはいつもと変わらない曇天が重く圧し掛かっているだけだが、その奥に存在する地界と龍脈を隔てる膜が再度融解を始めようとしていた。昨日のアルピナとセツナエルの邂逅で一度融解し、一晩明けてある程度は修復されたようだった。しかし、流石に一晩程度では完璧に修復されたわけではないようだった。その綻びに再度爪が立てられ、新たな傷となって龍脈が零れだそうとしていた。
つまり、このまま戦いが長引くようであれば地界が崩壊しかねないのだ。
……もって一時間といったところか。
仕方ない、とアルピナは精神感応でスクーデリアに呼びかける。
『スクーデリア』
『聞こえてるわよ。そっちは終わったのかしら?』
『まさか。クィクィ相手にそう簡単に終わる訳がないだろう?』
アルピナはクィクィの攻撃を紙一重で躱しながら笑う。しかし、その瞳は真剣そのもので余裕が失われつつあるのは誰の眼からも明らかだった。
『ふふっ、それもそうね。それより、一体何の用かしら?』
アルピナはクィクィと、スクーデリアはイルシアエル及びテルナエルと苛烈な戦いを繰り広げながら心中で会話を続ける。それぞれの瞳に宿る金色の魔眼は、曇天の下でも映えるほど妖艶に輝いていた。
『いや、予定が少々遅れそうだからな。しかし、君も気付いている通り時間が余り残されていないのが現実だ』
『そうね。でも、一時間もあれば十分でしょう?』
『そんなに自信があるのなら、ワタシと君で役割を変わるか?』
『お断りするわ。私ではクィクィに勝てないもの』
我儘な奴だ、とアルピナは嗤いつつ精神感応を切断する。
次回、第99話は1/4 21:00公開予定です




