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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第89話:使い道

 一方同時刻、クオンと交代するように町へ戻ってきたスクーデリアは上空から街並みを見下ろす。無数の魔物と悪魔が町を埋め、人々は動揺を露わにする。それは彼ら彼女の魂を覆っていた神秘のヴェールの綻びを生じさせる。聖力が零れだし、悪魔や魔物が放つ魔力から肉体を守る様に展開される。

 ルシエルの精神操作はレインザードの町に住む全員を支配できるほどに広範囲である。しかし一方で、各個体に対する命令は単調になりがちである。大量の悪魔や魔物が町に襲来する様な、こうしたイレギュラーな出来事に対しては襤褸が出てしまう。

 故に、アルピナはスクーデリアの伝手を利用して現存の悪魔達に協力を仰いだのであり、スクーデリアもまたそれに了承したのである。

 スクーデリアは、同じく町の上空に浮かんで眼下に蠢く魔物を指揮するアルテアの横に立つ。可憐な女性型の悪魔で、その瞳は全てを見通す金色の魔眼に染め変えられている。後頭部で纏められた御髪や艶やかに輝き、風に乗って甘い香りを運んでいる。


「順調?」


「アルピナとスクーデリアの予想通り。至る所からルシエルさんの聖力が溢れてる。まさかこれほどなんて……」


 アルテアから見てルシエルは敵でしかないが、それでも純粋な感心の気持ちを向けてしまうほどの御業。いくら歴戦の天使や悪魔であろうとも、楔や契約を行使できるのは同時に数人が限度とされるのが神の子における一般常識。ルシエルのように町全体を全て支配するのは異常と言って差し支えない。


「そうね。ここまでの規模を一度に支配下に置けるのは、ルシエルを除けばアルピナかセツナエルだけでしょうね。私でも無理よ」


 サラリ、と言い放つスクーデリア。決して友人の実力を過大に評価しているわけではなかった。アルピナもセツナエルも文字通り規格外であり、草創期に生まれた原初の神の子である草創の108柱に区分される数少ない神の子の内の二柱。この世界でその領域に区分されるのは彼女ら以外ではスクーデリア自身のみであり、そんな彼女でも困難を極めるほどの御業は感動すら覚える。

 そんなことより、とスクーデリアは本題へと話を転換させる。眼下の町から立ち昇る悲鳴に包まれながら、その金色の魔眼は町全体を探る様に動いていた。


「四騎士はどうなっているのかしら?」


「町長の公邸の方に向かっているのをセナが見つけたわ。勿論。誰も手を出してないから安心して」


「当然よ。下手に刺激でもして余計なトラブルを増やされても困るもの」


「わかったわ。それで、その小脇に抱えてる人間は何?」


 指をさされて指摘され、スクーデリアは思い出す。ハッとしたようにその人間を見下ろし、冷酷な微笑を浮べた。


「ああ、この町で英雄と呼ばれてた子よ。実際に英雄の領域に至ってるし、実力は申し分ないわ」


「それ、どうするつもり?」


 アルテアは首をかしげる。スクーデリアは面白い玩具を与えられた子供の様に純粋な笑顔を浮かべてアルバートの未来を決定した。


「そうね。私達のために働いてもらおうかしら。ルシエルが憑依を解除して元の人格が表に出てるし、まだ使えるわ」


 スクーデリアとアルテアは、近くの建物の屋根の上に降下する。アルバートをソッと寝かせ、その端正な顔を見下ろす。どれだけ見つめても、どれだけ魔眼で見透かそうとも、その内外は完全に人間である。微かな残滓すら残すことなくルシエルの精神は離脱しており、後遺症の類も生じそうにない。

 スクーデリアはアルバートの胸の上に手を翳す。そして、対内を循環する彼女個人の魔力を右手に集約させる。黄昏色の妖艶な光が浮かびあがり、それはアルバートの身体を包み込む。


