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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第85話:琥珀色の夜空が明けて

シャルエル(シャル)が神界に送られた今、あの人間も警戒すべきね」


「うん、そうだね。確か、クオンって言ったっけ? イルはこないだ会ったばかりでしょ? 改めてどうだった?」


 そういえば、とテルナエルはイルシアエルに尋ねる。つい先日の、両腕を切断されて現れた彼女の痛ましい姿はいまなお鮮明に覚えている。イルシアエルとテルナエルは、ともに同格であり同世代の天使として数億年以上の付き合いがある。その為、互いの実力は知悉している自信があるのだ。

 そんな彼女が、クオンという人間に両腕を為す術もなく切断された。スクーデリアと行動を共にしている異質さやアルピナと契約を結んでいる異常さを考慮しても、脳がそれを理解することを拒否していた。

 しかし、何度聞き返しても事実であり、決して受け入れることができない異常事態だった。

 人間、即ちヒトの子が天使に傷を負わせることがあっていいのだろうか。悪魔と契約を結び龍の力を宿す剣を振るう者を最早人間と同じ枠組みに考えてよいのだろうか。いずれにせよ、軽快すべき対象であることには変わりなかった。


「……あれは異常よ。アルピナと契約を結んだからってあれだけの力が手に入るはずが……。それにあの剣、龍の力だったけどそもそもどの龍かもよくわからないし」


「まさか、皇龍だったりして。死んだときに一緒にいたのってアルピナ公だったんでしょ?」


 何気ない発言。あり得ないと即刻切り捨てた可能性を、テルナエルは気まぐれで零した。しかし、それに興味を抱いたのはルシエルだった。


「ありえるかもね。仮に皇龍の力を使いこなせてるのだとしたら、貴女に傷を負わせることも可能だし。とはいえ、皇龍の力を制御できるだけの人間がいるかと問われたら疑問が残るけど……」


 考えれば考えるほど嵌り込む思考の螺旋。深層に至るほど真実に近づくたびに新たな分岐が生まれ、その度に地上が遠のいてゆく。

 やがて抜け出せない奸計に陥る前に、テルナエルは話を転換させる。


「……あと、スクーデリア侯が龍魂の欠片を隠し持ってたみたいだけど、クィクィはどうなの?」


「私もその報告を聞いて以降、もう一度探りを入れたのですが、成果なしね。楔を打ち込んで尚も抵抗できるのか、それともただ持っていないだけか。どちらとも言えないのよね」


 どうしたものかな、とルシエルは天井を見上げる。背中から二対四枚の翼を顕現させると、改めて四肢を伸ばす。イルシアエルやテルナエルと異なり、ルシエルは翼を持つ。秘匿技術に優れているためそう簡単にバレることはないが、それでも秘匿し続けるのは疲労がたまる。偶にはこうして周りの目を気にせずにのびのびとしたいのだ。

 パタパタ、と翼を羽ばたかせて、ルシエルは全身の力を抜く。人間社会で生きる以上、彼女の心身にはかなりの制約を受ける。英雄や逸脱者のように、力を出しても何一つ疑われることがない環境が羨ましかった。


「ところで、英雄たちはどうなったんですか?」


「順調よ。いい感じに育ってるわ。でも、そろそろ限界かしらね。平時ならともかく、アルピナ公達がいるとなると、人間の肉体は弱すぎるのよ」


 天使や悪魔といった神の子とヒトの子の間には、努力では覆しようがない壁が存在する。例え英雄と呼ばれる領域に至ろうとも、それは人間レベルにおいて英雄なわけであって神の子レベルでは英雄と呼ぶには及ばなさすぎる。

 肉体も魂も、人間をはじめとするヒトの子は貧弱すぎる。まるで、地界という箱庭に放たれた神の子の玩具のように儚い存在。ルシエルは、少し残念そうな相好を浮かべつつ英雄達の末路を憂う。


「でもさ、なんだかもったいよね? せっかく人間社会での地盤固めに使えそうなのに」


「そうね。アルバートの方はちょっと魂に私の精神を憑依させただけだから人間社会でも使えるかもしれないわね。でも、カーネリアの方は無理よ。そもそも、魂の本質からしてアルバートとは事情が異なるもの」


