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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第97話:三種入り乱れて

 それから間もなく、聖眼で魂の位置を把握できるお陰で目的の悪魔はすぐに見つかった。イルシアエルは上空に浮かんで眼下で魔物を指揮する悪魔を見据える。


 ん? 一柱だけかと思ったら見間違いだったみたいね。


 瞳を凝らして眼下を見据えるイルシアエル。見えづらいが、魔物を指揮している悪魔は一柱ではなかった。そのどれもが、イルシアエルの聖力には遠く及ばない魔力を有している様だった。天使と悪魔の相性差を考慮すれば絶対に負けることはないだろう、とイルシアエルは確信する。


 どれも懐かしい魂ね。誰だったかな?


 神龍大戦で感じたことがある魂達。きっと、最近復活してきた悪魔だろう。悪魔の魂の大多数は復活の理に入れられることなく霧散したはずだが、言い換えれば少ない数の魂は無事に復活の理に入れられたということ。もともと神の子はその母数が膨大。少数の復活者と言えども、その数は人間社会における一国の人口を凌駕する。


 そう考えると、終戦時に生き残りが五柱だけだったのってかなり危機的状況だったのね。


 さて、とイルシアエルは聖剣を構築して握る。眼下で暢気に魔物と戯れる悪魔達に狙いを定めて急降下する。


〈聖炎雷撃衝〉


 音より速く垂直落下するイルシアエル。衝撃波を放ち、落雷の如き煌めきを纏った彼女は、その勢いのまま地面を粉砕する。天地が逆転したと錯覚するほどの激震がエルバ達悪魔と魔物を襲撃する。


「クッ……これは⁉」


 辛うじて体勢を立て直して地面に着地したエルバは、訳が分からないといった具合で頭を振る。金色の魔眼を開き、溢出する濃密な聖力を感じた時、その正体を察知する。


「イルシアエル殿……まさか貴女まで来てたか……」


「ああ、その声を聞いて漸く思い出したよ。貴方、エルバね?」


「ふッ。覚えて頂き光栄だな。全く嬉しくない再会だけどね」


 エルバはその運の悪さに舌打ちを零す。復活したばかりで魔力が低下しているのはもとより、エルバとイルシアエルではイルシアエルの方が格上である。その上、天使と悪魔の相性差を考えたら例え全盛期の力を取り戻しても勝てる可能性はゼロに近い。他の悪魔と協力すれば多少の可能性は見えてくるが、総じて魔力が低下している現状ではどうやっても勝ち筋が見えてこなかった。

 それでも、とエルバは魔剣を生成して構える。座して死ぬくらいだったら、多少の足止めくらいはしてやろう、という気持ちでイルシアエルを睥睨する。

 そんな彼女は、エルバと同じように魔剣を構える悪魔達を懐かしそうな相好で一瞥する。


「随分懐かしい悪魔が復活したんだね。エルバに、ルークに、ピジョップに、レギアスに、ビルディア……。後は見慣れない悪魔ね。最近生まれたばかり?」


 神龍大戦終結後、悪魔は五柱しか生き残らなかった。。その上、その五柱のうち四柱も今から9,000年前に行方不明になり、残りの一柱も10,000年前から姿を消していたことから、天使-悪魔間の差が顕著になっていた。その為、神の子の責務を滞らせないために直近10,000年の間に大量の悪魔が生まれた。そんな彼らとは、流石のイルシアエルも面識を持つ機会がなかったのだ。


「雑兵を幾ら集めても無駄よ。相性差は覆せないからね」


「それでも、やるしかないからな」


 幸い、近くにヒトの子はいない。つまり、ある程度力を開放してもバレる心配はないということ。今一度魔眼でヒトの子がいない事を確認したエルバは、魂から魔力を放流する。そして、ルーク達とともに、濃密な聖力を纏う無翼の天使イルシアエルに立ち向かうのだった。