 契約以外で魔力を流し込んだら心身も魂も耐えられないけど、英雄の領域に至るほどの魂ならなら多少の耐性はあるはず。


 魔眼で見透かした通り、アルバートの魂に聖力の残滓も無ければ深刻な損傷も無い。長年憑依していた天使の精神が突如消失したことにより少なからず消耗が認められているだけだ。それは彼の今後の心身には一切の影響を及ぼさないが、しかしこれから契約を結ぶにあたっては不安要素となる。微かな消耗が大きな失敗につながる可能性が少しでもあるのであれば、それを防ぐに躊躇はない。勿論、スクーデリアほどの実力であれば態々魂の回復をせずとも契約を結べるだけの技量はあるのだが、それでも体裁というのが欲しかった。たとえそれを彼自身が認識していなくても、天使とは違うことを示しておきたかったのだ。

 スクーデリアの魔力が、消耗したアルバートの魂を癒す。魔力は彼の魂に触れると彼の魂と同一の性質へと変貌し、彼に一切の悪影響を及ぼさない。

 やがて、アルバートの身体を包んでいた光が治まる。スクーデリアは翳していた手を戻し、無言で立ち上がる。眼下ではアルバートが徐に瞳を開け、混乱した思考をどうにか落ち着かせようと周囲を見渡す。


「ここは……」


「目が覚めたかしら、アルバート?」


「お前は……スクーデリア⁉」


 覚束ない身体を無理やり起こして、アルバートはスクーデリアを睥睨する。混乱する理性が状況を正しく判断できていないが、しかしスクーデリアに対する敵対意志だけは決して手放してはいなかった。傍に置かれていた剣を握り、それを杖のようにして立ち上がる。


「元気そうね。でも、あまり無理をしない方がいいわよ」


「ご忠告どうも。だが、敵に心配されるほど耄碌した覚えはないな」


「えっと……スクーデリア?」


 状況が理解不明、とばかりにアルテアは困惑して問いかける。しかし、スクーデリアはそんな獰猛なアルバートの態度を一切気にすることなく普段通りの冷静で妖艶な態度のまま微笑を浮かべる。


「エルバから概要だけは聞いていると思うけど、彼は英雄よ。いくら目的のためとはいえ、表立ってこういうことをしていると、どうしてもヒトの子が敵として立ち上がるのよ。まあ、クオンとは違ってアルテアでも対処できる程度の力しかないわ。だから、警戒しなくてもいいわよ」


「そう? だったらいいけど……」


 配慮も遠慮も無い発言。しかしスクーデリアの心情に一切の悪意がある訳ではなく、ただ純粋な感想としての発言だった。人間が羽虫に対する恩や情を持ち合わせていないように、スクーデリアにとって人間とはその程度の価値しかないのかもしれない。


「チッ、好き勝手言ってくれるな」


 しかし、それがなまじ真実であるが故に、アルバートは反論も反駁もできない。ただ無言で耐え忍ぶ事しか出来なかった。それでも、アルバートは英雄としての矜持と覚悟を思い出して剣を握り直す。それを受けて、スクーデリアは溜息を零す。やれやれ、とばかりにアルバートと対峙し、その氷の様な瞳で彼の魂を睥睨する。魂から魔力が放出し、彼女の身体を覆う。本気の一割にも満たないほどの僅かな魔力。アルテアですらたじろぐほどの魔力に、アルバートは意識を飛ばされそうになる。しかし、持ち前の精神力だけでそれを防ぎ、辛うじてその足を地につけたままを保持する。


 精神力だけで防いだのね。英雄程度でできるとは思えないけど……ルシエルの精神が憑依していたお陰かしら?


それが嬉しいのか、或いは純粋な感心か。心中で穏やかに呟くスクーデリア。対してアルバートは今にも切りかかりそうなほどの凄みでスクーデリアとアルテアの二人を睥睨する。


「アルバートは、この状況をどう見る?」


 スクーデリアは尋ねる。屋根の下を歩く魔物を優しく一瞥しながら風を全身に浴びる。鈍色の長髪が風に乗って大きく戦ぎ、妖艶な雰囲気が一段と強調される。


「何が言いたい?」


 スクーデリアは振り向く。太陽を背にし、まるで女神が降誕したような神々しい雰囲気を背負いながら大胆な笑みを浮かべた。


「アルバート・テルクライア。私と契約を結ばないかしら?」

次回、第90話は12/26 21:00公開予定です

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