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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第93話:肉体

「それで、私達はどうするの?」


 アルテアが尋ねる。現状、人手が足りなかったり戦力的に負けそうな場所は見当たらない。つまり、暇なのである。勿論、セツナエルがこの町に来ており、さらにルシエルの精神支配お受けていない四騎士がいることからまだ安心はできないのだが、それでも壊滅的危機ではないという安心感が油断を生み出しつつあるようだった。

 それでも、スクーデリアは長年の戦いの経験で培った集中力で、対極的に状況を観察する。

 その時だった。町の外から巨大な爆発音と魔力の波が襲い掛かる。それはスクーデリアがよく知る二柱の悪魔が生成したものであり、懐かしさが際限なく湧き上がって感動すら覚える始末だった。

 テルナエルは自身の魔力で障壁を作って身を護る。対してスクーデリアは特に身を護る動作をすることはなく、ただ喜ばしく笑みを零していた。

 そして、遂に魔力の波は到達する。膨大な情報量を有するそれは、一切の遠慮なく飛び回り、アルテアの障壁を木粉々に打ち砕く。

 その衝撃波一瞬だけだった。それが過ぎ去った後、アルテアは大きく息を吐いて屋根に腰掛けた。もはや、どう表現すればわからなかった。


「あれって、アルピナとクィクィの衝突よね?」


「ええ、そうよ。でも、安心しなさい。どちらもまだ全力は出してないから」


「相変わらずけた外れね」


 やれやれとばかりにアルテアは再度溜息を零す。本当に同じ悪魔なのか自信がなくなってきた。しかし、残念なことにアルピナもクィクィも本来は純粋な悪魔だ。現状はクィクィにルシエルの精神支配の残滓が残されているが、それでも実力に衰えは感じさせない。


 随分楽しそうね、アルピナ。


その後も、アルピナとクィクィの戦いの余波さらに拡大する。大半が人間掛けられた精神支配を解いていくちょっとした単純作業業務を行っているのに対し、アルピナ達だけは神龍大戦を再現しようとしてる。空と地の歪な戦闘環境だが、しかし作戦に悪影響は及ぼしていないようだった。そして、スクーデリアもまたアルテアの真似をするようにため息を零した。


「さて、私達もそろそろ行くとしましょう」


「そうね」


 スクーデリアとアルテアは、それぞれ屋根の上を飛ぶように移動する。



 一方アルピナが好き勝手に暴れている間、その眼下にてクオンはルシエルを相手に苦戦を強いられていた。そもそも、ヒトの子で上位天使挑む事自体があり得ない事なのだが、クオンはそんなことを一切気にしていなかった。ただ目の前にいるから戦って斃す。たったそれだけのシンプルな思考回路。

 故に、クオンは恐怖を多少は克服することができていた。これまでだったら、ルシエルを前にして戦いを挑もうとは思わなかっただろう、それが、シャルエルを始めとする強敵との闘いで得た経験値がこうして生かされようとしているのだ。

 しかし、どれだけ精神的に成長していたとしても、戦いの技術はまた別にある。ルシエルは聖法を用いた搦手を得意とし、その代わり剣を始めとする物理攻撃は苦手としている。しかし、それはあくまでも彼女の天使としての階級を基準としたものである。つまり、物理攻撃が苦手と言うのは、物理攻撃を得意とするシャルエルと比較して苦手としているだけであり、その力量はヒトの子の領域を容易に踏み越えている。

 クオンは遺剣を握り締める。手掌を介して魔力を流し込み、遺剣に眠る龍脈を叩き起こす。そして、龍脈と魔力が綯交された特殊な力を剣に纏わせる。


「なるほど、龍の剣ね。天使は悪魔に強く、悪魔は龍に強く、龍は天使に強い。この三竦みの関係を考えれば龍の力に頼るのも合理的ね」


 でも、とルシエルは微笑む。柔和な聖女のようにしか見えないが、彼女はクオン達にとって敵である。遠慮する必要はないのだ。


「例えそれが龍の剣だとしても使い手はヒトの子でしかないのよ。シャルエルのようにはいかないわよ、私は」


 ルシエルは、改めて聖剣を構築して握る。上空で乱発するアルピナとクィクィの爆発音だけが反響し、それ以外の音も声も聞こえない。極限領域まで潜った集中力は、外部からの余計な情報を遮断する。クオンもまたその領域の限りなく近い地点まで踏み込み、ルシエルを睥睨する。

