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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第91話:魔鳳嵐

「態々、姿も秘密も曝け出してきたんだ。戦うつもりなんだろう? 早くかかって来い」


「ええ。貴女とは、そろそろ決着をつけたかったのよね」


 ルシエルは聖力を集約して聖剣を構築する。全悪魔を束ねる最古の悪魔が一柱に抗うべく、彼女はありったけの力を開放する。天魔の理により魂に抑制がかかりつつも、その力は地界を揺るがすには十分すぎるほどだった。

 ルシエルは本来、戦いを好まない温厚な性格。穏健派とも称される彼女は搦手をより得意とし、しかし智天使という階級故にその聖力も超一級品として名高い。

 そんな彼女の様子に対して、アルピナは一切臆することなく微笑を浮かべる。対してクオンは、数日前のシャルエルとの闘いを思い出し、軽快の顔色を浮かべていた。それでも一度経験したお陰か。シャルエルと相対した当時ほどの絶望感は感じていなかった。しかし、アルピナと契約を結んでいるとはいえ一介の人間でしかないクオン。龍の力を加味しても、その実力には未だ大きな開きがある様に思えて仕方なかった。


「そうか。しかし残念だが、君の相手はワタシではない。ワタシがクィクィと遊んでいる間、君はクオンと戦ってもらおう」


 さも当然のように言ってのけるアルピナ。冷静で可憐な声色で放たれる内容は、一切の事前打ち合わせなし。クオンですら今この場で気化された衝撃的な内容に、思わず彼女のほうを見てしまった。しかし、反論する理由も無ければ反論できるだけの欠点も見当たらない。悪魔であるクィクィの相手をするならば、同じく悪魔であり友人でもあるアルピナのほうが適任だろう。


「……俺独りで戦え、と?」


「シャルエルとの闘いを思い出せ。君ならできる。ワタシが保障しよう」


 悪魔らしい微笑み。しかし、不思議と自信が漲ってくる。僅か数日程度の付き合いでしかないが、何故か彼女の言葉は他の何よりも信頼と信用に値した。それに対して、ルシエルは純粋な疑問をもとに悲しみの感情を抱く。


「はいはい。相変わらず無茶ぶりばかりだな。まあ、慣れて来たけど……」


「あれ、折角戦えると思ったのに……それにしても、随分その人間を信頼してるのね」


 アルピナは特定の悪魔以外に対する信頼が限りなくゼロに近い。唯一例外がるとすれば天使長セツナエルと皇龍ジルニア程度でしかないが、それが人間にも適応されるとは到底思えないのだ。


「当然だ」


「まあいいわ。それじゃあ、早速始めましょう」


 アルピナとクィクィ、クオンとルシエルがそれぞれ相対する。彼ら彼女らの手にはそれぞれ聖剣と魔剣と龍剣が握られており、滾る様な聖力と魔力と龍脈が激しく激突する。

 あぁそうだ、とアルピナはクオンに対して忠告する。軽快な口調だがその瞳は真剣そのものであり、アルピナをして油断できないほどのことがこれから伝えられるのだと察知する。


「クオン。ルシエルの精神支配にだけは気を付けろ」


 無言で睥睨しあうクオンとルシエルを横目に、アルピナとクィクィは飛び上がる。


 気を付けろって言われてもな……。俺はお前みたいに閉心術がある訳じゃないんだが……。


 しかし、具体的なアドバイスがある訳でも無く、アルピナとクィクィの姿は空の奥へ小さくなっていった。

 強烈な魔力が迸り、空気が静電気を帯びたように弾ける。冷酷かつ可憐な笑みを浮かべるアルピナと、無感情で光を失った瞳孔で見据えるクィクィ。手にした魔剣はそれぞれ彼女達が魂に宿す悪魔としての根源の色に染まっていた。


「久しぶりだな、クィクィ」


「ん……」


 チッ、完全には振り切れてないか。……まあ、ルシエルの精神支配なら無理もないか。


 さて、とアルピナは心中で悩む。ルシエルの精神支配は非常に強固なのは経験と知識で理解している。アルピナ自身ですら、彼女の精神支配に抗うのは骨が折れるのだ。彼女より若く、経験が浅く、力に乏しいクィクィではほぼ不可能とみて間違いないだろう。それでも、微かなりの自我が朧気にも浮かびそうな兆候が見えるだけでも想像以上と言っていいだろう。