「そうなの? 僕達、まだ英雄達に会った事無いからよくわからなくて」


「あら、そうだったの? ごめんね、教えてなくて。まあでも、近いうちにわかるわよ。アルピナ公達は全部気づいてるでしょうし、憑依体や楔越しで抗うのは不可能だから。きっと、仮面はすぐに剝がされるわ」


 ルシエルは窓の外に目を向ける。琥珀色の空は消え、再び漆黒の夜空が浮かんでいた。月輪と満天の星空が織りなす煌びやかな絨毯は、天使の心にも美しさを与えてくれる。平和な時間が終わろうとしていることを露と知らない星空は、同じく平和の螺旋から抜け出せなくなった暢気な民草達に安眠を与えるのだった。


「さて、貴女達にも働いてもらわないとね。我が君がいるとはいえ、人間側で参加しているとなると、大それた力も出せないから」


「わかってますよ。必要なら、天界から天使達を連れてきましょうか?」


「いいえ。ここは人間達に頑張ってもらいましょう。その方が、英雄の力も引き出しやすいでしょうし」


 ルシエル双眼が金色の聖眼に染め替わり、遠くへ飛び去るアルピナ達の魂を見つめるのだった。




【輝皇歴1657年6月26日 プレラハル王国レインザード】


 青空に疎らな白雲がかかり、日輪が姿の顕現と消失を繰り返す。温かくも寒くもない過ごしやすい気候。昨晩の琥珀空事件がまるでなかったかのように過ごされる朝の時間。眠たげな喧騒が飛び交い、気だるげな人混みが大路を闊歩する。

 大小様々の鳥が空を舞い、陽気で可憐なハミングを町中に届けてくれる。心安らぐそれは、働く人々の張りつめる心を温かく融解させるのに一役買う。そして、彼ら彼女らは町の陽気で朗らかな雰囲気を支えるべく心身を粉にするのだった。

 そんな町の中、アルバートとカーネリアは肩を並べて大路を歩いていた。腰にはそれぞれ剣を携え、その瞳は険しさを崩すことはなかった。一歩踏み出すごとに、アルバートの黒い髪とカーネリアの黄色の髪が揺れ、纏った武器防具が金属音を鳴らす。

二人の横には四騎士の称号を背負う二人の女性アエラとエフェメラが並び、それぞれ不揃いな肩を統一感なく進めていた。


「すみません、朝早くから」


「いいえ、構わないわ。それより、昨日のこと?」


 アエラは首を傾げつつ確認のために問いかける。昨日の琥珀色の空は彼女も認識している事。エフェメラは運悪く寝ていた為それを知らないが、今朝アエラから凡その事情は聴いていた。

 改めて非現実な出来事に不安心を憎悪させられながら、アルバートは首肯する。


「はい。気象の専門家ではないのであれがどういったものかは断定できませんが、あれは普通ではないかと。昨今の魔獣被害や先日の魔王の件があったばかりです。警戒して損はないかと」


「私もそう考えてるわ。まるで、この世のものではないような気味悪さだったもの」


 彼らの脳裏には、それぞれ昨夜の空が鮮明に映る。改めて思い出すだけで気分の悪さがぶり返してきそうだった。唯一エフェメラだけは真実を知らない為に平然としていたが、それでも彼らの態度からその深刻さだけは痛いほどに理解できた。


「魔王と呼ばれる者達は依然としてこの町の中に潜んでいるのであれば、何らかの行動を起こそうとしているのでしょうか? 仮にそうであれば、その目的が分からない現状では後手に回らざるを得ませんね」


「一度、町中を捜索してみますか?」


 カーネリアは尋ねる。至ってシンプルだが、至って真っ当な対応とも言える。いないのであれば探せばいい。それだけだ。しかし、シンプルであるが故に、それは困難を極める。レインザードはそれなりに広い。王都ほどではないが人も多い。それだけの中から特定個人を三人探すとなると一日で終わる訳がないのだ。


「可能ならそうしたいのですが、それができるだけの人手が足りません。それに、範囲を広げるほど一ヶ所当たりの防衛力が希薄になってしまうのであまり得策とは言えないでしょう」


「では、どうしますか?」


「大人しく出てくるのを待つしかないわね」


 溜息を零しながら呟くアエラ。妥協に妥協を重ねたうえで出した苦肉の策だった。

次回、第86話は12/22 21:00公開予定です。

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