 そして、遂にクオンとルシエルが剣を交えた。ヒトの子ではもはや目で追うことすらできない剣戟は、クオンをしてかなり無理をしている自覚はあった。アルピナのお陰で魂はヒトの子の領域を飛び越えてはいるものの、その器である肉体は人間のままである。いくら魔力で表面を保護しようとも、過剰な運動に耐え切れなくなりつつあるのだ。


「やっぱ、人間の肉体だと限界があるな」


「そうね。でも、肉体を入れ替えるのはダメよ。そういう規則だから」


「知ってるさ。アルピナに言われたことがあるからな」


 以前、クオンはアルピナに相談していたのだが、それがふと脳裏に思い起こされる。



◆◆◆◆     ◆◆◆◆



【某刻某所】


 クオンとアルピナは、二人で仲良く宿の近所にある喫茶店に来ていた。テーブルを挟んで向かい合い、それぞれ紅茶を飲みながらその芳醇な香りを楽しむ。少々人が多く、とうてい静かとは言えない環境ではあったが、しかし偶にはこうして人混みの中にいるのも気分転換になるかもしれない、特に、クオンは元が人間の肉体と精神であるため、定期的に人間社会に触れるほうが精神衛生上喜ばしいだろう。


「それで、アルピナ。一つ聞きたいことがあるんだが……」


 足を組み、ティーカープを口元に運びつつクオンは問いかける。その端正な顔つきは、度重なる戦闘でより一層の野性味を帯びて人々を魅了していた。

 対してアルピナもまた、その可憐な青い瞳を輝かせつつケーキスタンドに並べられた菓子を手に取る。至って普通の、誰でもやる仕草のはずだが、何故かアルピナがそれをすると他人より気品がる様に見える。生まれや育ちが、そういった何気ない日常動作にも影響を与えるのだろうか。


「聞きたいこと?」


「そうだ。今の俺はお前と契約を結んで魂に魔力を注がれた。そのお陰でこうして力を得て天使達とも戦えている。だが、アルピナアルピナに手を加えられたのは魂だけで肉体は元の人間のままだ。この肉体でも魔力操作は何とかなっているが、ここ最近剣を振ったり走ったりするときに肉体が追いついてなくてな」


「ああ、そういうことか。確かに、ワタシが介入したのは君の魂に魂の生成機関を埋め込むことと、契約の証を刻み込んだだけ。肉体には一切手を加えていない」


 だからこそだ、とクオンは膝や肘を撫でる。当初は度重なる戦闘のせいで披露しているのだろうと思っていたが、ここ最近になって魂に肉体が追いついていないことがりかいできたのだ。既に膝や肘は非笑みをあげ、いつ爆弾が爆発するかわからない状態になっているのだ。


「どうにかならないのか? このままだと、旅が終わる前に俺の身体が終わる」


「残念だが、魂と肉体は二つで一つが原則。唯一例外として挙げられるのは、その肉体が死亡した場合のみ。君は今の力量の耐えられる新しい肉体が欲しいという事だが、それをするためには一度君を殺して魂を抜き出したうえでその新たな肉体に入れる必要がある」


「だったら……」


「しかしここで作用するのが輪廻と転生の基本的ルールだ。神の子がヒトの子を輪廻・転生させる際はその記憶を全て消さなければならない。今君提案している新たな肉体への魂の移動は、いわば輪廻に近い」


 つまり、とクオンはアルピナの説明を要約する。


「新しい肉体を得るには記憶を消す必要があるが、俺の記憶を消すわけにはいかないから不可能ということか」


「そうだ。そもそも、輪廻はワタシ達悪魔ではなく天使の権能だ。やりたければ天使に相談することだな」


「無理なのわかってて言っているだろ?」


 アルピナは無言で笑う。猫のように大きな青い瞳が可憐に輝き、フワリと揺れる髪が柔らかな香りを漂わせる。


「まあ、心配しなくても魔法を使い続けていればいずれ全身を巡る魔力が肉体を新たに作り変えてくれる。その時を辛抱強く待つことだな」


「辛抱強くねぇ……菅セする前に大きな戦いが起きなければいいが……」


 クオンは紅茶を口に含む。雲一つない快晴の中心で浮かぶ日輪、柔らかに微笑んだ。



◆◆◆◆     ◆◆◆◆

次回、第94話は12/30 21:00公開予定です。

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