 同時刻、テルナエルもまた町の上空に浮かんで眼下に潜む魔力の主を探す。目的の魔力はテルナエル自身より小さい。しかし、そこそこの大きさであることから神龍大戦の経験者である事は確実。或いは、古い悪魔が復活してきた可能性すらある。どちらの場合でも対応できるよう、脳裏では警戒の糸を張りつめながら聖眼を凝らす。

 そして見つけた。ヒトの子を監視するように物陰に潜む悪魔の魂。その正体はどうやらセナらしい。テルナエルも面識がある悪魔だ。特別強いわけでもなく、年齢相応の悪魔だった記憶がある。加えて、テルナエル自身より300,000年ほど早く死んでいたような覚えもある。つまり、それほど警戒すべき相手ではないと言うこと。テルナエルは肩の力を抜いて見下ろす。それでも、決して油断することなく聖剣を構築すると、聖力を奔流させる。

 遠くでは、イルシアエルも同様に聖力を魂から解放している様だった。


やることは一緒だね、イル!


テルナエルは、イルシアエルと全く同じタイミングで全く同じ動作を繰り出す。


〈聖炎雷撃衝〉


 イルシアエルに続き、二本目の落雷がレインザードに落ちる。稲妻のような轟音と衝撃波を放ちながら辺り一面には焔が舞った。

 粉砕された瓦礫と土埃が舞い、地上に立つテルナエルの視界を奪う。果たしてセナはどうなったのか。テルナエルは聖眼で辺りを見渡す。例え視界が晴れていなくても、聖眼であれば関係ない。全てを詳らかにした時、その結果は漸く判明する。


「ふぅ、危なかった……」


 冷汗を拭うセナは、テルナエルが落下してできたクレーターを見ながら呟く。小脇に抱えた四騎士が一人エフェメラ・イラーフを下ろしながら話しかける。


「大丈夫ですか?」


「は、はい……おかげ様で助かりました、ありがとうございます」


 頭を下げて丁寧な礼を送るエフェメラ。どう見てもただの人間であり、特別妖しいところはない。念のため、セナは魔眼で彼女の魂を覗き見る。


 特に怪しいところはない……か。或いは、俺の魔眼では暴けないだけか。


「いえ、これくらいどうという事無いです。それより、安全な場所に避難した方が……」


「いえ、私はプレラハル王国国王陛下直属部隊四騎士兼天巫女のエフェメラ・イラーフです。この後ろにはレインザードの住民の皆さんが避難されています。ここを死守するのが私の役目です」


 子どもの様で気丈な方だ。それがセナの抱いた感想だった。その瞳は真っ直ぐとクレーターの中心部へ向いており、正義の心に包まれた清楚な魂が眩く輝く。それに応える様に、爆発から生き残った人間の兵士達も武器を構えてクレーターを見据える。


 待てよ……これはちょっとマズいか? 聖力からして、襲撃してきたのはテルナエル殿……俺独りだとどう頑張っても勝てそうにない。その上、この人間を護りながら戦わないといけないのか……アルテアでもいいから人手が欲しいな。


 その時、土煙が晴れ上がる。その中から現れたのは童顔の少年。手には暁闇色に輝く剣を握り、その瞳は金色に輝いている。


「あれは……?」


 エフェメラは剣を構えてセナに問う。たまたま居合わせた彼に聞いたところで知っているわけないのは承知だが、どうしても聞かずにはいられなかった。対してセナも、馬鹿正直に話すわけにはいかないので、無垢の人間の体で答える。


「いえ、俺には何も……ただ、状況からして味方ではなさそうですね」


 セナは心中で舌打ちを零す。折角復活したのに、いきなり死の危機に直面してしまった運の無さを呪った。どうにかして生き延びて任務を遂行しなければならないのだ。こんなところで死んでいる場合ではない。


