第94話:それぞれの戦い
面倒な規則だな、とクオンは現実に引き戻されつつ嘲笑する。勿論、規則を否定しているわけではないが、多少の柔軟性を持ち合わせてほしいところ。
しかし、だからと言って一部の例外を認めてしまうと規則を馬鹿正直に守っている者が不利益を被っている事になってしまい、結果として規則そのものが形骸化してしまう恐れがある。ならば、規則は規則として明確な線引きをしたうえで例外を認めない方がいいのだ。その方が両者のみならず第三者にとっても特別な利益・不利益が発生せず穏便に済ませることができる。
さて、と……どうしたものか。このままだとジリ貧になって俺が負けるな。……いや、ジリ貧にすら持ち込めるかどうか。
クオンは、剣を振るいながら思考を加速させる。ヒトの子が独りでルシエルを相手にすることの異常性が身に沁みて理解できる。同時に、彼ら彼女ら対等以上に戦うことができるアルピナやスクーデリアの底知れない実力に恐怖する。
ルシエルもまた、剣を振るいながら脳裏では戦いではなくクオン個人を見ていた。ただのヒトの子でありながらも天使を相手に立ちまわるその姿は理不尽を具現化したようなものだろう。決して存在してはならないはずの存在。ルシエルが思うそれこそまさにクオン・アルフェインであり、彼女は是が非でも彼を止めたいと覚悟を決める。
しかし、そんな彼女とてクオンを相手にするのはそう容易なことではない。本来、悪魔と契約した人の子と言うのは天使にとって然したる脅威足りえない。天使と悪魔の相性差を考えたら当然だろう。しかし、その契約主がアルピナであるという事実がその当然を破壊する。
神の子の中でもセツナエル、アルピナ、ジルニアは他の神の子と一線を画する特別な存在。それは権力面のみならず武力面でも同様である。故に、それと契約を結んだクオンもまた特別な存在としてされる昇華される。
何より現在、ルシエルはレインザードに住む全ての人間の精神を操作している。スクーデリア達のせいで幾分かは聖力による支配を解かれて自身の魂に帰還している。その影響で、彼女本来の実力が出せない状況にあるのだ。
仮に全力を出してもルシエルではアルピナには勝てない。ならば、アルピナと契約を結び、アルピナと同じ魔力を有すクオンには勝てるだろうか? 勝てるだろうが、それ相応の犠牲を覚悟しなければならないだろう。
ルシエルは、必死だった。シャルエルが敗北したと聞いた時はその情報を嘲笑したものだが、今になればそれが誤りだったことがよくわかる。
「くッ……なかなかやるわね」
〈聖天爆炎斬〉
焔を纏う聖剣がクオンの首筋を目掛けて疾走する。振れれば即死、掠めただけでも相応の負傷は免れない。クオンの本能がその危険性をいち早く察知し、魂が震えあがる。シャルエルの圧倒的剣技に負けず劣らずな一撃に対して、クオンは間一髪のところで回避する。眼鼻の先をすり抜け、業火の焔が迸る。
危ねぇ……。
生半可な魔力と龍脈で受け止めようとしていたら、遺剣もろとも切り捨てられていただろう、とクオンは瞬時に理解した。やはり、天使の中で最上位に近い存在というのは伊達ではない。相応の実力と相応の覚悟がなければ決して敵う相手ではない。
「よけられたッ⁉」
「フッ。残念だったな」
クオンは再度ルシエルに切りかかりつつ嗤う。しかし、それは嘘偽りのペルソナを被った見栄に過ぎない。実際は、そんな余裕綽々の態度をとれるほど簡単ではなかった。或いは、偶々偶然躱せたの方が表現としては近いかもしれない。それほどまでに、ルシエルの剣技は高いのだ。
聖剣と龍剣が衝突し、金属同士が衝突するような甲高い音が響く。火花が散り、不可視の聖力と龍脈が波のように広がる。草木は戦ぎ、木々は葉擦れの音を立てる。クオンとルシエルも呼吸が乱れ、肩を大きく上下させる。血が至る所から流れ、疼痛に眉を顰める。
俺はまだ龍脈をほとんど使ってない……。ここぞの場面まで温存しておきたかったが、そんな余裕もないか?
