表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
87/511

第87話:復活した悪魔達

 突如として、周囲一帯に黄昏色の渦が立ち込める。強力な魔力を放つが、しかしアルバート達はその力を知覚することができない。ただ強烈で不快な感情を生む奇妙な渦として映るだけだった。


「何だ? 何をするつもりだ?」


 アルバートもカーネリアも、それぞれ最大限の警戒心を浮かべて剣を抜く。恐怖に由来する四肢の震えは理性で止める。その恐怖は、先日の同じ場所でスクーデリアと戦った時と全く同じものだった。

 渦は時間と共に大きさを増し、やがて空間的な罅割を生じさせる。非現実的な超常の力を目の当たりにしているような不安定な感情。空間が崩壊するという創作物にありがちな比喩的表現が、今まさに彼らの眼前で繰り広げられようとしていた。

 そして、中から徐に歩み出てくるのは無数の魔物だった。大小様々、種々多様な姿形を有す魔物は、黄昏色の角から一層の輝きを放ちつつ平原に展開していく。この世の終わりを体現する様な絶望的光景だった。

 永遠に続くかと思われるほどの光景。数十秒が数時間にも感じられた。平原を埋め尽くすほどの魔物は全て吐き出され、しかし奇妙なことに人間にしか見えない者達も幾分か混じっている様だった。


「間に合ったようだな、スクーデリア」


 いつの間にか姿を現していたスクーデリアは、アルピナの横に立つ。鈍色の長髪が冷たい風に乗って戦ぎ、妖艶で美麗な顔でアルバート達を見下ろす。そこへ、魔物と共に地上へ現れ出た人型の魔物、アルピナと同じく種族としては悪魔に区分される少年が飛び寄った。彼は、アルピナのすぐ前で恭しく言葉を発した。


「お待たせしました、アルピナ公」


「畏まった態度は不要だ、エルバ。ワタシこそ、君達が復活したにもかかわらず顔を見せていなかったことを謝罪しよう」


 それで、とエルバは尋ねる。童顔で可愛らしい相好を持った幼気な男児の様でしかない彼だったが、しかしその魂から放たれる強烈な魔力は魔物達とは一線を画すほど。仮にここにいる全魔物が束になったところで、エルバ一人にすら敵わないだろう。

 エルバはアルピナ達ほどではないがそれなりに古い悪魔。第一次神龍大戦中期に生まれ第二次神龍大戦初期に肉体が死亡し、つい先日復活したばかりだった。神龍大戦が激化していない時期と戦場での死亡だったために魂が霧散しなかった稀有な例だった。


「目的はなに?」


「仔細はスクーデリアから聞いているだろうが、ルシエルとの隠れん坊だ。尤も、その大部分はワタシ達が担う。君やセナ、アルテア達悪魔は魔物を率いてレインザードの町をかき乱せ」


 しかし、とアルピナは忠告する。青い瞳が金色に染め替わり、低い声が一層の警戒心を抱かせる。


「聖力には気をつけろ。見えているだろうが、念のための忠告だ」


「了解」


 勇ましく飛び立とうとするエルバ。しかし、その小さな背中をスクーデリアは呼び止める。


「精々、気をつけなさい。肉体が死亡していた期間は魂の成長が少しずつリセットされる。幾ら古い悪魔とは言っても、今の貴方達はヴェネーノやワインボルトにすら敵わないわ」


 わかってるよ、とエルバは苦笑を浮かべて再び去る。しかし、その笑顔と異なり金色の瞳は真剣そのものだった。久しぶりの地界を堪能するように、久し振りの肉体を確かめるように、魂から溢出する魔力を高ぶらせて猟奇的な笑顔を見せる。