『スクーデリア。セナだ。聞こえるか?』


 精神感応でスクーデリアを呼び出す。のんびりしている暇はなかった。


『聞こえてるわ、セナ。何が起きたかも凡そ分かってるわ。状況はどうかしら?』


『そうとう厳しいな。俺独りでテルナエル殿に勝てって言う時点で不可能に近いのに、エフェメラとかいう人間を護りながらとなるとどう足掻いても無理だ』


 でしょうね、とスクーデリアは笑う。一度も死ぬことなく長い時を生きた経験と歴史から、凡その結果は予測できる。しかし、スクーデリアは一切焦ることなく会話を続ける。


『でも、テルナエルだって復活したばかりよ。そう悲観するほどかしら?』


『向こうの方が950,000,000年ほど早く生まれてるからな。死ぬまでに得た経験値が違い過ぎて話にならん』


『……仕方ないわね。アルピナ達もまだ時間がかかるみたいだし、私が行くわ。暫く持ちこたえなさい』


 ありがとう、と一言礼を言うとセナからの精神感応は切れた。それを確認すると、スクーデリアは溜息を零した。


「大変ね、スクーデリア」


「本当よ。手が足りなさすぎるのよ。アルピナもクオンも手一杯だし、仕方ないわ」


「エルバの方はどうするの? あっちは独りじゃないけど、それでもイルシアエル殿相手だときびしいでしょ?」


 そうね、とスクーデリアは金色の魔眼で二ヶ所の戦闘を見比べる。イルシアエル対エルバ達、テルナエル対セナとエフェメラ達。どちらを先に助けるべきか天秤にかける。


「先にセナの方に行ってくるわ。アルテアは先にエルバの方に行っておいて。一人でも多い方が気持ち程度には楽になるでしょう?」


「わかったわ」


 アルテアは飛び出す。魔力を迸らせ、手に魔剣を握り締めてエルバ達の戦闘場所へ急行する。それを見届けたスクーデリアは、エルバに精神感応で話しかけながらセナの戦闘場所へ向かう。


『エルバ、聞こえるかしら?』


『スクーデリアか、どうした?』


『私は今からセナを助けてくるから、暫くは頑張って頂戴ね。それが終わったら、貴方の方に行くわ』


 空を飛び、黄昏色のオーラを身体から放出させながら、スクーデリアは微笑む。手がかかるとはいえ大切な同胞。可愛らしくもあり、微笑ましくもあり、頼ってくれる嬉しさもあった。


『助かる。アルテアも来てくれたことだし人数的には有利でも、若いのが大半を占めてるからな。可能な限り急いでくれると助かる』


 わかったわ、とスクーデリアは精神感応を切って地上に降りる。天使と悪魔だけなら気にする必要もないが、人間がその場にいることを考えると、そうはいかない。それに、スクーデリアの顔は魔王の一柱として人間側に知られている。無策で飛び出すわけにはいかないのだ。

 スクーデリアは、この場にいる誰の聖眼及び魔眼でも捉えられないように魂を完全に秘匿する。そして、倒壊した建物の影から様子を窺った。


『セナ、すぐ近くまで来たわ』


『了解。助かったよ』


 セナは精神感応でスクーデリアに応える。その間も、意識はテルナエルの方を向け、いつでもエフェメラを護れるように警戒する。目的も、手段も、復活した聖力の強さも分からない現状では、あらゆる可能性が考慮できてしまう。しかし、先程の一撃を考慮すればそれなりの力を取り戻しているのは確実。ならば、武力による強硬手段だって考えられる。舌打ちを零しつつ、冷汗を流すセナは、スクーデリアを心の拠り所としてテルナエルと向き合う。


「あれ……なんだ、そういうことか」


 何かに気付いたような反応を見せるテルナエル。聖剣を下ろし、その瞳からは殺気が消える。


 なんだ? 何があった?


 訳が分からないといった具合で、セナの思考は困惑する。穏やかな態度のテルナエルに拍子抜けした格好になりながらも彼に問いかける。


「何の話だ?」


「こっちの話。それに、君達と戦ったところで僕には何に面白みも無いからね」


 それじゃ、とテルナエルは聖剣を霧散させて飛び去る。崩壊した瓦礫の山にはセナとエフェメラ、そして数人の兵士だけが残された。

次回、第98話は1/3 21:00公開予定です

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