 アルピナとクィクィはそれぞれ魔剣を構える。10,000年ぶりに知覚する懐かしい魔力。幾星霜の彼方から共に歩み続けた古き友人の魔力。アルピナもクィクィも、温かさには感動すら覚えていた。

 そして、二柱の悪魔はついに激突する。雲を裂き、天を穿つ慟哭となった衝撃波は、レインザードを飛び越えた遥か彼方にまで伝達される。国を越え、星を越え、地界を越え。減衰することなくどこまでもどこまでも広がり、やがて龍脈へと到達する。昨日のアルピナとセツナエルとの攻防の余波が残る地界の果てで更なる回復の遅延が生じてしまっているのを、二柱は知る由もなかった。ただ命令と好奇心だけがぶつかり合い、激しい閃光と共に衝撃波が大地を抉る。


「天使の傀儡になってさえその力は健在のようだな、クィクィ!」


 久しぶりに感じる高揚感。蒼穹の片隅でクオンの魂を察知したあの瞬間に迫るほどのそれに、輝かしい金色の魔眼を一層輝かせる。猫のように大きな瞳が可憐な彼女の双眸を一層強調した。

 クィクィも同様だった。精神を支配され、微かばかりの感情すら発露できなくなっている現状だが、しかしその内奥で輝く魂の本質ではアルピナの力に歓喜している。10,000年ぶりに感じる彼女の力に一切の衰えはなく、寧ろ長い旅路の果てに一層の強化すらされていた。

 瞬きほどの時間に結ばれる神速の剣技。ただの瞳では到底捉えることができないそれは、クオンの魔眼ですら辛うじて見える程度。到底、その領域に及ぶ事すら出来そうになかった。

 そんなクオンの心情を置き去りにし、アルピナとクィクィは戦い続ける。時間を忘れ、場所を忘れ、目的を忘れ、もはや個人的興味関心による戦いへとシフトチェンジしているのではないだろうか。それほどまでに苛烈で刺激的な戦いを両者は繰り出す。


 変化なし……か。魔力を強制的に使わせることで精神支配を上書きできれば、と思ったがそう上手くはいきそうにないな。


 どうしたものか、とアルピナは思案する。外部から強制的にルシエルの支配の権能を追い出せない事もないだろうが、その間クィクィが大人しくしている保証もない。加えて、アルピナとしては出来る限り自分の意志で理性を取り戻してほしい考えていた。今後の未来永劫に渡る天使と悪魔の付き合いを考えると、天使に対する抵抗力は獲得できていることが望ましいのだ。仮に支配に対する抵抗力を全員が獲得できれば、天使と悪魔の相性の差を埋めるきっかけになるかもしれない。

 故に、アルピナは極力外部からの介入は少なくなるように手を加え続ける。しかし、それがクィクィほどの実力者でもなかなか順調に事が運ぶ訳ではなかった。

 いや、それでもまったくもって成果がなかったわけではないようだった。


魔鳳嵐(マルファイ)


 クィクィの魂から夥しい量の魔力が溢出する。魔力で生成された嵐と稲妻が組み合わさり、そこへルシエルの聖力が聖遺物の如き輝きでコーティングされる。それは、アルピナですら思わず瞠目してしまうほどの威圧感。


「流石だな、クィクィ! そうだ、もっとワタシを楽しませろッ‼」


 純白の歯を剥き出しにして、アルピナは瞳孔を見開く。魔力が波打ち、手にした魔剣が一層の輝きを放った。アルピナはクィクィの一撃を迎え撃つようにして剣を構える。腰を落とし、瞬きを止め、微かな兆候すら見逃さないよう魔眼を見開いた。

 そして、遂に二柱の悪魔は衝突した。遠慮も油断も手加減も無い。神龍大戦時に放出していた力をまったく同じ力が奏でられた。

 激しい風が吹き荒れる。激しい光が明滅する。空も大地も、一切合切が灰燼に帰すほどのエネルギーが吹き荒れ、辺り一面が無白に包まれた。

次回、第92話は、12/28 21:00公開予定です

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