 エルバの姿が魔物の群れに消える。それを確認したアルピナは、改めて英雄達を見る。そして、軽快に防衛壁を飛び降りてアルバート達と目線を合わせる。

 ふわり、と柔らかな仕草は実に可愛らしい。男性的な漆黒のコートと少女的な漆黒のスカートが靡き、これが平時に生きるただの人間なら数多の男達を虜にしていた事だろう。

 アルピナは魔力を開放して魔剣を形成する。濃密な魔力の嵐が吹き荒れ、黄昏色の空から稲妻が落下する。割れそうなほど頭が痛み、アルバートもカーネリアも相好が歪む。


「気力で耐えているか、或いは仮面が剝がれつつあるか。さあ、どうする? このままではレインザードが崩壊するやもしれない」


「何がしたいの? 人間を滅ぼしたいの?」


「まさか。ワタシ達はヒトの子を管理するのが仕事。滅ぼしてしまっては職務怠慢だろう。それに、今やワタシは人間と手を組んでいる。滅ぼすわけにはいかない」


 だったら、と問いかけようとするカーネリア。しかし、眼前にアルピナもスクーデリアも見えない。瞬きほどの時間も無かったが、見失ってしまった。

 その直後、二人の背後から、それぞれの型に手が置かれる。小さな雪色の大腿は、柔らかく暖かな少女のように可愛らしいものだったが、しかしその力は非常に強力で梃でも動きそうになかった。


「君達こそ、その目的を聞かせてもらおうか? 何故魔物、いや君達の文化文明では魔獣と呼ぶのだったな。それから人間を守ろうとする?」


「そんなの、お前達が俺達を攻撃してくるから……」


 違うな、とアルピナは否定する。金色の魔眼が蛇のように睥睨し、魂が消耗させられる。恐怖で意識が遠のいていき、今にも気を失ってしまいそうだった。


「君達を常日頃から襲撃しているのは聖獣だ。魔物ではない。それは以前会った時に伝えただろう? にも関わらず、君達は天使の庇護下に入り悪魔を敵と見定めて反撃と称した先制攻撃を仕掛けようとしている」


「天使の庇護下?」


「そうよ。聖獣は人間を殺して周ってるけど魔物はまだ一人たりとも人間を殺していない。今さっきだって、町をかき乱せと指示はしたけど殺せとは一言も言ってないわ。それに、これだけの騒ぎを起こし続けているにも関わらず町の人間達は一切焦っている様子はない。いくら何でもおかしいと思うでしょう?」


 平和すぎる町の様子は、アルバートもカーネリアも疑問に思っていた。日常茶飯事の危険が危険に対する免疫機能を低下させているのだろうと解釈していた。        

 しかし、アルピナ達の発言はそれを否定する様な内容。作為的な事情により焦燥感を亡失させられているとでも言いたげな内容だった。

 カーネリアは、その鮮やかな黄色い髪を靡かせて振り返る。同じく黄色い瞳で睥睨し、毅然として抵抗する。アルバートもまた、彼女に負けないように心を奮い立たせてアルピナとスクーデリアに反論する。


「確かに町の住民たちは平和すぎると思ってた。でも……だからと言ってこんな事……」


「何時までしらを切っているつもりだ、アルバート・テルクライア。いや、ルシエルと言った方がいいか?」


「ルシエル……? 一体、何を……?」


 急にアルピナの口から放たれた謎の名称。恐らく名前、それも神話に登場する天使の様な名前。何故急にその名が出てくるのか分からず、アルバートもカーネリアも揃って固まる。


「ああ、君に自覚症状はないのだったな。現在、君の魂には一柱の天使が精神を憑依させている。名前はルシエル。そして、君だけではなくカーネリア、そしてレインザードに暮らす全ての人間に彼女の魂が介入している」


 与えられる情報を処理できず、理解不能とばかりに思考が停止する二人。それは心のみならず相好にも現れ出ており、アルピナもカーネリアも溜息を零す事しか出来なかった。


「尤も、一番深く侵入されているのは貴方だけよ、アルバート。町の人間はちょっとした思考操作程度にしか介入していないわ」


 それにしても、とアルピナとスクーデリアはそれぞれ同じ思いを抱いていた。


 相変わらずルシエルの聖力は群を抜いているな。


 これだけの規模の魂を同時に操作するなんて、私やアルピナでも難しいでしょうね。これをもっと平和的に利用できれば文句はないのだけれど、そこは価値観の違いかしら?


「それじゃあ……私は?」


「君はまた特殊だ。アルバートのように精神に憑依させられている訳でも無ければ町の人間のように思考を操作されているわけでもない。そうだろう、クィクィ? ワタシ達と同じ悪魔の一柱にして数少ない生き残り」


 カーネリアの魂が微かに揺れ、仄かに魔力が零れだす。それは勘違いかも知れないが、アルピナもスクーデリアもそれを勘違いで済ませなかった。

次回、第88話は12/24 21:00公開予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