クオンは右手で握る遺剣”ジルニア”を一瞥する。琥珀色に輝く覇気を身に纏い龍脈が内奥から湧出している。天使を狩る龍の力は、眼前の智天使を今まさに喰らってやろうとばかりに龍脈を迸らせる。それに引かれるように、クオンもまたルシエルに対して冷酷で猟奇的な笑みを向けた。
〈天龍破斬〉
クオンの持つ遺剣が一層の輝きを放つ。天使を殲滅するためだけに生まれたような斬撃。それは、ジルニアの残滓が生み出す天使に対する怒りの具現化。神の子の我儘により崩壊した天魔の秩序に対する失望が込められている。
ルシエルは、聖剣にありったけの聖力を込める。ヒトの子だから、と余裕を見ていては決して勝てない相手だと頭ではなく心で理解できた。暁闇色の輝く聖剣は、琥珀色の遺剣に歯向かうようにその輝きを増し、冷酷な殺意を迸らせる。
〈聖天爆炎斬〉
両者の剣が衝突する。眩い光と星そのものを揺らすような激しい衝撃波が辺り一面に広がる。爆風が吹き荒び、聖力と龍脈が風に乗ってどこまでも飛んでいく。草花はちぎれ、木々はなぎ倒される。
その激しさは、彼らから少しばかり離れた地にいたアルピナやスクーデリアも意識を傾けてしまうほど。アルピナはクィクィとの闘いを止め、金色の魔眼でその爆発の中心地を見据える。
ほう。なかなか様になってきたようだな、クオン。これなら、ワタシが手を貸す必要はないか?
例え何があろうともクオンを死なせるわけにはいかない。死を回避する為なら、たとえどんな苦労でも厭わない。それがアルピナの覚悟だった。その執心は彼女の心の奥底に沈み込み、決して面に出すことはない。故に、クオン自身もアルピナの執心に気付いてはいない。死亡より契約遂行不能になることを避けるためだ、としか考えていない。
ワタシも負けていられないな、とアルピナは笑う。魔力が魂から溢出し、彼女の身体から迸る。手にした魔剣は彼女の膨大な魔力のみで構成されたもの。近くに存在するだけで、その圧倒的な魔力が齎す威圧感に気圧されてしまいそうになる。
しかし、彼女と同じ悪魔でありルシエルの支配によって天使の力を部分的に行使できるようになったクィクィなら話は変わる。神龍大戦以前よりジルニアとアルピナの抗争をスクーデリアとともに止めてきた経験が、彼女の実力を底上げしている。同世代の他の神の子と比較してその実力は数倍にも膨れ上がる。草創期の神の子にも比肩する彼女の実力は、アルピナも認めるほどにまで成長したのだ。
「アル……ピナ……お姉……ちゃん」
「ほう。理性が戻りつつあるか、クィクィ」
微かに戻りかけた理性。アルピナをアルピナと理解しなければとうてい不可能な発言。アルピナ自身、10,000年ぶりに聞いたクィクィの言葉だった。
しかし、その朗報はごくわずかな時間しか持続しなかった。再び魔剣を構えたクィクィは、アルピナに対して殺気を放つ。同胞乃友人だか、等という遠慮や苦悩は見られない。
やはり完全ではないが、それでも僅かにだが主導権を取り戻しつつあるか。クィクィの実力か、或いはクオンがルシエルを追い詰めつつあるのか。先程の爆発からして後者か?
ならば、とアルピナは魔剣を構える。すべきことは決まった。自分のため、クオンのため、そして何よりクィクィの為に、アルピナは猟奇的かつ可憐な笑顔で金色の魔眼を輝かせた。
「ワタシがすべきことは決まった。さあ、続きを始めようかクィクィ‼」
次回、第95話は12/31 21:00公開予定です




