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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第83話:宿の中④

「あッ‼」


「どうした?」


 突如声を上げるカーネリアに、アルバートは問いかける。何か緊急事態が発生したのではないか、と警戒しつつ町を見渡すが、しかし特別変わったことはない。変わらずの静寂が窓の外には広がり、何も知らない民草の平和な感情が漂っていた。


「ううん。ただちょっと、目が合った様な気がして」


「気付かれた?」


「うん、多分。でも何かしてくる感じはないみたい」


 安心とまでは言えないが、それでも最悪の事態は避けられたようでアルバートは胸を撫で下ろす。何一つ対抗策も秘策も浮かんでいない現状では、可能な限り接触を持つべきではなかった。

 カーネリアもまた、こちらに向かってくる様子がない二人の魔王の様子を見て静かに息を零すのだった。


「だといいが……」


 アルバートもカーネリアも、すぐそばの壁に立てかけてあった剣に手を伸ばす。気休め程度にしかならないし、さらに言えば全くの無駄でしかないだろう。それでも、無防備で呆けることだけは出来なかった。現状の自身が持てる最大限の警戒心を張りつめて、いつ魔王達がこちらへ向かってきてもいいように備える。

 額から汗が滲み、心臓の鼓動が加速する。外からでも鼓動が聞こえているのではないだろうか、と思わざるを得ないほど胸が痛み、血が全身を超速で循環する。脳が酸素を欲するように呼吸を加速させ、しかし浅速する呼吸は却って取り込める酸素の量を減少させる。

 息が詰まる様な時間だった。時間にして僅か数秒でしかないはずだが、何故か数十分にも数時間にも感じられた。一瞬たりとも気が抜けず、この町で眠る数万の命を背負うが故の重みが双肩に圧し掛かっていた。

 やがて、その影はその大きさを小さくする。宵闇の中に溶け込んだ二つの影は、やがて完全に見えなくなった。その様子を見据えながら、アルバートとカーネリアは息が詰まる様な感覚に苦しむ。そして漸く二つの影が見えなくなった時、二人は漸く肩の荷が下りたように息を吐き出した。


「……行っちゃった」


「一体何があったんだ? それに、何のためにこの町にいるんだ?」


 どれだけ探しても一向に浮かんでくることがない答え。何一つとして情報を得られていない現状では、仮定を一つ立てるだけでも雲を掴むほどに難しい。

 完全に無力であり、完全に部外者だった。勝手に目くじらを立てて勝手に敵対をして勝手に敗北しているだけの負け犬でしかないアルバートとカーネリア。己の勝手解釈でその存在を責め立てて、その先にあると思われる平和を渇望する。それだけだった。

 しかし、もう後に引くことはできない。理由は不明だが、アルピナを始めとする魔王達もアルバート達に興味を抱いている様だった。何一つ思い当たる理由が浮かばないアルバート達はより一層の混迷へ誘われ、もはや何のために戦っているのかすら曖昧になり始めていた。

 それでも、この町に暮らす多数の住民達の安全と平和のために尽力するという確固たる意志がある限り二人は立ち上がり続けるのだ。

 しかし、心だけが毅然と立ち向かったところで意味はないのだ。現状、そうした立派な考えも単なる妄想でしかない。どれだけ果敢に挑もうとも全ては児戯としてあしらわれる。超常の存在の前では例え英雄でも人間レベルであることに変わりなく、アルバートもカーネリアも十把一絡げの人間として扱われる。

 アルバートは剣を収めて壁に立てかけると、そのままベッドに腰を下ろす。先程までに眠気は完全に吹き飛び、完全な覚醒状態でベッドの上に寝転がる。

 染み一つない奇麗な天井が重く被さり、蝋燭の火が仄かに揺れる。脳裏には、つい先ほどまでの琥珀色の空が刻み込まれ、この世ならざる恐怖が心の奥底で燻り続けていた。


「明日はどうする?」


「四騎士の二人に相談してみるとするか。出来れば目撃してくれていると助かるが……」


 二人が何処に宿泊しているのかすら知らないアルバートとカーネリアでは連絡の取りようがない。立場が立場だけに、それ相応の場所で寝泊まりをしているのだろうが、そうであればなおのこと面会に行きようがない。英雄と持て囃されているとはいえ、二人とも庶民である。貴族でもなければ聖職者でもないことを、努々忘れてはならないのだ。


