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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第90話:契約と服従

「何ッ⁉」


「見て分かる通り、この町に住む全ての人間は智天使ルシエルの支配下。貴方の目的はそれら外的脅威から人間を守る事。でも、天使を相手に貴方の力では弱すぎる。だったら、契約を結ぶのも合理的でしょう?」


 契約と称した一方的な要求。そもそも悪魔に関する知識を持たないアルバートにとってみれば契約の長所も短所もまったくもって不明。悪魔そのものに関してもその実在性に瞠目しているばかりですらある。

 故に、アルバートはスクーデリアの提案に即答することはできない。肯定も否定も、その先に待ち受ける未来が想像できない。肯定的な未来なのか、或いは否定的な未来なのか。どちらに転ぼうとも、全て眼前の悪魔の掌の上でしかないと確信できる。

 無言でただスクーデリアを睥睨する事しか出来ないアルバートに、彼女は追い打ちをかける様に語り掛ける。


「ああ勿論、それ相応の対価は頂くわよ。天使を斃すための力、欲しくないかしら?」


「対価……」


 悪魔との契約はそれ相応の対価を伴う。双方の合意によって結ばれる契約は、大いなる力を得る代償として相応の対価を支払わなければならない。手弁当で全てを賄えるほど性善説は万能ではないのだ。

 この場においても、アルバートがスクーデリアとの契約で天使と渡り合うために必要なだけの力を得るためにはそれに応じるだけの対価が必要であり、その内容はスクーデリアの気分次第で大きく変わる。


「ええ、当然よ。今回はそうね……今後の貴方の人生、私に忠誠を誓って貰おうかしら?」


「何ッ⁉」


「あら、魂を供物として捧げるよりはよっぽどマシではないかしら?」


 死か服従か。究極的な二択を、スクーデリアはアルバートに押し付ける。人生の天秤が大きく揺れ、しかしいずれを選んでもその先に待ち受けるのは自由の消滅。英雄として武勲を立てた先に待ち受ける終着駅としては何とも寂しいものだろう。

 アルバートは、眼前で己を見下ろす鈍色の悪魔を恨んだ。何一つ抵抗できない自分に苛立った。しかし、それも全て過ぎたこと。どれだけ過去を願ってもそれを覆すことは例え神であろうとも不可能である。

 悩み迷い惑うアルバート。その周囲では、人間と魔物による攻防が繰り返されている。天使の力を探して町の平和をかき乱す魔物と、ルシエルの傀儡人形と化した人間による恐慌と単調な反撃。渾沌と絶望と動乱が折り重なり、地獄の縮図とも呼べる阿鼻叫喚が絶えることなく轟いた。

 唯一良心的なのは、人間に一人の死者も出していない事。アルピナの命令を忠実に遵守し、的確にルシエルの魂だけを抜き出していく単純作業。魔物にとっても悪魔にとっても相性が悪い天使、その中でも最上位に近いルシエルが相手だったが、複雑に分割した精神支配の一欠片ゆえに、彼ら彼女らでも容易に対処が可能だった。

 アルバートは、屋根の上からその状況を無言で見下ろす。もはや何を信じて何を思って何をするのが適切なのか何一つわからなかった。そして、それは彼の理性から正常な判断能力を奪うことに寄与する。

 それでも、彼がすべきことは何一つとして変わらない。彼は英雄であり、その使命は全人類の希望としてあらゆる脅威から彼ら彼女らを護ることにある。その為なら多少の茨の道であっても進めるだけの覚悟を持ち合わせている。


「……契約を……結ぼう」


「ふふっ、成立ね。貴方の自由意志までは奪うつもりはないから安心しなさい。必要な時に必要な命令を遂行できるだけの支配力があれば十分よ」


 スクーデリアはアルバートの右手を翳す。金色の魔眼がより一層の輝きを放ち、鈍色の髪が風に煽られたように靡く。アルバートの胸元には黄昏色の魔法陣が浮かび上がり、同色の光が彼の身体を覆った。スクーデリアの魂が産生する濃密で膨大な魔力が彼女の右手に浮かび上がり、彼の胸元に浮かぶ魔法陣を介してその魂へ注がれる。


