第95話:出陣
レインザード駐留部隊の詰め所。そこには多くの軍人が召集されていた。対象の魔物の出現。そして、それらを率いる魔王の再登場。それはレインザードの未来を揺るがす脅威として処理される。故に、この詰め所にはレインザードで用意できる最大戦力が集っており、過去レインザードの草分け以来の最大戦力でもある。
町の平和、自分達の未来は自分たちで勝ち取るのだ。それは、兵士として従事している者達が共通して抱いている意志であり、原動力である。
しかし、気持ちだけで勝てるほど戦争は甘いものではない。事実、通常の人間では、一人の魔獣に対して最低二人以上で挑まなければ戦いにすらならず、軍では三人以上で挑むことを基本として教え込んでいる。それほどまでに魔獣や魔物と言うのは脅威であり、単独で複数体の魔獣を狩り取れる逸脱者が特別なのだ。さらにその上位である英雄ともなれば、同じ人間であることを否定したくなるほどの隔絶された壁が見えてくる。
故にレインザードにとって、英雄と呼ばれる二人アルバートとカーネリアは決して手放してはならない逸材なのだ。文字通り一騎当千の強者である彼らがいる限り、レインザードは平和を享受できる。
しかし、アルバートもカーネリアも本来はレインザードの住民ではない。偶然、この場に居合わせただけの旅人に過ぎないのだ。そのため、いつまでも他力本願で甘い蜜を吸っているわけにはいかないのだ。
その為、ここに集まった兵士達の士気は高い。例え彼らのように一騎当千の活躍が出来ずとも、自分たちの力だけで魔獣を狩れるようになれたらそれで十分なのだ。
彼らは、その意志を力に換えて雄たけびをあげる。そして、町に侵入してきた魔物とやらを駆逐するのだと勇ましく足を踏み出そうとした。
しかし、そんな彼らの士気を削ぐように発生したのは巨大な爆発。眩い光と轟く爆発音。そして、地震。とても人間技とは思えなかった。これが新たに発生した魔物が持つ力なのだろうか? 或いは、それらを率いて居る魔王とやらの力なのだろうか? いずれにせよ、自分達のようなただの人間ではどうすることもできないことは明々白々だった。
勝てない。その一言が脳裏を過った。意志と覚悟が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。所詮は仮初の覚悟だったのだろうか? 個人が生まれ持つ本能的な正義心ではなく、後天的に抱く憧憬としての正義心では、己の心を上回る恐怖を前にして正常に機能することはない。
爆発により発生した衝撃波がこの場所にまで到達する。街路樹がなぎ倒され、家屋の屋根が捲れ上がる。町が町として機能しておらず、しかし住民たちは異様なほど冷静さを保っている。
それは、兵士達も同様だった。大半の兵士達は、魔物の侵入のみならずこの爆発に対しても狼狽する様子は見られない。狼狽や恐慌状態を引き起こしたのは、全てアエラとエフェメラが王都から連れて来た応援部隊のみだった。
つまり、何故かレインザードに元からいた兵士のみが感情を無くした傀儡人形のように冷静さを保ち続けているのだ。
兵士らを統括するべく少し高い場所から全兵士を俯瞰して観察していたアエラとエフェメラはそんな彼らの様子を見て訝しむ。
「やっぱり、おかしいわね」
「よく鍛錬された、と評価したところですがどうやらそうではなさそうですね」
多少の事では動じない強靭な精神力を手に入れました、というのであれば問題ない。しかし、彼らレインザード駐留兵士達にもそれが当てはまるだろうか? 客観的な証拠がある訳ではないが、アエラもエフェメラも四騎士として様々な現場で働いてきた実績がある。故に、主観的評価でも一定の自信はあると言っても過言ではない。
そんな彼女らが見ても、やはり兵士達の態度は異様だった。感情が籠っていない傀儡人形のようにしか見えなかった。
何より、とアエラは詰め所の外をみる。そこには多くの民が魔物に追い立てられているが、不思議と悲鳴や断末魔は聞こえてこない。一部の命知らずな人達が手ごろな武器を手にして魔物に反撃しているが、しかしそこにも雄叫びや断末魔は聞こえてこない。まるで、そういう行動をとるように組み込まれた絡繰人形のよう。ハッキリ言って異常だった。