「そうだね。ルビンスさんに頼んで場を用意してもらわないとね」


 現状ではどうしようもない。全てを明日の自分たちに委ねようと決めた二人は、ベッドに横たわって眠りに着こうとする。それほど激しく活動した覚えはないが、妙に心身が疲労していた。先程の一件で眠気は全くなかったが、それでもすぐに眠れそうだった。

 そして、二人は微睡みに誘われるように夢の泉に身を落とすのだった。



 同時刻、某宿の一室では、また別の男女が同じように椅子に座って束の間の休息を嗜んでいた。窓の外に広がる宵闇と星空のコントラストを横目に捉えつつ、長閑で平和な静寂の一時に心を預けていた。

 一方は長身の女性、もう一方は小柄で童顔な男の子。一見して全く縁がなく、相性も悪く見える二人。しかし、無言の時が流れる中に気まずさはなく、寧ろ傍にいるが故の居心地の良さを見出している様でもあった。

 男の子は、昼の間に買い込んだ大量の食べ物を机の上に広げ、空腹と好奇心で流涎しながらそれを眺める。その光景は、何処にでもいる観光客のよう。特別おかしなところも無ければ不審な点は見当たらなかった。

 一方、女の方は彼から貰った食べ物に手を伸ばしつつもその意識は夜空の方へ向いていた。特別変わり映えしない夜空。不審な様子はない。しかし、平和な宵闇の裏で生じつつある不穏な予兆に彼女は警戒していた。


「どうしたの、イル?」


 イル、と呼ばれた女性イルシアエルは無言の返事を返す。翼を持たない天使である彼女は、瞳を金色の聖眼に染め変えることで思いを伝える。

 テルナエルは、そんな彼女の動きからただ事ではない事を察知する。それまでの陽気で純粋無垢な相好は鳴りを潜め、瞳を金色の聖眼に換える。そして、窓枠に徐に歩み寄りながら彼女が言わんとしていることがそれとなく理解できた。


「なんかやってるみたいだね。……っていうか、片方って我が君だよね? この町に来てたんだ」


「我が君とアルピナ公の邂逅……まさかこのタイミングで?」


「アルピナ公が動き始めてからずっと追いかけてたけど、どうやらアルピナ公の方から接触を図ったみたい」


「まあ、あの二柱ならどちらかから会いに行くのは確実だと思うけど」


 セツナエルとアルピナ。境遇と秘密を知っているが故の感想。神龍大戦以前を生きてきた者のみが知っているそれは、イルシアエルもテルナエルも最初は面喰ったものだ。しかし、慣れてしまえばどうということはない。

 テルナエルは窓枠に腰掛けてお菓子を口に放り投げる。宵闇が不穏な軋音を鳴らし、まもなく発生するであろう衝撃を予告していた。


「あの二人が激突するのはいつ以来だったか?」


「聞いた話だと、確か終戦直前に会ってたらしいよ。まあ、僕達は復活前だったから知らないけど……」


 復活した今になっても忌々しい記憶。相手がアルピナ公だった以上致し方ない面もあるかもしれない。しかし、相性上有利なはずの悪魔に殺されたことはそう簡単に納得できるものではないのだ。

 平穏な夜空の合間を縫うように走る濃密な聖力と魔力の鬩ぎ合い。テルナエルやイルシアエルほどの強者でも決して届かない領域。天魔の理の上限値ギリギリを攻めるそれは、不思議と住民への影響はないようだ。それは、それだけ二柱の聖力乃至魔力の操作技術が高いという事だろう。徒にそれらの力を放出するのではなく、それら全てを完全に支配下に置く技術。天使の中でも上から数えた方が早いほどの階級に位置する二柱でもできないものだった。

次回、第84話は12/20 21:00公開予定です

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