「でも、良かったの?」


「問題ないわよ。この程度で計画に支障が出るようなら、そもそも生かしたまま放置してないわ。それに、いくら忠誠を誓って魔力を譲渡するとは言っても、その量はたかが知れているわ。私やアルピナ、クオンは勿論だけど、貴女達でも対処できるわよ」


「そう。だったらいいけど……そう考えたらやっぱりクオンって特殊よね」


 アルテアの脳裏に浮かぶのは、アルピナと肩を並べるクオンの姿。

 ヒトの子でありながらアルピナと契約を結んだ唯一の人物にして、アルピナが関与する全ての事象・人物を総じた中で優先順位が最も高い人物。何故それほどまでに力を持っているのか? 何故アルピナがそれほどまでに大切にするのか? それを知るのはアルピナを始めとする悪魔達のみ。セツナエルですら確信に至るほどの情報は得ておらず、何よりクオン自身が何一つとして理解していない。

 アリアネも、初めてクオンと会った時には驚愕したものだ。これまで彼女が積み重ねてきた常識を覆すような出来事であり、当初は質の悪い冗談だと思ってしまったほど。しかし、全悪魔の中でも頂点に君臨するアルピナやスクーデリアがそれを肯定している以上、それは確実な事として昇華される。


「ええ、あの子は特別よ。私が嫉妬するほどにね」


 スクーデリアとアルピナの付き合いは非常に長い。アルテアが生まれる遥か以前からの付き合いであるそれは、決して切れることがない紐帯。それを考慮してもなお嫉妬してしまうのは、偏にクオンの秘密を知っているが故であろう。

 そんな会話の最中では、アルバートとスクーデリアとの間に結ばれた契約の儀が完了を迎えていた。英雄という人間の領域を逸脱した力、そこへ悪魔侯スクーデリアの純粋な魔力が綯交される。それにより、アルバートの力は急激に上昇する。下級悪魔なら対等以上に戦えるであろう力は、アルテアをして驚愕せざるを得ない。


「凄い力……」


「ルシエルの精神が憑依していた経験で、神の子の力に若干の適応があったようね。予想以上だわ」


 スクーデリアは感心の瞳でアルバートの魂を観察する。悪魔としては未熟者もいいところだが、それが悪魔と契約しただけの人間だということを考慮すれば十分すぎるほどの力だった。その上昇量はアルピナと契約したクオンのそれに次ぐほどであり、同じくアルピナと契約した龍人のナナを凌駕する。


 皇龍の血を継承する龍人をも凌駕する適応力……あれはアルピナが加減していたのもあるでしょうけど、十分すぎるわ。


 さて、とスクーデリアは微笑む。そして、アルバートは彼女の前に跪く。命令したわけではない、純粋な自由意志だった。圧倒的な力の差、そして与えられた異次元の境地。それらを勘案した上で彼が導き出した、彼の自由意志に基く服従の姿勢だった。


「スクーデリア様、御命令を」


「そうね……貴方には英雄として人間の希望になってもらう必要があるわ。よって、一芝居打つとしましょう」


 スクーデリアは氷の様な冷たい眼光で、その金色の魔眼を輝かせた。



 その頃、アルピナとクオンは肩を並べてルシエルとクィクィの前に立ち塞がる。同調する魔力は濃密に絡み合い、友情と信頼の紐帯を具現化させる。二人が持つ金色の魔眼がそれぞれ輝き、ルシエルは緊張感を露わにする。クィクィを手元に引き入れているとはいえ、決して油断できない状況だった。アルピナはまだしも、クオンという人間の実力が一切不明な事がそれに拍車に掛け、彼の剣から溢出する龍脈が彼女の肌を焼きつける。


「なるほど、シャルが負けるわけね。一体、何者なの? アルピナが契約を結ぶほどの人間なんていると思わなかったわ」


「聡明な君なら朧気にも予想ができるだろう? できたところで、どうすることもできないだろうがな」


 それより、とアルピナは冷酷に嗤う。血の臭いを求めて暴れる獰猛な鮫のように、彼女の笑みは残酷な色を包み隠すことができていなかった。

次回、第91話は12/27 21:00公開予定です

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