「どうしましょうか?」
「……仕方ないわ。このまま続けるとしましょう。ちょっと様子が変なだけで、それ以外は至って普通だと思うし」
やれやれ、とばかりにアエラもエフェメラも溜息を零す。戦いを始める前から問題と不安が山積している。本当にこれでまともな戦いができるだろうか? そんな疑問が二人の脳内にこびり付いて剥がれなかった。
そして、アエラとエフェメラは兵士を集結させる。レインザード駐留部隊とアエラ達が連れて来た応援部隊。この二つの合同部隊で町に侵入してきた魔物を駆逐するのが今回の目的。アエラを先頭として展開し、エフェメラは支援と怪我人の治療を担う。
その他詳細な作戦を部隊全体に説明し、いざ出撃しようとしたその時だった。物陰から一人の男が顔を出す。それは、アエラとエフェメラが良く知る顔。さらに言えば、レインザード駐留部隊の兵士なら知らない者はいないほどの超有名人。英雄としてその名をとどろかせるアルバート・テルクライアだった。乱れた髪と汚れた服は、ここに来るまでの戦いに激しさを暗に示すもの。英雄でさえこれほどまでに消耗しているのだ。一般の兵士は何処まで喰らいつけるだろうか? そんな疑問を浮かべながら、アエラとエフェメラはアルバートを歓迎する。
「アルバート、どうしたの?」
「詳しい説明は後でします。とにかく、今は町の奪還が先決です。俺も戦いますので、急ぎましょう」
わかったわ、とアエラは頷いて兵士に準備を急がせる。その裏でアルバートは、地面に座り込んで肩で大きく息をしつつ、額に浮かぶ玉汗を拭った。かなりの疲労が積み重なっている様だった。そんな彼に対し、エフェメラは一つ問いかける。
「テルクライアさん、クィットリアさんはどうされたんですか? まだ、町の中で戦ってらっしゃるんですか?」
純粋な疑問。しかし、その質問はアルバートの心を最も傷つけるもの。今のアルバートの疲労感も、肉体的なものではなく精神的なものが過半を占めていた。それほどまでに衝撃的な出来事だったのだ。
「カーネリアは……裏切った」
「えッ⁉」
「どういうことッ⁉」
同時に驚愕の声を出す四騎士の二人。アルバートの口から発せられた言葉が一瞬理解できなかった。しかし、すぐさまその言葉の意味を理解すると、その言葉が示す意味に驚愕する事しか出来なかった。
裏切り。まさかそんなことが……。
戸惑い、驚愕し、どうしたらいいのかわからなかった。何と声をかければいいのかわからなかった。そんな中、最初に言葉を紡いだのはアルバート自身だった。
「……いや、始めから向こう側だった、と言った方が正しいか。どうやら、あの魔王の友人らしい」
とにかく、とアルバートは立ち上がる。その瞳は、決してあきらめない焔が灯り、その背中は誰よりも信用できる大きな背中だった。
「此処から先は話が長くなります。とにかく俺達で魔物を駆逐しましょう」
アルバートは詰め所の外へ駆ける。私達も続け、とアエラが叫ぶと、全兵士が彼女に続くようにして外へ飛び出す。町の中は魔物と人間と兵士で溢れ返り、各地で小競り合いが勃発していた。
そんな中、アルバートは人気の少ない小道に入る。誰にも見つからないように慎重に、最大限の警戒心を抱いたまま息を潜めた。
「セナさん」
アルバートは小声で呼ぶ。それに応える様に、漆黒の影から悪魔セナが顔を覗かせた。アルピナとスクーデリアの命令で四騎士を監視する命令を受けた彼は、こうして陰に潜みながら彼女達を監視していた。また、アルバートの件についてはスクーデリアから精神感応で聞かされているため参戦することに対して何ら驚きはない。
「どうした、アルバート?」
「私はアエラという前線に出た四騎士を見張りますので、イラーフさんをお願いしてもいいですか?」
「ああ、仕方ねぇな。俺が頑張って見張っといてやるよ。それに、一芝居打つにはお前が必要なんだろ? さっさと行ってこい」
ありがとうございます、とアルバートは小道を出る。そして、アエラを探して魔物を蹴散らしながらアエラを探すのだった。
次回、第96話は1/1 21:00公開予定です




